第6話 お前は昔から回りくどいんだよ

 

 ここ神聖帝国の帝都は中央大陸の内陸部に位置し、大陸全土からさまざまな人種や種族が集まってくる。さまざまなひとがいれば必然、髪や肌の色もさまざまである。

 金髪に栗毛、黒髪、茶髪、赤髪。灰色や亜麻色の髪。

 銀髪や白髪もそうめずらしくはない。青や緑、黄に近い髪も見たことがある。


 妖精族のなかには人間からするとあり得ないような髪の色を持つ種族もいると聞くし、辺境民族の吸い込まれそうな濃い黒髪にある種の憧れを抱く帝国民も多い。

 髪や肌の色はそのひとの魔力の量によって濃くなったり薄くなったりの差が出るという説もある。魔女や魔術師の一族のなかには自分たちの髪の状態を保つために自ら調合した薬を使う者もあるらしいともいうが、詳しくは知らない。


 しかし、いま俺の目の前にあるのはぺかぺかと輝く虹色である。

 

 「ひとは見た目が9割」とは誰の言葉か知らないが、「ひとを見た目で判断してはいけない」というのもまたよく言われることだ。

 それらのもの言いが世間的に正しいのかそれとも間違っているかは俺の窺い知るところではない。

 しかし初対面の人間を先入観やその場のリアクションで判断してはいけないということは、他でもない、いまし方俺自身が身をもって実感したばかりである。

 

 そうは言っても、だ。

 見た目が自身の常識の斜め上にあるとき俺はどうすべきだろうか。

 個人の寛容さとはどこまでを許容するのが妥当なのだろうか。


 虹色の髪。


 何しろ視界に入るだけで集中力をぐいぐい削いでくる。

 とても追試どころの話ではない。


 優等生女子にマンツーマンで勉強を見てもらえる。落ちこぼれの俺からすると本来ならば願ってもないシチュエーションだ。

 その理想的なシチュエーションを彼女の頭部ただ一点が全力で阻害してくる。

 少なくとも勉強に適切な環境とは思えない。

 追試を受けに来ただけだったハズなのに、俺は何故こんなにも葛藤しているのか。

 



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 

 すでに日は暮れていた。

 時間的猶予はあまり残されていない。


 ――その髪の色はいったいどうしたのか?


 ただそう指摘するだけ。そう、それだけなのだ。

 だが、いままで流れで言わずにきたものを急に言及していいのか……?

 当のヨーリはまだ赤く泣きはらした目のまま申し訳なさそうに俺を見ている。

 なんともやりづらい。

 だいたい女子の髪のことを初対面の俺が訊くのも……いやしかし……。

 俺が何回目か分からない逡巡をしていたそのとき――。



「よおっ、ショア! ここにいたのか! 探したぜ相棒!!」



 背の高い男子生徒がいきなり教室に現れた。

 見慣れた男子高等部の制服。赤茶けた髪にオールバック。目つきが悪く、その風貌もしぐさも活劇に出てくるヤンキーのようである。異様なまでの高身長からは、がたいのよさのわりにひょろひょろとした印象を受ける。帝国騎兵の軍服を模したともいわれるホーリーハック魔導魔術学院の制服スタイルが死ぬほど似合っていない。


 ノックも入室の挨拶も無しに闖入ちんにゅうしてきて俺を〝相棒〟と呼ぶその男子生徒を、しかし俺はよく知っていた。


 名前をミリアド・アイアンファイブ。

 よく知ってるも何も高等部学生寮での俺のルームメイトである。


「ショア、お前おせえよ、何してんだよ。クリーンライト先生のトコ行っても誰もいないしよお」

「いや、それは……」


 俺は思わず口ごもる。追試の現場を友人に見られるのはなんとなく気恥ずかしい。


「それはもへったくれもねえよ。お前は昔から回りくどいんだよ」

「ミリアドがいつも直球過ぎるんじゃないのか。ちょっとは遠慮したらどうだ」

「うるせえよ。そういうところが回りくどいっていうんだ」

「へいへい。どうせ俺は回りくどくて優柔不断ですよ……」

「はっはっはっ! お前のそういう卑屈さ、俺は嫌いじゃないぜ!」


 はあ。

 ミリアドは俺の昔なじみで付き合いも長いが、いまはそれどころではないのだ。

 ヤンキーの相手をしている暇はない。

 あと、コイツは声がデカいので話していると妙に気づかれする。

 

