第35話 それでよく勇者をやってるな
「……はあ。実を言うとだな、帝国の勇者が魔王様を倒しに来ること自体は、こちらも分かっていたことなのであるよ」
ちびっ子博士ことハハルル・ファスファスは嘆息とともに打ち明けた。何を言っても曖昧な返答を繰り返す俺にしびれを切らして――というか諦めを覚えてと言ったほうが適切か――の結果であった。
「勇者が魔王を倒しに来るのが分かってたって、俺たち八十八英雄の行動は魔王に筒抜けだったていうのか……? 逐一全部……?」
だとすれば、俺は帝国と魔国、両方の手のひらの上で転がされ続けていた駒ということになってしまう。それはあまりにも残酷な内幕だ。
「そこまでは言わん。勇者ひとりひとりに監視を付けていた訳でもないしな。ただ、こちらとしても『計画』があったのである。当初の大まかなスケジュールのなかに、勇者と魔王様が魔王城で対決する可能性は、あらかじめ織り込まれていたのだ」
また、『計画』だ。
そのぼかした言い回し、そろそろやめない?
重要な設定を意味もなく伏せて引き伸ばしていたのに甲斐なく打ち切りになる連載マンガみたいで不安になってくるから。
「だいたい帝国は勇者多過ぎなのであるよ! なんだ八十八人ってっ!」
ハハルル博士が叫んだ。
「あ、そこツッコんじゃう?」
「まずツッコむべきとこだろ! 勇者の動向を把握するためだけに、こっちがどんだけ労力を割いたと思ってんだ。嫌がらせかっ!!」
ハハルル博士は口調を荒げた。
てか、勇者の人数について指摘するひと、ここに来て初めて見た。俺的にはごく当たり前のことになってしまっていたけど、冷静に考えるとやっぱ多いのかな、八十八人の勇者って。
「旧北東辺境領で帝国のレジスタンスが不穏な動きを見せているという情報は報告に上がっていたのだ。それらを勘案し、勇者が魔国に到達するのは時間の問題であることも、魔王様は承知しておられたのであるな」
ハハルル博士は我が事のように胸を張る。
なんだ。ツェーネたちの活動、魔王にバレてんじゃん。
大口を叩いていたわりに、所詮は魔王にあえて泳がされていたんだな。ざまあ。
……あいつら、無事かな。まだ生きてるかな。
「予測では、勇者が魔国に到着するには早くともあと二、三日はかかるだろうとされていた。帝国側には教会本部にも工作員を潜り込ませてあったし、内通者もいたからな。ある程度の見通しはあったのだ」
工作員に内通者だって……?
このタイミングで聞き捨てならない機密を知ってしまったが――え、内通者って誰だ。まったく心当たりがない。
「その辺りの調整は慎重に行われていたのだ。それに、いくら我ら魔国が国や種族を越えた交流に寛容とはいえ、帝国の軍人の集団を易々と受け入れるほど甘くはないはずなのであるが……」
ハハルル博士が険しい目つきで俺に詰め寄る。
まあ、見た目は子供のそれなので別に怖くはないのだが。
「もう一度訊く。貴様らどうやって魔王城までたどり着いたのだ? 誰か手引きした者がおるのだろう。んん?」
「そ、それは……ですね……」
「こちらの事情を明かしたのだ。そっちも吐きたまえよ!」
「うっ。そ、その、北東辺境領からは西の連邦の商人のかたがたの協力で……」
気迫に押されるかたちで俺はとうとう作戦の一端を吐露する。
それを聞いたハハルル博士は俺の予想以上に驚いていた。
「西の連邦だと!!」
「えっ、はい。ヤームナー商会という武器商人の……。魔国の内情にも随分と通じているようだったけど……」
「ああああ!! ヤームナー商会!!! あいつらかぁっ!!!!」
「????? ご存知だったので……?」
過剰に反応するハハルル博士にビクつくあまり敬語混じりの妙な話し方になる俺。
もしかしてこれ、言っちゃいけなかったのかな……?
「知らいでか!! 勇者の到着が遅れるよう、帝国側に潜り込ませていた工作員集団が他でもない、そのヤームナー商会だッ!!!」
「え、ええええ!?」
「つまりなんだ、貴様らはヤームナー商会の
「あ、はい。主にジョージという社長さんがよくしてくれて……」
「ああーーっ!! もうっ、あの灰色の食わせ者め!!」
そうか、ヤームナー商会のひとたちは魔国の工作員だったのか……。
帝国は魔族との通商を禁じているし、人間の協力者を用意しておくのは魔国にとって欠かせない切り札だったのだろう。
衝撃の事実だったが、でも、最終的に俺たちに味方してくれたのだから心情的には人間側についていたということか。そう思うと少し安心する。
「言っておくが、ヤームナー商会……というより、連邦人が帝国にとって信用に足ると思って安心しているのなら大間違いであるぞ」
「うえっ!?」とつぜん俺の心を読まないでほしい。
「武器商ヤームナー商会は魔国と神聖帝国の二重スパイ組織だ。魔国と帝国双方の中枢に深くかかわることで、武器の輸出入量を操作したり、新兵器の開発が帝国に不利になるよう働きかけていた。同時に勇者の動向を探らせていたというのに……。やつらめ、人形の分際でとんだ番狂わせである」
「え、人形ってなんだ。どういう意味だ?」
「……お前は何も知らないのであるな。それでよく勇者をやってるな」
へへっ。
よく言われる。
「愚かなヒューマンよ。この際だから教えておいてやるがな、西の新連邦、あそこは
「えっ」
「西の連邦は
ナ、ナンダッテー!?
