第11話 不穏
・・・・ 帝都タイムズ 号外 | 七月一四日刊行 ・・・・
【帝国政府、
神聖帝国中央政府が帝都を守護している四聖獣の解放を検討していることが一四日、分かった。解放された四聖獣は対魔国軍への戦力として即時投入される見込み。本紙の独自取材により政府関係者筋が明らかにした。政府は本日中にも正式に声明を発表する方針だ。
帝国本土へ侵攻を続ける魔国に対して、政府は長年に渡り粘り強い外交努力の下に平和的解決を模索してきた。しかし苛烈を究める魔国軍の暴掠に最早手段を選ばない構えだ。四聖獣が帯びる絶対神聖の威光を以てすれば邪悪なる魔王の軍は一挙に滅せられることになるだろう。四聖獣が解放されるのは建国以来初めて。
政府関係者によれば、四聖獣の解放には中央教会内部を中心に反発の声も多くあったという。しかし帝国臣民の安寧を第一に考えた結果、今回の決定になった。
なお、四聖獣の解放によって帝都の防衛体制に一時的な不備が生じることも予想される。創世神の加護と共にある帝国の国体が下劣なる魔王の軍勢を前に揺らぐことなどあろうはずがないが、賢明なる帝国臣民においては自助と共助の精神で各自防災に備えられたし。
四聖獣は帝都の四方に封されているとされる四体の伝説的霊獣。約六百年間あらゆる脅威から帝都を守護してきた。その聖性から現在も帝都を中心に多くの信仰を集めている。
◎◎◎ 週刊帝国の真実 | 七月一三日刊 ◎◎◎
【帝都のウワサ! 研究所で執り行われる秘密の儀式――軍が聖女殿下を監禁!?】
この頃、帝都でまことしやかにささやかれる噂があるのをご存知だろうか。帝国軍部と中央教会が結託し、ひと知れず秘密の儀式を執り行っているというのである。軍が最近になって各分野の優れた人材を引き抜いているのもそのためだったのだ。
実利主義的な軍部と伝統的な教義解釈を重視する中央教会とでは従来反りが合わないとされてきた。しかし二つの組織が近頃蜜月の関係にあることは本紙読者には周知の事実だろう。教会と軍部の急速な接近。これこそ何かしら前例のない企みが進められてることの証左ではなかろうか!?
またこんな話もある。なんと帝都のどこかにあるという軍の研究施設に聖女様が監禁されているというのだ。嗚呼哀れ聖女様は帝都某所地下深くに閉じ込められ、来る日も■■に、■■され■■■■■■■■い■■という。■■■■■■■ではないが、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■
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「ショア、そういえば知ってるか?」
ミリアドが思い出したように訊いてきた。
「何がだよ」
「なんかさ、教会が異世界から『勇者』を召喚してるって話」
「なんだそれ」
「なんでも聖女様を監禁してどこかで秘密の儀式をやってるんだと」
「胡散臭いな……どこ情報だよ?」
「ひとづてに聞いたのもあるけど、直接的には昨日の週刊誌のゴシップ記事」
「マジメになんなんだそれ」
「ま、どこまで信憑性があるかどうかはかなり怪しいけどな」
「仮にその話が本当だとして、これ以上勇者増やしてどうするんだよ」
「ははっ。違いない」
いまの帝都は英雄であふれていた。
相次ぐ勇者と準勇者の出征。八十八英雄は慣例的に番号順に上位から出征していたが、加えて最近では一般の兵士を送り出すにも随分と大げさに取り上げるようになっていた。
新しい傭兵志願者が出ると『英雄』。
大きな戦果を挙げる将校がいると『英雄』。
遠くの戦地から戦死者の報があれば『英雄』。
ついには将来的に兵士として見込みのありそうな子供が見つかっても『英雄』扱いする始末である。
それに今度は異世界からの勇者ときた。
うるせえ。勇者は俺だってんだ。
「もうっ、二人とも真面目にやってくださいよう」
ぐだぐだ雑談をする俺たちにヨーリが頬を膨らませる。
「悪い悪い。でもこの蒸し暑さだと気が散っちまってよ」
「私だってこの湿気で髪がうねるの我慢してるんですから!」
我慢してどうとなるものなのかそれは。
優等生キャラぶれぶれである。
「しっかし、この魔術化学式というのはホントに覚えられない……」
俺は古典詩に区切りをつけ、いまは魔術化学基礎に取り組んでいた。
「魔術化学の基本は暗記とイメージなんですけどね……。そこを乗り越えると一気に面白さが広がるんですけど……」
「うぅん……イメージねえ……」
