第22話 魔王城潜入作戦
魔都の城門をくぐるとまずギラギラと輝くネオンの光が目に飛び込んできた。
そこは俺の想像をはるかに上回る大都会だった。
超高層のビルがいくつもひしめき合い、高架線が自在にかけ巡らされている。
見たこともない乗り物がびゅんびゅん走り、街路は数え切れない数の魔族の雑踏であふれていた。
まさに、〝近未来都市〟という言葉を体現するかのようなメトロポリス――。
魔都の範囲面積は帝都のそれよりもずっと小さいはずだったが、そんな前提を忘れさせるくらい魔族の都は発展していた。
俺たちはヤームナー商会のトラックに乗せられ魔都の市街を走っていた。
街の様子は運転席の窓から見えるわずかな部分でしか分からなかったが、それでもその繁栄っぷりを実感するには充分だった。
「なんか……すげえな……」
ミリアドは俺に覆いかぶさるようにして外の景色に見蕩れている。重い。
「お、おいミリアド、あんまり押すなって」
「おお、わるいわるい……」
「ミリアド君、あんまり乗り出すと見つかっちゃいますよ」
「ミリアドにい、お兄ちゃんのことなんていちいち気にする必要ないって!」
「おい」
妹よ、俺のこともちょっとは案じてくれ。
「ところでショア君、もう大丈夫なんですか? その、メンタル的なほうは……」
ヨーリが控えめに俺に尋ねてきた。
彼女はトラックに乗り込んでからずっと何か言いたげに俺のほうを見ていたのだ。
「ん? ああ。そう言われると、昨日と比べるとなんだか生きる気力が湧いてくる気がする。特別何かが違うのかと言われても分からんけども、いまは妙にすっきりしてる、みたいな……?」
「そ、そうですか……」
ヨーリの顔は何故か引き気味だった。
何かおかしなことを言っただろうか。
再び外に目を向けると、ある高層ビルの壁面に巨大なスクリーンがかけられているのが認められた。ちかちかと映像が流れている。周囲に映写機の類は見当たらないので、おそらく魔法で映し出されているのだろう。
画面にはいっぱいにひとりの男の姿が映っていた。
画面の男は魔国の黒い軍服を着込み、軍帽を目深くかぶっていた。
青白い肌と窪んだ眼窩。
ピンと張った口ひげからは独特の気品が感じられる。
だが、その視線はどこを向いているのか判然とせず、虚ろな印象を受けた。
全体的に陰鬱な男で、繁華な街の雰囲気にはおよそ似つかわしくない。
「ああ勇者様っ。あそこに映っているのが現魔王、メモリアルスⅢ世でございます」
セーミャがとっさに教えてくれた。
「あれが、魔王……」
魔王。
すべての魔族を統べる王。
今回の作戦の最終目標。
俺の討ち倒すべき、敵。
俺はその姿を心のなかにしっかりと焼きつけた。
「あの大きさのスクリーンを維持するのって結構な技術とエネルギーが必要なんじゃねえのかな。どう思うよ、ヨーリちゃん」と、ミリアドがヨーリに問いかける。
「私もあまり詳しくはありませんが……現在の帝国の技術だと、まだ難しいのではないでしょうか。少なくとも市街地で使用できるレベルの実用性となると……」
「なるほど。帝都随一の魔導工学教授の娘が言うのならそうなんだろうなあ」
「ええ、私なんてそんなっ、全然ですよう!」
こっちはこっちで楽しそうだな。
ヤームナー商会のトラックはいつしか明るいビル街を過ぎ、倉庫の立ち並ぶ裏通りへと道を移していた。
倉庫街区は静かで暗かった。
進むにつれてひと気が少なくなっていく。
さっきまでの街の賑やかさが嘘のようだった。
似たような倉庫が並ぶなか、トラックはそのなかのひとつへと入りすっとエンジンを止めた。
「さて、みなさんお疲れ様です。荷物のフリはここまでですよ」
ジョージさんが運転席越しにそう言った。
魔都の市街地——いわば首都のど真ん中を俺たち敵国の兵士を乗せて走ってきたわけだけども、ジョージさんの顔に焦りや疲れは見られなかった。
そういや城門でも簡単な検閲はあったが、彼はほぼ顔パスで通っていた。
……本当は何者なんだろうか、このひとは。
ただの新興国の商人ではないような感じがする。
そんな俺の訝りをよそに、ジョージさんとリンさんはウッドソン部隊長たちとともにテキパキと武器や作戦の確認をしていた。
積み荷のなかには甲冑や魔術用衣装も含まれていたようで、近衛騎士と白魔導士のかたがたは以前通りの格好に着替えていた。
準備は整ったようだった。
ジョージさんが倉庫の奥の荷物をよけると、なんと隠し通路が現れた。
下水道等を経由して魔王城まで続いているのだという。
マジで何者なんだこのひと。
ハシゴに足をかけ、地下道へ下りる。
ジメジメと冷たく、わずかな臭気が鼻を突く。
なんとなくラズヴィーのレジスタンスアジトが思い出された。
あまり広くはない地下道を一列になって歩く。
先頭はリンさん、次にジョージ社長、その後ろにウッドソン部隊長ら近衛騎士十名が続き、さらにその後ろをセーミャ、俺、グレイス、ヨーリ、ミリアド、そして白魔導士三名、残りの近衛騎士十二名が並んだ。
……こうしてひとりずつ並ぶと結構な大所帯だよな、やっぱ。
途中、ガタンガタンと規則的な音が響くのが聞こえてきた。
なんだろうと思って聞くと、
「ああ、あれは魔都公営地下鉄——地面の下を走る鉄道ですよ。つい最近開通したんですよねえ。私もまだ乗ったことはありませんが……」
ジョージさんが答えた。
地下鉄?
