第15話 RETAKE : 爆発するドアとボーカロイド的な少女
「お化け屋敷の衣装、こんなんでいいかな?」「当日の私服登校許可書、提出しといてって言ったでしょ!」「ゲリラはっ、ゲリラはまずいですって部長!!」「ねえ、このドクダミクレープ、ちょっと味見してみてくんない?」「軽音部のライブ、前売り券販売していまーす」「出店希望の部活代表者はただちに視聴覚室に集合してください!!」「ガムテープ買いにどこまで行ったのだあいつらはっ!!」「こんなでかい着ぐるみ廊下に置いとくな! うちのクラスの神輿が通らねえだろうが!!」
絶え間なく怒号と喧騒が聞こえる文化祭本番三日前の午後の教室――。
俺の目の前には大量のプリントがうず高く積まれていた。
文化祭に関するアンケートとその集計用紙。その他諸々の書類だった。
俺とヨリコはクラスの窓際に机を固め、それらの書類をチェックし整理する作業をしていた。教室ではクラスの出し物を仕上げるべく、クラスメイトたちがおのおのの仕事を進めている。
季節は七月中旬。
期末試験を終え、授業らしい授業はほぼなくなっていたこの時期。
文化祭準備も追い込みに入ろうとしていた。
「やあ。どうだい。委員のほうは順調かね」
「栗原先生」
声をかけてきたのはクラス担任の
「まずまずってところですかね。二人で手分けしてやっていますし、大丈夫ですよ」
「そうか。それは何よりだ」
栗原先生は口ひげをさすりながら答えた。
イマドキ口ひげなんて、下手をすると生徒から馬鹿にされる格好の的になってもおかしくないものだったが、栗原先生にはそういう反応を起こさせない風格があった。
THE・ジェントルマンとでも形容すべきダンディさゆえに、女子生徒を中心にファンが多い先生だった。
「ですけど、思ったよりも実行委員の仕事が多くて、クラスの作業にあんまりかかわっていることができなくて……」ヨリコが気落ちした顔で言う。
「ヨリコは真面目だなあ。そりゃあ委員会の書類仕事が多いけどさ。それにはクラスの申請書類とかも含まれているわけだし」
「でも……」
「そうだな。
「もちろんですよ先生。俺はヨリコの幼なじみですからね」
「まあ、一年生最後の期末試験、再藤さんがいなければ騎士田君は進級も危なかった状況にあったことも、私は知っているがね」
「そ、それは言わない約束ですよ先生ー!」
「はははっ。それじゃあ、よろしく頼んだよ」
そう言って栗原先生は去っていった。
「ふう。それじゃあちゃっちゃと片付けちまうか」
「そうですね。あ、ショウヤ君はこっち半分をお願いします」
「りょーかい」
黙々と書類をさばいていく俺たちの周りではクラスメイトたちが小道具を作ったり、メニューの試作をしたりしていた。
クラスの出し物は着実に完成へと近づきつつあった。
「お願い、ちょっとこの板、そっちの端っこ押さえてて!」「ええよー。はい、押さえたよ」「よしっ。って、ああ! ヤバい折れた!!」「このクッキー、味おかしくない?」「え? あれ、これ砂糖じゃなくて塩じゃん! なにやってんの!!」
……紆余曲折しながら完成へと近づきつつあった。
ちなみにうちのクラスの出し物はずばり、演劇喫茶『勇者と聖剣と魔王』。
演劇を見ながら演目に合わせたメニューを楽しむことができるという趣向だ。
劇のストーリーは複数用意されているが、主演のひとりはわが相棒・
アイゴは聖剣で魔王を倒す勇者の役だ。
剣道部次期主将とも目されるアイゴが剣を振るう演技は、本当の剣士のようで実にそれらしかった。いや、本当の剣士とか見たことないけどさ。
アイゴはいま衣装合わせをしつつ歌うように台詞を読み上げていた。
「アイゴのやつ、さまになってんな。適材適所って奴だな。なあ、ヨリコ――」
ヨリコは窓の外を見ていた。
開け放した窓からわずかに風が吹き込んで彼女のおさげ髪をなびかせる。
ヨリコのあどけない横顔に黒髪が泳いできらきらと光る。
比喩ではなく、そのときの俺には彼女のすべてが輝いて見えた。
奇蹟みたいな光景だと思った。
この瞬間を一生大切にしていきたいと強く願った。
なんとなしにヨリコの見ている先に目が向いた。
ここ
そのため、教室から見ると近郊の様子が広く一望できた。
彼女の視線の延長線上には学園付属のさまざまな施設が並んでいた。
浮遊山学園は大きな学校だ。
小中高の学校から大学、それ以上の研究機関までをも内包する。
半径数キロメートルの範囲はこの学園を中心に都市機能が回っていると言っても過言ではなかった。
必然、学園の敷地内には多くの付属施設がひしめき合っている。
教室から見える建物を順に挙げていくだけでも、両の指では数え切れない。
図書館。体育館。プール。グラウンド。学生寮。学生会館。剣道場等の各種部活のスポーツ施設。農園。研究所や展示施設。旧棟校舎。講堂。競技場――。
ん? 競技場?
