第10話 トーナメントバトル? そんなものはない
あくる日の午後——。
ヨーリ、ミリアド、俺の三人は旧棟の空き教室で机を囲んでいた。机の上にはいっぱいにノートや参考書が広がっている(もちろんヨーリのお手製プリントもだ)。
学生だけの追試勉強会二日目である。
今日は午前中は軍事教練だけで授業らしい授業はなかった。
というかさっき教官室に行ったらクリーンライト先生いなかったんだけど。
職員室で訊くとどうやら今日は学校に来ていないらしかった。
俺の監督責任とかどうなってるんだ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「……ん。ここの詩の一節の言い回し、意味分からん。なにこれ」
「え? どこですか?」
「ここ」
「あ、これはですね――」
俺はというと、ヨーリに教えられながら真面目に勉強していた。
いまはヨーリの作ってくれた古典詩のプリントの問題を解いている。
ヨーリは今日はやや茶色がかった黒髪を後頭部で編み込んでいた。それがもともとの髪の状態なのかどうなのか俺には怖くて訊けなかったが、ミリアドが「お、今日の髪はいいじゃん」と褒めると少し照れていた。
ミリアドは最初はおとなしく教科書を読んでいたのだが、途中から詩の学習には音読がいちばん効果的だと言い出して俺の横で朗々と詩を読み上げている。
ひじょうに鬱陶しかったが、上手いのがまたムカつく。
ミリアドのほうは成績は問題ないようであったし、ヨーリは言うまでもない。
ここにいる三人のなかで勉強ができないのは俺だけであり、必然的に俺が二人に教えられる格好になる。家庭教師が二人付いたような気分だった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「うーん……だいたいさ、なんで勇者になるのに詩の試験が必要なわけ?」
「ダメですショア君。その疑問の持ち方はいまはダメなパターンです」
「だってさあ……魔王の軍隊と戦うのに古い詩の知識とかいくら持ってたってしようがないんじゃないかと思うんだけど……」
「いや、そうでもないぞショア。現魔王は魔術史研究の筋じゃけっこう有名で、詩や古典文学はもちろん語学や地理にも造詣が深いってのは常識だ」
ミリアドが答えた。
「マジか。いやいや、いくら魔王が博識でも実戦には役に立たないだろ、詩の知識」
そういう俺を見てヨーリが困ったように口を開いた。
「――まあ、そもそもの話をしてしまいますと、ここホーリーハック魔導魔術学院は最初は貴族の子供ための学校として設立されたのは知ってますよね?」
うーん?
なんか聞いたことがあるような……ないような……?
「もうっ! 入学式で学長先生がお話しされてたじゃないですか!」
いや、学長の話とかいちいち真剣に聞いてないですし……優等生かよ……。
あ、こいつ優等生だったわ……。
「それで、貴族の子供たちが将来親の家督を継いで立派な貴族になるために、教養や礼儀を身につけることが教育の主な目的だったわけです。読み書きだけでなくとくに詩や音楽、あと教会の教義解釈なんかが重視されたといいます」
うひえぇ。
その薀蓄を聞くだけですでに頭が痛くなってくる……。やめてくれ……。
「いまは昔に比べるとだいぶ緩くなってるみたいですけどね。それほど貴族重視でもないですし……というかそもそもと言ったらショア君、あなただって貴族じゃないですか。そういう教養や礼儀には私なんかより馴染みがあるのでは?」
「いやあ、俺んトコはどうせ地方の貧乏貴族だったし……帝都の社交界とのつながりとかもあんまないしさ……」
「そうなんです?」
「……」
「ショア君?」
――たしかに俺の親父は男爵の地位にあったが、いわゆる貴族らしいことは俺にはあまり教えてくれなかった。親父はそういうひとではなかった。
ヨーリは〝そもそもと言ったら〟と言ったが、そもそものそもそもの話をするならば、シューティングスター男爵家が現在の家名を保っているのは政治的なつながりというよりも、もっぱら一族の持つある『役割』によるものだった。
その『役割』が俺を勇者足らしめている要素のひとつであり、また俺を世間的な笑いものにせしめている拭えぬ肩書きでもあった。
「まー、その辺はコイツもいろいろあんのよ、ヨーリちゃん」
「……。……」
ヨーリの質問を無視して机の上に不貞くされる俺。
あー、俺勇者なのになあ。何をやってるんだろうなあ。
これを思うのも何度目になるんだろうかなあ……。
……。……。
「そうだっ! 俺は勇者なんだ!」
「おう。突然どうした」
「それなのにこの学校の授業は座学と試験ばっかりじゃないか。勇者らしいことなんてこれっっっっっぽちっもさせてもらった覚えがない! どういうことだよ!!」
「そりゃあお前、勇者の聖剣はひとりひとりその能力が違い過ぎるからだろ。大勢の授業は『勇者らしいこと』を教えるには不向きだしな」
「そうですよ。だから個人個人の基礎力を伸ばそうというのが学院の方針なんじゃないですか。それぐらい分かってくださいショア君」
心なしかヨーリの俺に対する風当たりが強くなっている気がする。
「それはそうだけどさあ! ここ数カ月、俺がやってきたことといえば、試験試験追試試験追試試験試験追試追試追試試験追試追試追試追試……もううんざりだ!」
「この学校の試験が多いのは同意しますけど、追試ばかりなのはショア君個人の問題なのではないでしょうか?」
「……。……」
沈黙。
「……ともかくだよ! この国の勇者って大づかみに言っちゃえばよくいうところの『剣で戦う系の能力者』なわけじゃん?」