暗記は苦手だ。イメージするのはもっと苦手だ。
それはつまり魔術が全般的に苦手なのだ。
魔術なんてなければいいのに! 魔術の必要のない社会で暮らしたい。
「あーっ! やる気出ねえ!」
「ええー、しっかりしてくださいよーっ」
俺はペンを放り投げると机にだらりと伏せた。
「ああ……孤独だ……」
「何が孤独だよ。俺とヨーリちゃんの二人が付いてるじゃんかよ」
「そうですよショア君。暗記が苦手なのは分かりますけど頑張りましょう! ほら、起きてください!」
「うーん、暗記がどうとかじゃなくて、もっとぼんやりとした疎外感みたいな…」
「疎外感?」
「ほら、番号の若い八十八英雄はもうほとんど戦場に出てるしさ、公認の英雄でなくとも優秀な学生は軒並みとっとと傭兵試験に合格して学院を出て行ってるじゃん?」
「たしかにここ数カ月で寮も随分空き室が目立ってきたよな」
「だろ?」
「まあ、この学院の試験は傭兵試験と一緒に受けられるシステムだし、出て行く奴はどんどん出て行くさ」
「そういう現実を前にするとさあ、ただでさえ夏休み前でやる気が出ないってのに、なーんか、俺だけ取り残されちゃってるなーって気分になって憂鬱になるんだよね」
「でも、ショア君は八十八番目とはいえ、れっきとした勇者なんでしょう?」
「そうだけど……」
「それならショア君だけが使える聖剣固有の能力があるんじゃないですか? 私、それだけでも充分にすごいことだと思います!」
「うーん、それはその、そうなんだけどさ……」
実のところ、その聖剣固有の能力がますます俺をさいなむのである。
「っていうか、ヨーリちゃん、ショアの聖剣の能力知らねえの?」
「あの、聞いたことはあるような気がするんですけど……すみません……」
……やっぱヨーリの知識もだいぶ偏ってるよな。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「っていうかさ、マジで暑くねーか?」
ミリアドがシャツの首元を開きながら言った。
「……そうか?」
「ぜったい暑いって。ちょっとこのむしむし具合は異常じゃないか」
そう言われてみるとそうかもしれない。
二、三日前から蒸し暑さを感じてはいたが、今日はそれに輪をかけて蒸している。
――いや、前日と比べるまでもない。
ほんの数時間前よりも明らかに湿度が増している。
制服はすでに汗でべたべただし、片手を握っただけで肌に水滴が溜まる。
昨日はまだいつもより少し蒸しているかな程度のものだったハズだ。
たしかにこれはちょっと異常だ。
さすがに何かがおかしい。
いま思うと、俺たちはそれに気がつくのがあまりに遅すぎたのだった。
ドンッっと何か大きな震動がした。
それが異変の始まりだった――。
ドガゴギクオグシャオォォンンッッッ!!!! と、教室後方のドアがギャグみたいな音を立てて爆発した。ガラスと木の破片がはじけ飛び、爆風が教室に吹き込む。
「きゃあっ!」
「な、なんだ!?」
視界が煙で満たされる。
硝煙のにおい。
誰かが廊下で火薬を使ったのだ。
崩れ落ちたドアのほうを見ると、ぬっと緑色の鱗のかたまりが現れた。
ぬるんとした鱗のかたまりにはギョロリと黄色い目玉と大きな口が付いていて、上から鉄の殻のようなものがかぶさっていた。
それは鎧で武装したリザードマンだった。
リザードマンの兵士がごつい銃器を持って立っている。
「む。もうこの建物には学生はいないという報告だったんだが……。まだひとが残っていたのか。やはり確認に来て正解だったようだな」
「だ、だれだ、お前は! ここは学院の敷地内だぞ!!」
ミリアドが果敢にも食ってかかる。
「貴様ら、ここの学生か。俺は魔国軍の帝都制圧先遣部隊第一中隊所属タルル・タルルク一等兵である。魔王陛下の名の下に勧告する、おとなしく投降されよ!」
「魔国軍……だと……」
「どういうことですか……魔国の兵士がなんでこんなところに……!?」
ともに信じられないといった様子のミリアドとヨーリ。
俺は状況が呑み込めずに二人の後ろでただ呆然としていた。
「――いやさ。ぶっちゃけ、学生にはひとまとまりに投降してもらえって命令されてるのよ、俺も。だから早くここから出てってくれない? あとあと面倒だからさ」
あれ、なんかテキトーそうだぞこのひと。
「断るッ! ここは俺たちの学び舎だ。魔国軍にどうこう指示される覚えはない!」
「お、カッコいいぞミリアド! そうだそうだ!」
「なんでショア君は他人事みたいなんですか……」