ヤームナー商会、冒険の道中で出会う通りすがりのいい人的なポジションかと思ってたら、隠し設定てんこ盛りじゃないですか。どうなってんだ。
「西の連邦は建国のはじめから魔国の傀儡国家だ。いまからおよそ半世紀前、世界の魔科学の技術レベルを偏らせるためにつくられたのであるよ。来るべき神聖帝国との戦いに備え、魔国の兵器開発が相対的に優勢になるようにな」
「ああ、そういう壮大な話なの……」
「ホムンクルスを人間の商人として帝国に潜伏させ、帝国政府の信頼を得させたところで間接的に戦況をコントロールする。そうやって十年以上のあいだコツコツとやってきたというのに、決めの一手の段階で裏切りおってからにッッ!!!」
ハハルル博士は憤慨して地団太を踏んだ。
やけに魔王城潜入までがスムーズだと思っていたがそういう裏事情があったのか。
「それともなんだ、勇者、貴様がヤームナー商会を籠絡したのか」
「あ、いえ。そういうことは、まったく」
「じゃあなんでやつらが裏切ったというのだ……。人間に訊くのもなんではあるが、やつらと行動をともにしていて何か不審な点はなかったか?」
「いや、とくに気づかなかったですかね……。というか、話の風呂敷が広がり過ぎてもうお腹いっぱいです……」
「…………。本当になんなのだ、貴様は……」
ハハルル博士は呆れ顔であったが、俺は急激な情報量に酔ってしまい、それ以上話を噛み砕く余力はなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
大賢者と勇者の問答が(主に俺のせいで)不毛な道を突き進み、会話のどこを打っても響いてこない一方通行状態に陥っていたところに「ひとつ提案があるのだが」と言って突破口を開いたのは、わが親友ミリアド・アイアンファイブだった。
「ん。なんであるか、勇者の同胞よ」
ハハルル博士はジト目でミリアドを見やった。つい先刻までは白衣の裾をパタパタさせ、俺たちの周りをうろついていた彼女であったが、俺が生返事しかしないことにいい加減苛立ちを募らせているようだった。
片方の勇者からは挑発的な話術で翻弄され、もう片方の勇者からは逆に話術がなさ過ぎて翻弄される。敵ながら哀れである。
「ショアから何か有力な情報を聞き出そうってんならたぶん無駄だぜ。そいつは確かに勇者で、間違いなく俺らの隊長様だ……。だが何を隠そう! 勇者であるにもかかわらず、作戦の詳しいことは何ひとつとして知らされていないのだからなッ!!」
「なっ。勇者なのにか……!?」
「そうだッ、勇者なのにだッ!!」
ドーンッと背景に文字が浮かび上がりそうな調子でミリアドが言い放った。
「ううむ……。同行していて何となくそんな気はしていたが……!」
ミリアドの言葉を受けて、ハハルル博士が信じられないといった表情で俺をチラ見してくる。視線が痛い! っていうか、なんだこのノリ!!
「あと、ショアは極度に優柔不断なのに加えて全方位的に劣等感をこじらせているのがデフォなんで、まともに相手してるといつまで経っても話が進展しないぞ!」
「それは深刻だな……。リーダーがそのスペックでよくぞこの城まで間を持たせてきたな、いろんな意味で」
「そうだろうそうだろう」
「うむ」
頷き合うふたり。
だからなんなんだよ、このノリは!
「おい、ミリアド。言いたい放題言ってくれてるけど――」
俺はミリアドに抗議しようとするが、すかさず『待った』のジェスチャーで遮られてしまう。
「まあ落ち着けって。ショア、お前に任せておくとストーリーが滞るばかりだからな。ここらで俺が助け舟を出す番かと思ってな」
「ストーリーとか言うな」
「お前が回りくどいのは相棒の俺がよく知ってるんだ。これまでショアがまともに全体を牽引したことなんてなかっただろ? ここは逆に親友を利用するつもりでちょっと見といてくれ」
俺がまともにみんなを牽引したことがない――。
なるほどそれは正論かもしれないが、いまの一連のサムいノリは回りくどくないと思っているのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます