第8話 ぜんぶ戦争のせいだ


 ヨーリのプラネタリウムイリュージョンはすぐに収まり、彼女の頭部は現在、ビジュアル的には小康を保っていた。ビジュアル的に小康を保つ頭部ってなんだ。


「あー……ええと、なんだその……ヨーリ、自分の髪が虹色になってるのに気づいてなかったのか? っていうかいままでのやりとりでミリアドが言ってなかったけ?」


 俺は意を決してヨーリに尋ねる。


「いえ……アイアンファイブ君からはヘンだヘンだとは言われてましたけど、どんな色になってるかまでは……」


 そういえば具体的な状態については言ってなかった、か……?


「たしかに私、髪の色に微妙にグラデーションがかかるような薬品と呪術式は設定していました。あ、グラデーションって言ってもホントにびみょーにですよ。こう、黒か緑か青か分からないような感じにするつもりで……。でもまさか、そんなふうになっているとは……」


 その前提からまず間違っている気もするが……。


「――髪の色は個人の魔力量に左右されるといわれている。それゆえ髪の色を持続的に変色させ続けるには一定以上の魔力と技量が必要になるんだ。使用した医薬品の量に対して、魔術師でないヨーリちゃんの魔力量が釣り合わなかったんだろう。その結果、時間の経過とともに発色が不安定になっていったっつーところか」


 ミリアドが自説を述べた。詳しいなお前。


「……実は、今朝セットして、お昼に鏡を見たときには設定した色味とはなんとなくズレ始めていたんです。けど、気になるほどじゃないと思って見過ごしていたんですよね……」

「たぶんそれ以降、段々と虹色に傾いていったんだろうな……」

「えうぅ……恥ずかしい……」


 顔を赤くして手で覆うヨーリ。

 今日は夏休み前で午後は授業もほとんどなかった。変化が目に見えておかしくなる頃にはそれを指摘するようなひとにも会わなかったということなのだろう。


「……あのさ、言いづらいんだけど」

「なんでしょう?」

「それって、普通に染めるんじゃダメだったのか? 呪術とか使わずに……」

「えっ、それは……」


 途端に二人がないわー的な目で見てくる。あれ。なにこの状況。


「……あのなショア、お前は知らないかもしれないけどな、髪を染めるという行為そのものがもともとは魔女文化由来なんだ」


 あーはん?


「染髪は最近でこそ、ただのファッションのためという傾向になっているけどな、本来は術師の魔力調整などの意味合いが強い。他の地域ではどうか知らないが、少なくともこの帝都においてはそうだ。だから美容品は魔女の術を元にした商品がほとんどだし、一般人が髪を染めようなんて思ったら呪術医薬品に頼るしかないのが現状だ」

「ちょっと待ってくれ、呪術医薬品は戦場の兵士の間で使われていた救命用の薬品が一般に普及したものなんじゃないのか」

「お前が言ってるのは体力回復系の〝ポーション〟のことだろ? それだってもとは魔女や魔術師がコツコツ作ってた薬を工場生産化しただけだ」

「そういう……ものなのか……」

「そういうもんだ」

「私はそもそも美容品に呪術を使わないという発想がありませんでした……」


 なんてことだ。

 カルチャーショックだ。

 地方民の醜態を晒してしまった。


「じゃ、じゃあ色だけじゃなくて本物の虹みたくぺかぺか光ってるのは……?」

「そ、それは、たぶん髪をさわったときにキラキラ小さな光が舞うようにしようとしたのが失敗したんじゃないかと……思います……」

「ファッションにしたって絶対必要ないだろそれ!」

「……っ! だって、女子高等部の生徒会長のラージバードさんなんてすごいんですよ!? 彼女の髪はそれはきれいなブロンドの長髪なんですけど、髪をかき上げるとキラキラのエフェクトがかかるんです! 私、一度、あれがやってみたくて……」


 女子部の生徒会長はさすがの俺でも見たことがある。

 ルスト・ヴァンブ・ラージバード。ラージバード伯爵家のご令嬢にして五十六番目の勇者。かなりの美人だったと記憶しているが、そんなひとなのか……。


「まあ実際、そういう呪術医薬品はあることにはあるし、売ってるな」


 売ってるのかよ!


「微細な魔素をあらかじめ髪に付着させておいて、髪をかき上げたときに空気中の光や水分と反応させることでわずかな発光現象を起こす、というたぐいの美容品だな」

「そんなの使う奴いるの? 俺、見たことないんだけど」

「そうだな。その美容品自体が高価なのに加えてかつ使用者を選ぶ。常用してるユーザーは少ないんじゃないか。制御が難しいからな、あれ」


 難易度云々以前に趣味嗜好的な障壁が大きい気がするんだが。

 あとほら、世間の目とかさ。


「そうなんですよ、市販品は値段が高くてなかなか手が出せなくて……それでなんとか自分で再現できないかと頑張ってみたのですが……」

「さっき、光ってるのは副作用とか言ってなかったっけか?」

「それもお昼に見たときは、ときどきチラチラ光る程度だったんですよ……くせ毛直しはなんとかなってたんですけどね……何がいけなかったんですかね……」

「ま、まあ、その努力は認めるよ……」


 話を聞いていてなんとなく分かってきたことがある。

 ヨーリはあれだ、ヤバい方向に凝り性のひとだ。しかも根が真面目な分だけ面倒なタイプの。ひとりで料理とかさせちゃいけない人種だ。


 髪の色をグラデーションにしようとして時間差で虹色にしてしまったり、キラキラエフェクトを付けようとして派手に輝かせてしまったりとことごとく失敗はしているが、それも本当は不慣れなお洒落に真面目に取り組んだ結果だったわけだ。

