第21話 滅びに通じる門は広く


 俺たちはモーリエたちが用意してくれていた厚手の布を制服の上から被った。

 一応、隠密用の衣装らしい。


「勇者様、サイズは合っておりますか? お暑くはないですか?」

「あ、ああ……。そんなに心配しなくても大丈夫だよ、セーミャ」

「そうですか! ああっ、ご立派です、勇者様♡」

「……いい加減うざったくなってきたんだが?」

「私もです……」


 宿屋の勝手口から裏路地へ出た。

 ひと目を避け、あえて狭い道を抜けて表通りに出ると荷馬車が停まっていた。

 荷馬車……?

 荷馬車だと思う。

 ……荷馬車なのか、これは?

 ふつうの荷馬車にしてはふた回りは大きいし、何より馬がいない。

 馬がいないので御者台もない。

 俺が知っている荷馬車と言うとまず車輪があり、板張りに幌で覆われているものだった。しかしそこに停まっていたは車輪こそあったが、板ではなく側面はアルミ板で出来ていて、御者台部分には籠型でガラス窓付きの座席があった。籠は鉄製のようだった。

 なんだこれは……?

 いや、マジでなんだこれ……?

 とにかくなにやら物資を積み込んだ荷馬車のような車両が停まっていた。


 それはいわゆるだったのだが、そのときの俺には知る由もなかった。


 その馬のいない荷馬車トラックの脇にウッドソン部隊長と一組の男女が立っていた。

 ひとりは先日見かけた灰色のスーツの男。もうひとりは簡素な灰色のロングスカートにやはり灰色の長めのケープを羽織った女だった。

 ウッドソン部隊長は身分を隠すためなのだろう、いつもの甲冑ではなくどこかの業者のようなつなぎ姿だった。いかにも騎士然とした態度のウッドソン部隊長にその格好はあまり似合ってはいなかったが、これはこれで新鮮だった。


「こちら、西の連邦の貿易商『ヤームナー商会』の方々だ。我々はこれからこちらの商会の積み荷に紛れて魔都に潜り込むことになる」


 ウッドソン部隊長が灰色の男女を俺たちに紹介した。


「どうも。ヤームナー商会代表、ジョージ・ロウ・ヤームナーです。よろしく」

「同じく、ヤームナー商会のリン・チュースィーです」


 そう言って灰色の男——ジョージ・ロウ・ヤームナーはさわやかな笑顔を見せた。 が、一方のリン・チュースィーと名乗った女性は機嫌が悪いのかずっとムスッとしていた。


「ははっ、すみませんね。リンさんはちょっと無愛想なところがありまして……。決して怒っているわけではありませんので、どうかご容赦を」

「ジョージさん、あまり余計なことを言わないでください」


 困り顔のジョージさんの横でリンさんが露骨に嫌そうな顔をする。


「リンさん、そんなこと言わずにお客さんの前ではもっと笑って……」

「いいから早く荷物を積んでください」

「たはは……」


 夫婦漫才を見ているかのようだった。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 ラズヴィーの表通りはさまざまな種族のひとびとが絶えず行き交っていた。

 道も広く、きれいに舗装されている。

 そこには敵国の占領下にある街とは思えない活気があった。


 ラズヴィーに来て意外だったのは魔族に交じって人間ヒトが結構な数いるということだ。魔国に占領された都市と言うから俺はてっきり魔族がすべてを支配しているものとばかり思っていたが、実際のラズヴィーにそういう印象はなかった。

 なんでも、魔国は直接的な敵対関係にない限り神聖帝国以外の人間の国とはそれなりに交易を結んでいるらしく、ヤームナー商会のふたりの故国である西の連邦もそのひとつであるということだった。


 翻って帝国の実状を考えてみると、帝都でも多くの人種や種族が暮らしていたもののそれもあくまで人間中心の話で、エルフや妖精族はたまに見かける程度であった。人間以外の魔族が普通に生活に溶け込んでいることなど想像し難かった。

 

「だいぶ馴染んでるふうに見えはしますけど、ここにいる人間もほとんどが他国の商人かその親族とかですけどね。あくまでビジネス上の関係ですよ」


 ジョージ・ロウ・ヤームナー社長はそう言って苦笑したが、種族の多様性という意味ではかなり帝都の先を行っていると思った。


「ほら、あの馬車など帝国との輸出入を制限した国の貿易商のですよ」

「え、どれどれ」

「あーっ、あれ!」


 ヨーリがめずらしく素っ頓狂な声を出した。


「なんだ、ヨーリちゃん。どうしたよ」

「あれ、私が以前使っていた呪術医薬品のメーカーのですよ! あの積み荷のロゴ、間違いありません。帝都で見かけなくなったと思っていたらこんなところで出遭うなんて……!」

「……ははあん。帝都に流れてこなくなった商品や資源は魔国のほうで流通してたってわけか。帝国はここ数年、慢性的な品不足だってのになあ」


 ミリアドがなるほどという顔で分析していた。

 ていうか、呪術医薬品の伏線ここで回収するのかよ。

 正直もう忘れかけてたわ。


「他の護衛部隊と衛生兵のみなさんとは途中で合流します。勇者様がたは先に荷台のほうへどうぞ。乗り心地はあまり保証できませんが……」


 ジョージさんはそう前置きしてトラック後部のアルミ板の扉を開いた。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




 ヤームナー商会のトラックは、俺たちと積み荷、そして道中で近衛騎士と白魔導士のメンバーを乗せラズヴィーの街路を走っていた。

 その車両はトラックに似ていると言ってもではなくて、そこかしこ構造が違っていた。とくに荷台部分と運転席とは低い板とカーテンで仕切られているだけでほぼつながっていた。

 運転席にはヤームナー商会のふたりが乗っていた。

 ジョージさんは乗り心地は保証できないと言ったが、そこらの馬車に比べると格段に快適だった。

 運転席のジョージさんは馬の手綱の代わりにハンドルを握ってこの車両を操作しているようだった。……どういう仕組みなのだろう。


「あ、この車ですか? これ、実はもともとは商業用でなくて魔国の軍事用の魔導輜重車しちょうしゃを民間に転用したものなんですよ。開発に連邦の技術が大きく利用されているというので、わたくしどもの商会でも使わせてもらっていますがね」


 連邦の技術……?


