第7話 呪術医薬品
ミリアドは腕を組むとヨーリの前に立った。
「おい! ヨーリ・イークアルトといったか」
「はひっ」
ヨーリはミリアドにおびえているようだった。
無理もない。
ヨーリは決して背の高いほうではなかったし男子の俺と比べると小さく見えたが、それでも特別小柄というわけでもなかった。女子としては人並みの部類だろう。
それを考慮してもミリアド・アイアンファイブはでかい。
でかいというよりむしろ、長い。
面と向かうとたいていの場合こちらが見上げなければならなくなる。
おまけに口が悪い。
男子に免疫のない(というより人づき合い全般に免疫のない)ヨーリが恐れるのも当然と言えた。
「俺はミリアド・アイアンファイブってんだ。そこにいるショア・シューティングスターの友人であり相棒でもある。今回は
「あ、あの……。ヨーリ・イークアルト、です……」
ミリアドが名乗るとヨーリは消え入りそうな声でこたえた。律儀だ。
ただし、その気弱な態度に反し頭部の主張は激しい。
「俺はホントは女子の髪のことなんてどーだっていいんだけどな、ショアの奴が気になって追試に集中できないって言うからよ……」
いや、俺は追試を受けなくていいならそれはそれで構わないんだが――。
「だからショアに代わって俺がヨーリちゃんに言いたいことがある」
「ヨーリちゃん……」
「まあそのなんだ、端的に言ってアレだ――ヨーリちゃん、あんたの髪、呪術医薬品の使い過ぎだ。お洒落オンチにもほどがある」
……さらっと言うなよあ、マジで。
「ヨーリちゃん……って、はっ! どうしてそれを!」
「いや、見りゃ分かるよ」
「ヘンでしょうか……」
「ヘンだよ」
「イケると思ったんですけど」
「むしろどうしてそれでイケると思ったのかが不思議だ」
「ダメでしょうか」
「ない。髪を痛めるどころか痛々しいだけだ」
「そんな……」
「ない」
「ふひぇぇ」
容赦ねえ。
完全にミリアドのペースである。俺の出る幕がない。
というかイケると思ってたのか、その虹色。よくここに来るまで他人に指摘されなかったな優等生。
「おいミリアド、ひとに説教しておいて自分こそヨーリのこと泣かしそうな勢いじゃないか。もっとこう、言い方とかあるだろう」
「しかし呪術医薬品も混ぜないとそんなふうにならないだろ、どうやったんだそれ」
「聞けよ」
「しょうがないじゃないですか! このご時世、品不足でものがないんです。お洒落するにも自分であれこれ工夫しないと」
「それにしたって限度があるだろうよ。どこのメーカーの使ってんの?」
「いろんなところのをちょっとずつブレンドしましたからね。既製品だけではなく父の持っている魔道具を借りたりして……だから自分でも何と何が作用してるのかはっきりとは分からないんです。結果的に時間差で色や質が変化するようになってしまったみたいなんですけど……」
「いまはなんか光ってるけど」
「キラキラしててかわいくありません?」
「いやあ、どうだろなあ」
「ダメですかね……」
「どうせそれも副作用なんだろ?」
「どうしてそれを!」
……俺も会話に参加させてくれないかな?
あとヨーリ、言い返すときのほうが生き生きとしてない?
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
呪術医薬品。
それは帝都において用いられる呪術的な化学医薬品の総称だ。
呪術医薬品はその名の通り呪術を用いた各種の薬である。
なかでも体力回復を目的とするものは通称〝ポーション〟と呼ばれて主に戦時に使用される。傷などの物理的な損傷だけでなく、種類によっては精神状態を清浄に保つための薬品もある。ポーションは古くから魔物退治や魔族との戦いのなかで大きな効果を発揮し帝国の兵士たちのあいだで広範に利用されてきた。
戦争を通して開発が進んだ呪術医薬品だが、高度な魔法が使えなくとも飛躍的な回復を可能にすることから一般にも広く普及し、いまでは化粧品や香水など美容のための薬品も多くがこれに含まれる。
やがて生産体制と法整備が進んだことで呪術医薬品といえば現在は一般に工場生産で市販されているものを指し、流通には帝国薬事法の認可が必要になった。
しかしそこで近年の対魔国戦争の長期化である。
各地で頻発する魔族との抗争により帝国の運輸ラインは不安定になっていた。最近では輸出入に制限をかける国も出てきたと聞く。
物資不足により薬品は全般的に供給が足りていなかった。呪術医薬品も全体の品質が下がっているらしい。とくに美容関係のものは優先順位が低く、つねに不足気味であることが巷間でもたびたび話題になるほどだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「しかしヨーリちゃん、ショアの話を聞く限りじゃ、おとなしいあんたが自分から髪を染めまくるとは俺っちにはあまり思えないんだ」
染めまくるって。
「だいたい普段からそんな奇抜な髪をしてたら教師に指摘される以前に学院中のウワサになっててもおかしくない。それで俺は思うんだ。呪術医薬品をオリジナルブレンドしてまで髪にこだわったのは、色以外に何か他の理由があるんじゃないかってな」
ミリアドは問いかけるようにヨーリに迫った。
つーかその推理小説の解決パートみたいな口調やめろ。何ジャンルだよもう。
「そうですね……お話ししましょう……」
ヨーリは観念したような表情で口を開いた。あ、そういう流れ?
