第三章 前世篇Ⅱ

第16話 ぶっちゃけ冒険編とかダレそうだしなるべくショートカットでお願いします


 俺たちは中央教会本部のなかにあるドーム状の広間に通されていた。

 白いタイルの床には何やら魔法陣が複雑に書き込まれている。

 儀式的な何かをするための施設のようだ。

 しかし大聖堂と違って、見渡しても宗教的な装飾等は見られなかった。

 ぐるりと囲む内壁は簡素で、何か光反射性の特殊な素材でできているようだったが、それが何なのか俺には分からなかった。


 そんな非日常的で、そしてどこかな神秘的な場所にあって、俺はミリアドとヨーリに両脇を抱えられてかろうじて立っているような状態にいた。


「い、いやだ……。俺は最弱の勇者なんだ……。上位勇者と同じようなポテンシャルなんかないんだ……。戦いたくない、戦いたくないよう……」


 うわ言のようにつぶやく。


「この期に及んで卑屈さMAXだなショアは。おい、しっかりしろって。勇者なんだろお前は。せめてしゃんと立てよ」

「そうですよ、ショア君。突然の出征で動揺する気持ちも分かりますけど……」

「いや、ムリ……。俺に魔国まで行って戦えとか、マジでムリだから……」

「んったくよお。敵国の本土まで潜入して戦うなんて、ひとケタ代の八十八英雄だってそうそうできる仕事じゃないぜ。この上ない名誉じゃないかよ」


 名誉か……。

 そんなことを言われると、なおのこと行きたくなさが高まる。

 意識が高いミリアドとは違うんだよ俺は。


「さすがお兄ちゃん! 中央教会の本部にいるっていうのにこの体たらく! 勇者にあるまじき態度だねお兄ちゃん!! 至上的に情けないねっ☆」

「うるせえよ……。っていうか、グレイスはなんでいんだよ。親父と一緒に帰ったんじゃなかったのかよ……」

「何言ってるのお兄ちゃん! これから戦地に赴く家族を私が放っておけるわけないでしょ!」

「グレイス、お前……」

「それにそれに、お兄ちゃんが遠くへ行っちゃったら、あふれ出る私のお兄ちゃんへの愛はどこへぶつければいいっていうの!?」

「お前がぶつけてくるのは愛じゃなくてもっと物理的なヤツだろ……」


 俺のことがどうこうというよりも、押さえ切れない召喚士としての高ぶりをどうにかして発散する好機を窺っているだけなのではないだろうか俺の妹コイツは。


 ちなみに親父は「吾輩にはッッ! 貴族として故郷の街を護る義務があるッ!!」と言って慌ただしく帰っていった。

 故郷にも魔国軍の手が及びつつあったようだが、四聖獣の解放の一報を受けて急遽帝都まで飛んで来ていたのだった。

 魔物への対処は一時的におふくろに任せて来たらしい。俺のおふくろ――ヴィクトリア・シューティングスターはシューティングスター男爵家『歴代最強』と名高い巫女であった。親父に代わって一日街を護るくらい朝飯前だろう。


『早く戻らなければ母さんが恐いからなッ! ハハハハッ!!』


 そう言っていた。

 たしかにおふくろを怒らせると何が起こるか分からないからな。

 天変地異的な意味で。


 俺がうだうだと不満を漏らしていると、奥の扉が開いて武装した集団がざっざっと足並みを揃えて入って来た。

 場の雰囲気が一気にものものしくなる。

 登場した集団はだいたい三十人弱くらいの人数だった。

 〝だいたい〟とか〝くらい〟とか表現が曖昧なのは、そのときの俺に人数を正確に数える精神的余裕がなかったためである。


 見たところ、その武装集団の人間は二種類の職業に分けられるようだった。

 高価そうな甲冑に身を包んだ兵士が約二十人。

 白装束の術士っぽいひとが四~五人。

 全員かしこまった姿勢で俺たちの前に整列していた。

 そのなかから二人の人物が歩み出てきた。


 ひとりは高身長の兵士の男性。

 年齢は二十代後半――いや、三十代半ばくらいだろうか。

 武骨な顔立ちからは気難しい性格を想像させる。

 硬質な黒髪を短く切り揃えた細身の男だった。


 もうひとりは背が低く年若い少女。

 右手に杖を携えて白いローブを着ている。

 後ろに控える術士(?)たちもほぼ同様の格好だった。

 彼女たちのローブは教会の司祭や神官のそれとも似ていたが、全体の出で立ちは格段に軽装で、教会の祭祀服よりも実戦を重視した服装に思えた。


 先頭に出た兵士が俺の前で剣を片手に跪いた。

 彼が右膝をついて身をうずめると、他の兵士たちも一斉にそれに倣った。

 一糸乱れぬよく訓練された動きだった。

 おおう。なんかガチな感じだ。

 こわい。


「申し上げる! 神聖帝国近衛騎士団より二十二名、ただいま参上した。それがしはチャン・エイト・ウッドソン。平時は近衛騎士団副団長の任を預かっているが、本作戦では第八十八番英雄隊の専属護衛部隊部隊長を拝命した。これ以降、勇者殿の身の安全はわれら近衛騎士団が命に代えても保障いたす」

「あ、それは、ええと、どうも……。よろしくお願いします……」


 え、近衛騎士団って皇帝の身辺警護とかやってる役職じゃなかったっけ?