地面の下を走る鉄道?
どこまでも近未来感が充実してんな、魔都。
一時間ばかり地下にいただろうか。
マンホールを持ち上げて地上に出るとそこはもう魔王城の堀のなかだった。
こんな簡単でいいのか。
魔王城の守りはどうなっているのか。
ぜんたい俺たちはどういうルートを通らされてきたんだ。
「この時間帯、ここらの警備が薄いのは確認済みですが、念のため急いでください」
ジョージさんに急かされて俺たちは魔王城の外周ギリギリを進む。
壁を這い、細く出っ張ったふちをつたう。
周囲を警戒しながらなので恐る恐るだ。
その間にも魔王城の異様な外観に圧倒される。
豪華絢爛というのとはまた違う、ある意味特殊な荘厳さがそこにはあった。
分厚い鋼鉄の壁。
いくつも伸びた尖塔や電波塔。
どこからかごうんごうんと大きな歯車が回るような鈍い音がする。
おそらく世にふたつとないメガトン級の〝機械城〟。
それが魔王城だった。
少し進むと壁面に一カ所だけ比較的大きめな通気口が開いていた。
「こちらから城内に入ることができます」
ジョージさんが指し示す。
リンさんがランプの灯かりで入り口を照らしてくれていた。
「残念ながら、わたくしどもが付き添えるのはここまでです」
「……そうですか。何から何までお世話になりました」
「いえいえ! 勇者様直々にお礼を言われるなどもったいないことです。ほら、リンさんも何か一言、勇者様に」
「……御武運を」
ヤームナー商会の二人に別れを告げ、俺たちは魔王城のなかへと入っていった。
さあ、いよいよラストステージだ。
どんな強敵が待ち受けているのか。
俺は懐にしのばせていた聖剣を強く握りしめた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
当初の予想に反して魔王城に入ってからはそれほど多くの敵に囲まれることなく進むことができた。魔国軍主戦力のほとんどが帝国軍と四聖獣殲滅に出陣していたためだ。
魔王はその強大な魔力ゆえか城の外に出ることは少ないといわれていたが、このときばかりは本人が自陣を張って指揮を執っていた。なんでも魔王みずから事前に国民へ出陣を宣言してから戦地へ向かったらしい。
きっとこの戦いを最終決戦にすべく全軍の士気を高める狙いもあったのだろう。
何より四聖獣に対抗できる戦力となると魔国内でも魔王や配下の四天王を除いて、そういくらもいるとは思えない。
つまり俺たちが突入したとき、魔王城はもぬけの殻も同然だったのである。
「ラスボスステージまで来て最短ルートとは……。どうなってんだ……」
「はいっ、勇者様! 勇者様の前をさえぎるものはあらかじめ排除させていただいております!」
「ああ……。セーミャ、それってまさか……」
「はいっ。勇者様の魔王城突入に合わせて四聖獣が魔国方面へと向かえば、おのずと魔国軍の戦力は分散することが予想されます。魔王城の警備も手薄にならざるを得ないでしょう。すべては作戦通りに動いております! どうかご安心ください!」
……なんてこった。
俺はどこまでも帝国が敷いた盤上の駒であるらしかった。
いったいどれほどの人員がこの暗殺作戦に割かれているのだろう。
というか俺、必要最低限以上の作戦の詳細って結局聞かされてない気がするな?