「あのう、一応いまは追試の最中ですで……」


 それまで俺の横で所在なさげに縮こまっていたヨーリが恐る恐る発言した。

 あきらかにミリアドに不信感を抱いている。


「ん? そっちは女子部の奴か? ――なんだその髪、ヘンな色してんのな?」


 あああああああああぁぁぁっっ!!

 ミリアド、てめえええええええッッ!!!!

 俺が言いたくても言えなかったことを! そんなついでみたいにあっさりとっ!!

 これまでの俺の葛藤を返せ!!!! 返せ!!!!!!!


「え? 私の髪? へ、ヘンですか……?」


 まさかの無自覚!?

 それとも自分の髪の色がおかしなことになってるのに気づいてない!?


「いやいや、ヘンでしょ。なんか光ってるし」


 ミリアドお前はちょっと黙れ! 


「おい、ミリアド! 少し話があるから来い!」

「な、なんだよ相棒。ちょちょ、引っ張るなって!」


 俺はミリアドの腕をつかむと強引に教室の隅に引き寄せた。

 ヨーリが不思議そうな顔でこちらを見ていたが無視する。


「なんだなんだどうしたっていうんだ。俺はいまあの髪の色のヘンな女と話してたんだが?」

「――その件だけどな、ミリアド。あの子はヨーリ・イークアルトといって、女子部の一年生だ。今日は先生に代わって俺の追試の面倒を見てもらっているんだ」


 俺はヨーリに聞えないよう小声でミリアドに話しかける。


「ヨーリちゃんか。ショアが世話になってるってんならなおのこと俺も挨拶を……」

「まてまてまて! ヨーリは先生方にも評判の優等生でイマドキめずらしい保護指定レベルのいい子なんだ。しかも過度の人見知りで男子に慣れてない。お前みたいなエセヤンキー野郎が不用意に話しかけても怖がらせるだけだ」

「む。じゃあなんだショア、お前なら彼女とうまくやれるっていうのか」

「そ、それは……」


 痛いところを突かれた。

 ミリアドが俺のほうにずいっと顔を寄せてくる。おいおいちかいちかい。


「だいたい相棒よ、お前はこの時間まで何してたんだよ。回りくどいお前のことだ、どうせ反応しづらい態度を取ってヨーリちゃんを困らせてたんじゃないのか。さっき見たら彼女の顔、随分泣いた跡があったぞ」

「うぐ……」


 ぐうの音も出ない。

 ミリアドは普段の粗放な態度に反して妙な点で勘が鋭いうえに観察眼が冴えている。こと俺の行動に関してはなまじ付き合いが長いだけに隠しているつもりのことでもすぐに見抜かれてしまう。まあ、そのおかげで助かった面も多いのだが……。

 追い込まれた俺はことの顛末てんまつを洗いざらいミリアドに説明した。

 ヨーリと出会ってからいまこの時間まで何があったのかを、すべて。


「なるほどな……」


 一通り俺の説明を聞いたミリアドは納得した顔をしてつぶやいた。


「何がなるほどなんだ、勝手に得心するな」

「ショア、お前に任せておくと話が一向に進まねえ。進まねえどころかどんどんこじれていく。ちょっと待ってろ。この問題、俺が解決してやんよ」


 ちょっと待ってろはこっちの台詞だ。

 問題も何も俺は髪の色がおかしい理由を聞きたいだけだ。

 何がなんなんだいったい。

 

 俺が戸惑っている間にもミリアドはずんずんとヨーリの前に出て行ってしまった。



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