 そんなひとたちが俺の護衛してくれるの?

 え? マジで?

 帝国が全力で俺の逃げ場を失くしに来ているんですけど?

 俺が内心ひとりで焦っていると、兵士の隣に立っていた白ローブの少女と目が合った。彼女はにこっと微笑んで俺に一礼した。あ、えへへ、どうも。


「わたくし、セーミャ・エトセトラと申します。中央教会『祝福と慈悲と愛撫の修道院』より派遣されて参りました白魔導士です。公的な身分としては修道女シスターなのですが、今回はわたくし含む四名、こちらの英雄隊で衛生兵ヒーラーを担当させていただきます。よろしくお願い申し上げます」


 セーミャと名乗った彼女は俺よりも幾分か年下に見えた。

 もしかするとグレイスと同じくらいじゃないだろうか。


「勇者殿にはこれよりただちに我々とともに魔国の首都、魔都へ向かい、魔王討伐の任を果してもらいたい」


 背の高い兵士――チャン・エイト・ウッドソン護衛部隊部隊長が俺に言った。


「そ、それは魔王個人を討つってことですか……この俺が……」

「そうだ。勇者殿にしかできないことだ」


 ウッドソン部隊長の言葉は感情に乏しく、実際より冷たく聞こえた。

 なんというか仕事と忠義のためなら何でもするという印象を与える声だった。

 騎士というよりも武士って感じのひとだな。


「魔王個人を討つって、それは暗殺ってことか!?」


 ミリアドが驚いて尋ねる。


「そうだ。魔王暗殺が第八十八番英雄隊に命じられた使命である」


 ウッドソン部隊長が短く答える。

 その返答を聞いて意外にもヨーリがすっと手を挙げた。


「えっと、発言をお許しください……。あの、魔王を討てばこの戦争を終わらせられる、ということなのでしょうか……」

「そうだ。魔王を討ち、魔族への魔力供給源を断つことこそ本作戦の本懐だ」


 ウッドソン部隊長は学生の突然の質問にも高圧的にならずに応対していた。

 見た目のイメージよりもずっといい人なのかもしれない。


「……なあ。頼みがあるんだ。この戦い、俺もともに参加したい。剣士としてはそこそこの腕前だと自負している。準英雄試験だって合格してるんだ! どうか!」

「あ、あの! できれば私も一緒に……」


 ミリアドとヨーリがウッドソン護衛部隊長に交渉を試みる。


「む。ミリアド・アイアンファイブとヨーリ・イークアルト、両名の学生についてはホーリーハック魔導魔術学院から通達を受けている。すでに八十八番英雄隊のメンバーとして登録済みだ」

「おおっ!? どういう都合か分からんが、よっしゃ!」

「あ、ありがとうございます!」


 なんかすんなり受け入れられてしまった。

 というか、二人がすでに登録済みだって……?

 どういうことだろう……??


「はて。そちらの女子は……」


 ウッドソン部隊長がグレイスを指して言った。


「私はグレイス・シューティングスター! お兄ちゃんの妹だよ☆」

「ふむ。勇者殿の親族か……」

「私も一緒に行っていいかなあ、お兄ちゃん? ねっ、いいよね?」

「なっ。ダメに決まってるだろ!」

「ええーっ! いいでしょ! 私、一級召喚士の資格だって持ってるし、巫女としてもやれるし、戦力としては申し分ないよ? 少なくともお兄ちゃんよりは。ねえー、いいでしょう部隊長さん?」

「だからダメだって。大人を困らせるなって」

召喚士サモナーか……。なるほど、よろしいだろう。認めよう」

「いいの!?」

「わーいっ☆」


 メンバーがトントンと決まっていく。

 なんかご都合主義的過ぎない?

 敷かれたレールの上を自覚のないまま走らされている気分だった。


「作戦の仔細は追って説明する。勇者殿、いまは早く出発を」

「やっぱり、俺が行かなきゃならないんですよね……」


 魔王の暗殺。

 とても俺に務まるとは思えなかったが、ここまで来てしまったからにはもう引き返すことはできない。

 目指すは魔王城。

 敵の本拠地である。

 それまでどんな艱難辛苦が待ち受けているか。

 現状、帝国軍は魔国軍に劣勢だとクリーンライト先生は言っていた。

 きっとつらく、長い旅になるだろう。

 ここにいる全員が無事で帰っては来られないかもしれない。

 俺は覚悟を決め、息を呑んだ。

 しょうがない。

 そうだ、俺は勇者なんだ。

 こうなったらどこまでもやってやろうじゃないか!