俺たちの反応を見てリザードマンが面倒そうな顔をする。
「えー、困るなそれ。俺、念のために確認して来いって言われて来ただけで頑なに拒否されるケースとかは想定してなかったんだけどな……」
何か勝手なことを言っている。
「しゃーないな。もっぺんこれぶっ放して脅してみるか。撃ったときの反動大きいからあんまり使いたくないんだけど……」
物騒なことをつぶやきながら手元の銃器をいじり始めるリザードマン兵士。
どうもこのリザードマンにとって俺たちはあくまで〝たまたま居合わせた民間人〟でしかないらしい。さっきからまともに相手をされている感じがしない。
「あ、言っとくけどこれ威嚇攻撃だからさー。貴様らこの学校にいるってことは傭兵志願の学生なんだろ? これぐらいで死ぬなよ、っと」
と言い終える間もなく散弾が放たれ、俺たちの前に並んでいた机やら椅子やらが一瞬で破壊される。
「きゃあっ!」
「くっ!」
「うわわわわっっっ!!」
三人がそれぞれ攻撃から距離を取る。ちなみに最後のマヌケな声が俺である。
銃撃を受けて木張りの床が黒焦げになり、ところどころ底が抜けていた。
「ほらほら。当てられたくなければ、速やかにこの場で投降せよってんだ。抵抗するともっと撃つぞー。あ、投降しても上官の判断如何では撃たれるかもだけど」
リザードマンがやる気のない口振りで呼びかける。
じりじりと間を詰め寄られ、まさに絶体絶命である。
「くっ、どうするミリアド。正直どうして教室で銃撃を受けているのか俺にはさっぱり分からないんだが」
「安心しろショア、俺にも皆目分からん。しかしこの状況はまずいな……何しろこっちには武器がない。隙を突いて逃げようにも手段が……」
ミリアドが苦悩の表情を見せる。
「そっか。お前にも分からないんじゃ俺に分かるはずがないよな。安心したわ」
「だからどうしてショア君は他人事なんですか……」
「おうおう。どうした学生さんたち。早くしないと――って、ん?」
リザードマンが何かに気づいて天井を見上げた。
次の瞬間、ものすごい轟音がして目の前が一面の炎の壁で遮断された。
「うわっっっ!!!!」
俺は強烈な熱気に目をつむって飛び退いたが、爆風に押されてそのまま床に叩きつけられた。ぐふっ!
「うっ、いってぇ……今度は何が……」
次に目を開けると窓側と反対の教室半分が廊下諸共がっつりなくなっていた。
それは一瞬の出来事だった。
「……って、あ、あれ!? なんだこれ!? リザードマンは!? そ、そうだ、ミリアド! ヨーリ! 二人とも無事か!?」
はたして二人は俺のすぐ横でうずくまっていた。
「あぁ、無事だよ……っつー……」
「なんとか大丈夫です……」
ヨーリとミリアドが身を起こす。
俺たちは三人とも教室の窓際に横たわっていたが、そこからほんの先の床がきれいに抉れていた。
床というか壁も机も椅子も黒板も、向こう半分の空間がまるごとなくなっている。
建物の断面には焼き切れた跡があり、まだパチパチと火花が散っていた。
どうやら間一髪だったらしい。
あまりに一瞬過ぎて全然実感がないが。
「な、なんだこれ……」
「よく分からないが……どうやら上から何かとてつもない爆撃を受けて教室の建物ごとぶっ壊されたみたいだな……」
「……でも、爆撃でこんな切り取ったみたく部分的に破壊するなんてことできるんでしょうか……。それにさっきの兵士、魔国軍って……」
「ああ、とても信じられないが……。……いや、そうだ。魔国軍が来ているというならあり得るのか。こんな攻撃が可能なのは……いや、でも……」
優等生二人が異常事態を前にあれこれ推測を始める。
助かったとはいえ木造の旧棟校舎は爆撃を受けてあちらこちらから延焼している。
建物の残った部分が焼け落ちるのも時間の問題だろう。
「な、なあ。ミリアド、ヨーリ。とにかくいまはここを出ないか? 何が起きてるのかはまったく分からないけどさ、何かとんでもないことが起こってるのは確かなんだろ? ここにいるとまた攻撃があるかもしれないし……」
「……そうだな。それもそうだ。ショアの言う通りだ。まずは本校舎に戻ってから判断をするべきか――」
「きゃああっっ! あ、あれ!!」
ヨーリが空を見上げて叫んだ。
「な、なんだ。どうしたんだヨーリ」
「いいから見てください! あれ!」
「あれ?」
ヨーリの指さす先を見上げると、上空をドラゴンの群れが飛んでいた。
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