競技場ってなんだ。
だいたいヘンだろ、あのコロッセオみたいな建物。
陸上競技場にしては走路があるわけでもなく、野球場にしては芝もマウンドもない。もちろんサッカーやラグビーを行うためのものにも見えない。
ただぐるりと観客席が囲んでいて中心がぽっかりと空いている。
いったい何の競技に使うっていうんだ?
どうしていままで不思議に思わなかったのだろう?
現代的な風景のなかにあまりに不釣り合いな巨大な石造りの――それでいて頑強そうなその建造物は、俺の疑問を受け流すかのように当たり前にそこにそびえていた。
いや、マジでなんだっけあれ。
俺は競技場をよく見ようと目を凝らした。
ぐにゃりと景色が歪んで見えた。
足元がぐらつく。
あれ? つかれてるのかな……。
そのとき、じっと窓の外を見つめていたヨリコが不意に俺に尋ねてきた。
「ねえ、ショウヤ君。こんなことを考えたことはありませんか? ここから見える風景が現実にはどこまで続いているんだろうって」
それは本当に唐突な質問だった。
「? なんの話だ?」
「ほら、よく言うじゃないですか。昔のひとは『この星は平らで地平線の向こうは滝のようになっている』と考えていたって」
「知ってるよ。たしか天動説だっけ? でも、昔の話だろ?」
「そうですね。昔の話です」
「なんでいまそんな話を……」
「ですけど、地の果てが実際どうなっているのか、私はこの目で見たことがありません。この星が丸いことはテレビや写真では見知っていますし、教科書的な知識もひと通り知っています。それでも、自分でたしかめたことはありません」
「そんなこと言い始めたら切りがないだろ。太陽は本当に宇宙に浮かんでいるのかとか、雲は水滴の集まりなのかどうかとか。自分でたしかめたことなんてないよ。なんなら外を走ってる自動車の動く原理をいちから説明しろって言われたら、俺はできないし。なんだってそうだろ」
「そうですね。なんだってそうです」
そこでヨリコは少し口をつぐんだ。
その瞳はじっと俺に向けられている。
妙に静かだと思ったらいつのまにか教室には俺とヨリコの二人だけになっていた。
ついさっきまで文化祭の準備でたくさん生徒が出入りしていたのがウソのようだ。
ヨリコの瞳には俺の姿が映っている。
俺はたしかにヨリコと話しているのに、何故だか自分自身と向かい合っているような錯覚に陥りそうになる。
なあ、ヨリコ。
俺の目の前にいるお前は本当のお前なのか?
思わず馬鹿みたいなことを口走りそうになる。
そんなはずはないのに。
何故そういうことを思ったのか。
自分でもよく分からなかった。
ただ沈殿する違和感だけが俺の意識を支配し始めていた。
「な、なあ、ヨリコ。ちょっと訊きたいんだけどさ――」
ドガゴギクオグシャオォォンンッッッ!!!!
大きな破壊音が静寂を引き裂いた。
「な、なんだ!?」
音がしたほうを見ると教室の後方のドアがまるまる壊れていて、代わりに制服姿の少女がひとり立っていてた。
やや緑っぽい黒髪のショートヘアに小柄な体躯。かわいらしい顔立ちは何を考えているのか分からないほどに泰然としている。
無表情な彼女の目はしかしまっすぐに俺をとらえていた。
「だ、誰だ、お前は……!?」
『――訂正。当方はミミル。自律型サポートプログラムです。お前ではありません』
俺の問いに返答した声は無機質な電子音声だった。
彼女は教室をぐるりと見回した。
その動作はあくまで機械的で、興味関心といった感情は一切窺えなかった。
『確認。まあ、あなたの想像力ならこの辺りが限界でしょうか』
「なっ、だからお前は突然来て何を言って……」
『訂正。当方はミミル。自律型サポートプログラムです。お前ではありません』
淡々とした声が答える。
「それは分かったよ。いまはお前の名前なんかどうでもいいよ」
『訂正。あなたは本心では名前なんかどうでもいいとは思っていません。でなければ、何度も繰り返す理由がありません』
「繰り返す……? いったい何を言って……」
そこで隣に座っていたヨリコの姿がないことに気づいた。
席を立った気配はなかった。
あたかも最初からそこに俺ひとりしかいなかったかのようだった。
『警告。イメージを強く持ってください。あなたの強固なイメージがこの世界を成り立たせているのです』
「……ああ、そうだな」と、思わず答えてしまった。
『補足。イメージすることが基本だとあなたは言われたはずです』
なるほどそう言われると、いつかそんなことを誰かに言われた気がする。
いつだってイメージするのは苦手だ。
『警告。現在、この世界はイメージバランスを欠いおり、たいへん危険な状態です。イメージの再構築を提案します』
危険?
再構築?
この平凡な世界のどこが危険だっていうんだ?
このどこまでも続く平和な日常のどこに問題があるっていうんだ?
『やはり今回もまだお忘れなのですね、――勇者様』
その言葉を聞くや否や、自分は勇者だったのだという自覚が忽然と頭の中に湧き起こった。
「……ああ、そうだ。俺は世界を救う勇者だったな」
そこで再び俺の意識は途切れる。
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