「……いろいろ言いたいことはありますけど雑に言ってしまうなら、そうですね」
「能力者の集まる学園といえばさ、何故か学校の中に巨大なスタジアムとかがあって、そこで能力持ちの学生同士のバトルがあってさあ!」
「……そうなんですか? ミリアド君?」
「俺に訊かないでくれヨーリちゃん」
「そんでむしろ教室の授業なんかそっちのけでバトルがメインになっててさ。ライバルに勝負をけしかけられて一度はピンチになるけど戦いの途中で俺の秘められた力が解放されて圧勝したりするわけじゃん、フツウ?」
「……ショア君が何を言っているのかよく分からないですけど、学院付属の競技場なら四カ月前に軍に接収されて練兵場兼資材置き場になっているじゃないですか」
「ヨーリちゃんの言うとおりだぞ、ショア。現実を見ろよ」
「……。……」
俺氏、涙目。
そう、学生同士が戦うためのスタジアムは一応あるにはあるのだ。
いや、あったと言うべきか――。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ホーリーハック魔導魔術学院には実践教育の一環という名目で専用競技場が併設されている。そこらへんはいかにも勇者の育成を目的とした学校らしいと言うべきか。
競技場では授業での模擬戦をはじめとして、年一回全学参加のトーナメント戦が開催されていた。
トーナメント戦は勇者候補生同士がお互いの剣技と能力を駆使して戦い、普段の授業の成果を見せるためのある種の発表会も兼ねていた。
試合本番には学外からも多数の観戦者が訪れ、授業の延長ではあるもののトーナメント戦自体が帝都の注目行事のひとつにもなっていた。
だが、それはあくまでかつてそうだったという昔話だ。
戦争の長期化に伴って帝都の目立った施設はつぎつぎ軍に差し押さえられていた。
それはもちろんこの学院も例外ではない。
競技場だけでなく運動場や講堂もいまや軍の所有物扱いとなっていた。
学生同士の模擬戦に大々的に場所や資金を拠出する余裕はいまの帝都にはすでになかったのである。
戦争によって変わってしまったのは施設だけではない。
士気の高い若者は多くが戦場に出ていってしまっていた。
たとえばホーリーハックの生徒会メンバーは学力的にも戦力的にも優秀な生徒が多かったが、いまはその大半が出征してしまっている。
男子高等部の生徒会長の席は半年前から欠番である。
トーナメントバトルをやるには場所がない。
試合を行なおうにも選手がいない。
会場に来る観客がいない。
勇者のくせにいまだにぐだぐだと学校に残っているのは俺くらいのものだった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「っていうかミリアド、いつのまにかお前もヨーリと並んで俺を教えるみたいなかたちになってるけどさ、自分のことは大丈夫なのかよ」
「俺はいいんだよ。期末試験と一緒に『準英雄試験』にも合格したばかりだからな」
「!! 例の試験、合格してたのか!」
「ミリアド君、『準英雄試験』受けたんですか!? 一年生じゃなかなか受からないって聞きましたけど……」
「ああ、今朝通知があったばかりでな」
「すごいですミリアド君! お祝いしないと!」
ヨーリが自分のことのように喜ぶ。こういうとこホントいい子。
『準英雄試験』というのはその名の通り勇者に準じる能力があるかどうかを測るための国家試験である。
聖剣に選ばれた勇者ではないものの能力的に勇者と呼んで差し支えないレベルの志願者を選抜し国家が認定する。合格したものは上位の傭兵として厚遇される。
ホーリーハック魔導魔術学院は公立の勇者養成学校であることもあり、学内の準英雄試験受験者も少なくなかったが、国家試験だけあって合格するのは容易ではない。
受験者のほとんどは一定以上の課程を修めた上級生だった。
「おおっと、一年生主席のヨーリちゃんに祝ってもらえるとはありがたいねえ。でも、そんなたいそうなことじゃあないぜ」
「そんなことありません! とてもすごいです!」
「いや、俺にとってはまだまだなんだ。俺の目標にはまだ届かない……」
「目標、ですか?」
「……。……」
ミリアド・アイアンファイブには目標があった。
それは昔なじみの俺がよく知っている。
ミリアドの実家は剣術家の家柄でアイアンファイブ流は代々続く古式剣術だった。
かつては栄えた時代もあったようだが近年では長らく落ち目にあり、ここ数年はますます廃れる一方だった。
落ちぶれた実家の流派を再興する。
そのために当代一流の剣士になる。
それこそがミリアドの目指している目標であった。
まずは傭兵に志願して名を上げようとホーリーハック魔導魔術学院に入学してきたのである。
ミリアドは見た目と口調こそヤンキーっぽいが、その実は剣の腕はひじょうに立つし、学業においても優秀であった。一年生の段階で国家試験に合格したことが何よりの証拠だ。
ゆえに俺はミリアドのことをエセヤンキー野郎と呼ぶ。
まあ、この学院での成績的な最底辺は俺なので俺と比べると全員優秀である。
そう、俺以外のすべての生徒はみな優秀。
「ショアお前、またなんか卑屈なこと考えてやがるな?」
「ぎくっ」
何故分かる。
「だいたいお前、入学して最初の頃の試験は何回も追試を受けるような点数じゃなかったろ。中学校のときとか俺よか成績よかったじゃん? どうしたってんだよ?」
「……前期までは中学時代の学力のストックがあったんだよ」
「ダメなパターンだなあ」
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