「ええ、西の連邦が誇る最新式の魔導エンジンですよ。馬力ではいま世界のどんな動力にも負けない自信があります。……自画自賛ですがね、ははっ」



 西の連邦——。

 それは神聖帝国がある中央大陸とは別の、西の大陸に誕生した新生国家だ。

 帝国が人間中心、魔国が魔族中心の国なのに対して、連邦は人間に加えてエルフやドワーフ等の亜人種デミ・ヒューマン中心の国だった。

 資源に富み、商人の力が強く、また技術革新にも積極的。近年、急速に魔法と科学の融合が世界規模で進んだのも連邦の技術力によるところが大きいという。

 話には聞いていたが、帝国とは積極的な交流がないためあまり詳しいことは知らなかった。



「あ、こっから高速に入りますんで」


 は、高速?

 ファンタジー世界におよそ似つかわしくない単語が聞こえた。


「ええ。魔都とその周辺都市は直通のハイウェイで接続されてるんですよ。ラズヴィーとはつながって六年くらい経ちますかねえ」


 説明しながらジョージさんはハンドルを切った。

 車体が揺れる。

 魔導エンジンがばるんばるんと音を立てた。


「帝国は北東辺境の道なんてろくに整備していませんでしたからね。あの荒野の街道を車で走るとか、いま思うとぞっとしませんね」


 俺たちを乗せたトラックはすぐにラズヴィーの市街を脱し、魔都へ向かってまっすぐハイウェイを走った。

 周囲は見渡す限りの荒野。

 そこになめらかにならされた道がただ一本、一直線に伸びている。

 最新の魔導輜重車は馬車よりもはるかにハイスピードだった。


 すごい勢いで過ぎていく景色を見ていると不意にいまの時間が気になった。

 ラズヴィーの宿を出たのは夕刻になったばかりの頃だったはずだ。

 外にはまだわずかに明るさが残っている。

 首を伸ばしてみたが、運転席の窓からのぞく空に夕陽は見えなかった。


「でもこの車、便利なようで実はあまり広範には使えないんですよね」


 ジョージさんが誰に訊かれるでもなく車両の説明の続きを始めた。

 元来、話好きな性格なのだろう。


「なんでかってね、まず道幅の問題がありましてね。帝国の街道だと大きい街はともかくとしても、かなりの場合に道幅が狭くて走らせられないんですよ、これ」

「……逆に言うと、帝国の領土ではダメでも魔国内でならこの魔導輜重車を使っての物資輸送が可能、ってえことか」

「そうですそうです。準勇者の剣士の方、理解が速い」

「まあな!」


 ジョージさんに褒められてミリアドは得意顔だった。


「物資の輸送をスムーズにするために現魔王がまず取り組んでいたのが輸送路の整備でしたねえ。あのワンマンぶりはなかなか凄まじいものがありますよ」


 侵略戦争と並行してそんなことしてたのか、魔王。

 野生の魔物の活発化で帝国の輸送ラインはすっかりズタズタだというのに。


「あとはそう、燃料の問題がありますよね。魔導エンジンは馬力はありますが、その分、燃費も悪い。だからせいぜい魔国周辺での物資輸送程度の活躍に留まっているのが現状ですかね。それも魔王の魔力供給が……」

「ジョージさん。あまりしゃべり過ぎないでください。社の機密に抵触します」


 それまで沈黙を保っていたリンさんがぴしゃりと苦言を呈した。


「リンさんは厳しいなあ……」

「厳しいとかそういう問題ではありません。だいたいいつもジョージさんは……」

「おっ、早くも見えてきましたよ。みなさん、あれが魔都の入り口です!」


 ジョージさんは誤魔化すように話を切り上げた。 


 進路の先に門が見えた。

 それは魔都の城門だった。


「で、でかい……」


 だが、それは門と呼ぶにはあまりに巨大で、堅牢だった。

 言ってはなんだが帝都の門の比ではなかった。

 両の門柱だけでも通常の城門をいくつも積み上げたくらいの高層である。

 都市の城門や城壁は石を組んで造るのが常識だったが、魔都のそれはぐるり黒々とした鉄で出来ていて、まるで軍艦か製鉄工場の外壁のようだった。

 そして重厚な門柱の間は広い道路が何本も入るほどの間隔があり、実際荒野を走る幾筋ものハイウェイがひとつの城門へと扇状に収束していた。

 魔都の城壁からはサーチライトの強い光が複数照射され、それだけで外敵を打ち落とすのではないかという勢いを感じさせた。


 圧倒的な威風。

 高圧的なまでの存在感。

 荒野にそびえたつ鋼鉄の城塞都市。

 それが俺たちの最終目的地、魔国の首都・魔都だった。


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