時折襲いかかる敵兵を(護衛の近衛騎士が)払いのけながら、俺たちは魔王城内を駆けていた。進撃を続けるうちに二十名以上いた近衛騎士はいつのまにか半数近くまでに減っていた。
俺のために——俺の作戦のために仲間たちがまたひとりと失われていく。
それでも俺にはセーミャたちに導かれるまま走ることしかできなかった。
「くっ、いま城のどのあたりだ?」
「先ほど中庭を過ぎました。この廊下を抜ければもうすぐのはずですっ」
「しかしどこまで行っても城っていうか工場みたいな所だな……」
魔王城は城らしからぬ城だった。
外壁だけでなく内部までもが文字通り鉄壁に覆われていた。
広間や官吏の執務室等の王城っぽい設備もあるにはあったが、ときどき隙間から蒸気が噴出していたりしてスチームパンクな雰囲気に満ちていた。
しかしいまは風変わりな構造に気を取られている場合ではなかった。
どういうわけか城の中心部に近づくにつれて敵兵は少なくなっていった。
理由は分からないが好都合だ。
目指すは魔王不在の玉座の間。
そう、俺に与えられた使命を果たすために——。
そのとき、城の窓からキラキラ光る小さな人型の物体が舞い込んできた。
「あっ! 私の妖精さん! こんなところまでどうしたの!?」
それはグレイスの使役している伝令妖精だった。
しかも赤く明滅しているからあれは緊急用のやつだ。
グレイスが使役する数多の妖精のなかでも緊急用伝令妖精は一匹しかいない。
どんなところにいても主人の元へ駆け付ける、希少な高性能フェアリーだ。
伝令妖精はグレイスの耳元に降りると使役者にしか分からない言葉で何事かをささやいた。グレイスはしばし妖精の急報に耳を傾けていたが、次第に顔色が青ざめていくのが見て取れた。
何か嫌な予感がした。
「……ねえ、お兄ちゃん」
グレイスがいつになく深刻な顔で俺に呼びかけた。
「ど、どうしたんだ。グレイス」
「よい知らせと悪い知らせがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
「……じゃあよい知らせから聞こうか」
「分かった……」
「そ、それで、どうしたんだ」
「……あのね、魔国軍の帝都への攻撃がいましがた止まったんだって」
「おおっ、それはたしかに吉報だな!」
「これでひとまずは安心ですねっ」
みんな口々に喜びの声を上げた。
しばらく場に安堵の空気が広がる。
「それで、悪い知らせというのは……?」
「うん……。その、あのね……」
グレイスの歯切れは悪かった。
「……なんだ、まあ、その、言いづらいだろうがどうか教えてくれ。ほら、こういうのって後になるほど言い出しにくくなるからさ。なんなら兄の俺にだけでも……」
我ながらなんの説得だ。
俺、ホントにこういうのダメな。
「えっとね、それじゃあ言うけどさ……」
「おう……」
「——ついさっき、帝都が魔国軍によって完全に陥落したって」
「な……っ」
「そん、な……」
帝都が陥落した——。
その知らせは俺たちに大きな絶望感を与えた。
それはそうだ。俺たちは帝国を救うためにここまでやって来たのだ。
守るべきはずだったものが敵の手に落ちてしまった。
胸のなかにぽっかりと風穴を開けられたような感傷があった。
脳裏にドラゴンの空襲を受ける学院や中央教会本部の光景がよみがえる。
燃え盛る火の手。
崩れ落ちる建物。
逃げまどうひとびとの悲鳴。
日常が目の前で破壊されていくあの瞬間。
もうあんな思いはしたくはなかった。
どうして俺の世界はこうもうまくいかないのか。
やはり俺に勇者なんてどだい無理な話だったのだ。
俺には世界を救う力もなければ事態を好転させる運気もない。
そうだ、俺にもっと力があったなら……。
切にそう願った。
しかし願ったところで、救いの手を差し伸べてくれる英雄も新たな力を目覚めさせてくれる女神も現れなかった。
何故なら願うまでもなく、俺はすでに神託に選ばれた勇者だったのだから。
どうせ勇者に選ばれるのならうんと力強く、リーダーシップのあるヒーローになりたかった。
まあ、そういう努力から俺は逃げ続けてきたわけだが……。
俺が卑屈になることなく、真っ当に勇者を目指していればこんな結末も変えられたのだろうか。
もっと勇者らしく活躍する世界もあり得たのだろうか。
いや、そんな思考がすでに他人事で、現実逃避に過ぎないのかもしれない。
——ははっ、やっぱそう簡単にひとは変わらないんだな。
俺は自分自身への諦念で全身が包まれていくのを感じた。
あらゆるものが遠くなっていく。
もっと希望を。
もっと力を。
そんな願いもすべて遠くなっていく。
そして、俺の世界は再々暗転を繰り返す――。
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