 だいぶ、目の前の雰囲気に流されている感があった。


「よし……。ここから魔王城まで俺たちの冒険が始まるわけだな……!!」

「あ。いえ、その必要はございません、勇者様」

「は」


 修道女の少女――セーミャの言葉に俺は肩透かしを食らった。


「魔国に至るまでの道のりには遠隔転移魔法を使います。わたくしたちはこれから、これまでの番号上位の他の勇者様方が切り開いてくださったポイントをいくつか経由し、なるべく大きな戦闘を避けて魔国に向かいます」

「え。それじゃあ、道中に魔物を倒したりとか敵軍と交戦したりとかは、ない?」

「ございません。勇者様には最終目的地まで万全の状態を維持していただくように固く命じられておりますので」

「じゃ、じゃあ、魔王を倒すための伝説の宝物を探したりとか……。あとなんだ。あ、あれだ。魔国軍に占領された街を救ったりとか……」

「それもございません。すべてわたくしどもにお任せください!」

「……それだと、勇者としての俺の立場がなくない……?」

「そんなことはございません! 勇者様は素晴らしいお方です! 勇者様は隊長らしく、ただそこに立っていてくださるだけでわたくしたちの希望となり得るのです!」

「ええー……。そ、そういうことなのか、な……?」

 

 宣告された内容はともかく、セーミャの反応は新鮮だった。

 俺は勇者とはいえ八十八番目の勇者なので、いままでこんなふうに持ち上げられたことがなかったのだ。帝都で盛大に送り出されていった上位勇者たちも、いまの俺みたいにちやほやされたのだろうか。

 正直、悪い気はしない。

 悪い気はしないが、なんだかひどくむずがゆかった。


「では、勇者様! 不肖わたくしが転移魔法を発動させていただきます!」

「あ、転移魔法はシスターさんがやるのね」

「どうか気軽にセーミャとお呼びください、勇者様っ!」

「ああうん……。じゃあセーミャ、結構な人数になるけど、大丈夫?」

「はいっ! 今回はポイントごとに教会の魔導士がサポーターとして待機しておりますし。それにわたくし、こう見えて転移魔法は得意なんですよ!」

「そ、そうなんだ。どうか無理はしないで……」

「ありがとうございます、勇者様! もったいないお言葉です!」


 セーミャは年相応らしい笑顔を見せた。


 繰り返し言うが、勇者様勇者様と持ち上げられるのは悪い気はしなかった。

 セーミャは中央教会のシスターだし、神託で選ばれた勇者に尊敬の念を抱くことが当たり前の環境にいたのだろう。

 たとえそれが末席最底辺の俺であっても。

 ただ、それを勘案してもセーミャの俺に対する態度は少し過剰に思えた。





 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇





 ショア達一行が去ったあとのこと。

 中央教会の大回廊。

 非常事態への対応に追われ教会関係者がせわしなく行き来するなかに、ホダルト総大司教とブラック・クリーンライトの姿もあった。

 回廊を往く二人の周囲には数名の司祭が同行している。

 

 ホダルトがクリーンライトに表面上は和やかな口振りで話しかける。


「しかし先生。成り行きとはいえ、なんとも前衛的なパーティーになりましたな」

「前衛的? 彼らは戦線の最前線に向かっていますからね。まあそうとも言えるかもしれませんね」

「そういう意味ではないです。充分ご承知でしょう?」

「はて。聖剣に選ばれた勇者。勇者養成学校の学年主席。一流の剣士を目指す準英雄。そして、勇者の一族の巫女。何もおかしいところなどないではありませんか」

「……ものは言い様ですな」


 ホダルトは旅立ったばかりの学生たちのことを思う。

 公認英雄でありながら教会とは異なる術大系で魔物を封じる術師の家の子息。

 反教会思想の急先鋒である帝大教授の娘。

 剣士の彼だって、たしかあれはまともな流派の家ではなかったはずだ。

 勇者と同じ異端の術を操る血族の巫女など言うまでもない。


「総大司教様のおっしゃりたいこともまあ、分かりますよ。しかし、それこそ物事の一側面でしかありません。何事も悪く言おうとすればどうとでも言うことができる」

「……クリーンライト先生、あなた、知っていてあの三人を近づけていたのではないですか? 最終的にこうなることを見込んで。勇者の妹にしたってそうです。彼女は帝都郊外の地方都市から来たというのに。あまりにタイミングがよすぎる」

「それこそ私を買い被り過ぎというものです。一介の歴史科教師にそこまでの先読みも情報操作もできませんよ」

「あくまで白を切るおつもりか。先生、あなた本当はどこまでご存知なのです?」

「質問の意図が分かりかねますな」

「……いまはそういうことにしておきましょう」


 そのホダルトの言葉を最後に二人は黙って回廊を進んだ。

 教会の外ではいまだに爆撃音が響いていた。



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