 それでも髪型だけは変えなかったのはらしいというか何というか。優等生根性みたいなものだろうか。


「ともかくですね、私がこんなふうになってしまっているのも、すべて戦争が悪いと思うのです」

「は」


 突然に何を言い出すんだこの子は。


「戦争がなければ帝都は物資不足にはなっていませんでしたし、物資不足でなければ呪術医薬品で不自由することもありませんでした。呪術医薬品が足りていれば私だって慣れない薬品の調合や呪術式を組んでお洒落に失敗することもなかったハズです。そうです。元をたどればすべて戦争が悪い!」

「お前それ外で絶対に言うなよ……」


 全部戦争が悪いなんて中央教会の人間にでも聞かれたら異端者扱いされてしょっ引かれるぞ。

 ヨーリは友人関係でうまくいっていないと言っていたが、それも本人の話以上の理由がある気がしてきた。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「でもさ、いくら今日の午後は授業がほとんどなかったとはいえ、ヨーリはずっと学院のなかにいたんだろ? 時間差で髪が虹色になっていったにしろ、その間に友人なりクラスメイトなりに何か言われなかったのか?」


 呪術医薬品の使い方だって同じクラスの女子なら何かしら知ってるだろうに。


「あの……私、そういうこと話せる友達がいないので……」

「あ」

「そもそも勉強くらいしか取り柄のない私がお洒落トークなんて……そういうのはある程度打ち解けた仲にならないと……中学のときだってそれで……うぅ……」


 ヨーリがぶつぶつと何事かをつぶやきながら自分の世界に没入していく。

 しまった。彼女のトラウマスイッチを押してしまったようだ。


「ええと、いや、その、なんと言うか、悪い、じゃなくて……えと」


 俺氏、しどろもどろ。


「いや。つーかよ、ショア、お前だって学内に俺以外にろくに話し相手なんかいないだろ。ヨーリちゃんのことをとやかく言えるほど他人事じゃねえぞ」

「はうぁっ!!」


 ミリアドが俺に追い打ちの一撃を喰らわせてくる。

 そうだったわ……。俺、最弱底辺の落ちこぼれ勇者だったわ……。

 何も言えなくなった俺は押し黙って自分の境遇に思いを馳せた。



 夜の教室に再度気まずい沈黙が……。

 って、もういい加減にしてくれ。




 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇




「――それより今日はもうおしまいにしようぜ。寮の時間もあるだろうし、お互いあまり遅くなると面倒になるだろうよ」


 ミリアドが切り出した。


「そ、そうだな! もう時間も遅いしな! ヨーリもいろいろあってつかれたろ?」

「あ、はい。そうですね……。すみません。私のせいでこんなことになってしまって……結局何もできていないままですし……」

「いいっていいって。大丈夫、ヨーリのせいじゃないって」


 よっしゃ! なんだかんだでなし崩し的に追試から逃れられたぜ!

 ヨーリには悪いけど、俺にとってはまあ結果オーライだ。


 さらば臨時追試勉強会。こんな特例はそうそう何度もあるまい。

 そう思っていたのだが――。


「では今日できなかった分、明日から巻いていきますね!」


 ……は? 明日?


「クリーンライト先生からはシューティングスター君が合格できるまでみっちり教えてやってくれと言づかっていますので。一緒に頑張りましょう!」

「え、いや、ちょっと」

「大丈夫です! 分からないところからひとつひとつ潰していけばきっとできるようになります!」


 え? え? ちょっと待ってくださらない?


「お、いいなあ女子と勉強会。もしお邪魔じゃなければ俺っちも参加させてもらっていいか? 放課後、ショアがいないんじゃ、どっちにしろヒマだしさあ」

「もちろんです! アイアンファイブ君がいてくださると私も心強いです!」

「おうよ!」


 あのー、ねえってばさ?


「それとどうせなら俺らのことはどうかファーストネームで呼んでくれよ。こっちもヨーリちゃんと呼ばせてもらうからさ。仲良くしようぜ、なっ」


 『なっ』じゃねえよ。お前らなに急に和気あいあいとした雰囲気を醸し出してるんだ。人見知りはどうしたんだよヨーリ。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……ミ、ミリアド君、ショア君。あらためてよろしくお願いしますっ」


 ヨーリは赤面して言った。その表情には、先ほど呪術医薬品の失敗を語ったときとは別の恥じらいが含まれているように思えた。

 というか、名前を呼ぶのはミリアドが先なのね……。

 いや、だからどうとかはないんだけどさ……。

 あれ? これってもしかして、ジェラシー……?

 いやいやいやいやいや。



 外はすっかり暗くなっていた。

 窓ガラスに映るヨーリの髪は心なしかさっきより色数が減ってきている気がした。

 最初は衝撃的だったその派手な輝きも、出会った時点に比べるとずっと落ち着きを取り戻しているように見えた。

 


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