「――私、いまは髪をこうやって二つに分けてまとめているじゃないですか」
ああ、会ったときにいかにも優等生らしいきっちりした髪型だと思ったよ。
あくまで髪型だけは。
「でもその……実は地毛はひどいくせ毛なんです」
くせ毛。いまの状態からはとてもそうは見えない。
丁寧に束ねられたおさげ髪はきれいにまっすぐ伸びている。
「……やっぱりそうか。ひどいってどれくらいひどいんだ?」ミリアドが尋ねる。
「何もしてないとまるでまとまりがなくなってぶわーってなります。分けて束ねるどころの話じゃありません」
日ごとの髪のコンディションなど俺は気にしたこともないが、やはり女子は気になるものなのだろう。
それとどうでもいいが、『ぶわーっ』って言い方がちょっとかわいかった。あざとさを感じる。
「それで髪が縮れないように呪術医薬品を使って毎日手入れしているんです。ほら、この髪留めのヒモもくせ毛を抑える魔道具なんですよ。効果は軽いおまじない程度らしいですけど……」
「私の通っていた聖護魔術女学校中等部は魔女の家系の子が多いと言いましたよね」
……たしか、魔術教育に力を入れている学校だったっけ?
「魔女や魔術師の家の女子の間では、化粧品は自前で精製するのが普通なんです。彼女たちは学校だけでなく家庭でも日常的に魔法薬や呪術に触れているわけですから。みんな薬品の調合には慣れていましたし、それを誇りにもしていました。当然、クラスメイトも多くがそういう子ばかりで……友人関係だけでなく美容やファッションに関しても私は疎外感みたいなものを感じていたんです……」
あーー……ヨーリの過度に人見知りな性格はそういう理由もあるのか……。
「そんな環境にいましたから、私も自分で研究した呪術や薬品を使うようになっていきました。あまりうまくいきませんでしたけど……。でも、とくに高等部からは〝社交的な優等生〟として振る舞うために見た目には気を遣う必要がありました――」
「——ところがですね、今日に限っていつも使っているくせ毛直しの薬が切れてしまったんです……今日はとくに湿度が高くて髪がうねっていましたし、これから初対面の男子に会うのに下手な髪型で行くのもどうかと思いまして……」
そうだ。今日は内陸部にある帝都にしてはめずらしく湿度が高かった。日が沈んだにもかかわらずまだじわりと蒸し暑い。
「自分でいろいろ調合を試していたとはいえ、やはりメインの既製品がないと苦しいものがあります……。それでその、もともと今日は少し気合いを入れて挑むつもりでしたので、これを機にいつもと違うスタイルを試してみようかと思ったんですね」
待て分かった。おそらくそれが間違いの始まりだ。
「いや、それで急に虹色にはならないだろうよ、ヨーリちゃん」
「にじ……いろ……?」
「ああ」
「えーと……いま私の髪、虹色なんですか……!?」
そう言ってヨーリが自分の頭を両の手で抱えたその瞬間――。
彼女の髪が一層その輝きを強くし、小さな星屑のような光がポンポンとはじけ飛んだ。ヨーリの頭の周りにはさながら小型のプラネタリウムのように
「ふひええええぇぇぇぇっ!!」
ヨーリがミラクルな奇声を上げた。
それはほんの数秒の出来事だったが、その場にいた全員を呆然とさせるには充分なイリュージョンだった。
しばし、気まずい沈黙が流れた。
この教室に入って何度目だ、気まずい沈黙。
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