第4話 優等生は虹色に輝く
中央大陸には、大きく分けて二つの国があった。
人間の国である神聖帝国と魔王が支配する魔国。
両国の対立の歴史はしかしそう古いものではない。
魔国は中央大陸の北東に位置する魔族の国だ。
神聖帝国北東辺境領と境界を接する。
近年の魔族王政復古運動を経て玉座に就いた若き新魔王メモリアルスⅢ世はワンマン政治で魔国の近代化に尽力。それまで弱小の後進国だった魔国をたった一代で近代的な軍事国家に仕立て上げた。
魔族の棲む土地は人間側からは因習深い迷信の地として長く蔑視されており、一部ではあたかも魔国そのものがお伽話のなかの存在のように語られていた。
しかし新魔王の就任以降、魔国内では急速に工業化が進んでいた。
その発展ぶりはそれまでの魔国の歴史上、類を見ないほど飛躍的なものだった。
魔国の急成長に他の国々が気づいていないわけではなかった。
だが、人間側の多くの国は前時代的偏見から魔族を劣等に見なしており、「たかが魔族の国が多少発展したくらいで、すぐに人間の脅威になることはない」と楽観視する向きがほとんどだった。
結果から言えばそれはあまりに楽観視に過ぎた。
ときに、中央教会暦一八六四年七月二十八日。
魔国が突如として神聖帝国に宣戦布告、北東辺境領へ向け侵攻を開始した。
魔国軍の侵攻は世界に衝撃を与えた。
――――が、そこに至ってもなお、帝国をはじめとする人間側諸国は「一部の魔族によるほんの一時的な反乱」程度にしか考えてはいなかった。
帝国は早期鎮圧を図るが、それも騎士団の少数を国境に派兵しただけだった。
対して魔国軍は最新鋭の装備と十分な兵站を整えていた。
結局、帝国騎士団は魔国軍の圧倒的火力を前に敗北、神聖帝国北東辺境領はあえなく魔王の手に落ちた。
焦った帝国は魔国の侵攻を「全人類の平和を脅かす恐るべき侵略行為」と喧伝し、人類対魔族の構図を強調。防衛体制強化のために周辺諸国にも協力を要請することになる。
しかし、戦争の火種は北東辺境領にとどまらなかった。
魔国の勝利を機にそれまで人間から散々に差別的扱いを受けていた世界中の魔族たちが相次いで蜂起したのだ。
魔族による大小数多くの反乱が各地で同時多発的に勃発。加えて魔王が放った魔のエネルギーにより野生の魔物の活動が活発化する。各国はそれぞれの対応に追われることとなった。
かくして帝国の当初の目論見は外れ、戦争は長期化。
人間対魔族のいつ終わるとも知れない泥沼の戦いが繰り広げられていく――――。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
残っている生徒もほとんどいなくなった放課後の学校。
俺は追試を受けるため指定された旧棟の空き教室に向かっていた。板張りの廊下が歩みに合わせてギシギシと音を立てる。旧棟は木造の三階建てで石造りの本校舎と比べるとやや寂びれている。特別な授業で使う以外はあまり来ることもない。
古い旧棟校舎は風通しも悪く今日のような蒸した夏の日にはできれば足を踏み入れたくはない場所だ。まあ、この程度の湿度で音を上げていては島国や沿岸部の住民に怒られそうだが――。
「っと、この部屋だな……」
教室には俺以外誰もいなかった。
窓から差し込む夏の西日が机と椅子の間に濃い影を作っている。時間的に夕陽にはまだ少し早いだろうか。
この教室は最近は使われていないようで、舞い上がる埃が日の光をキラキラと反射させていた。
しかし、いくら担当の先生がいないからって生徒同士で追試を受けさせるとかマジかよ……。
クリーンライト先生は余程早く俺の追試を終わらせたいらしい。
先生によると、これから俺の追試を見てくれるのは女子部の生徒ということだったが――。
『――帝国大学の魔導工学の権威、イークアルト教授の娘さんがこの学校の女子高等部に通っていてね。奇遇なことに君と同じ第一学年なんだ』
『彼女は君と違ってわが校トップレベルの秀才でねえ。座学の勉強ばかりでなく、とくに機械に強いと評判だ。なんでも自分でもメカをいじるのが趣味だと聞いている』
『彼女の学力レベルなら君のことも不安なく任せられるんじゃないかと思ってね』
『それで彼女に君の追試の事情を話したらこころよく引き受けてくれたよ。補習も込みでつき合ってもらえることになった』
じゃ、そういうわけだから。彼女によろしくと伝えてくれ――。そう言い残すとクリーンライト先生は中央教会へと出かけて行った。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
教授の娘が優秀なのは分かるけど、〝君と違って〟は余計だろう……。
というか、メカをいじるのが趣味の女子ってあまり聞かないよなあ。どんな奴なんだろう? コテコテの機械オタクとかだったらなんて話しかければいいんだ……?
そもそも古典のブルーウッド先生が辞めた理由、「占術的に厭なものを感じる」って何だ。そんな漠然とした理由で辞められるなら俺も追試辞退したいわ。
帝都は中央教会の
どうにもモヤモヤする。
先生から言われた言葉をぼんやりと思い返していると背後から俺の名前を呼ぶ声があった。
「あ、あのっ、ショア・シューティングスターというのはあなたですか?」
声のしたほうを振り向くと、ちょうどひとりの女子生徒が大量のプリントを抱えて教室に入って来たところだった。
彼女の姿を認めた俺は思わず二度見、いや三度見した。
別に女子部の制服を見るのが久しぶりだったからじゃない。
――いや、多少はそれもあったかな……。
その女子生徒は左右に分けた長い髪をそれぞれ束ねておさげにしていた。
簡素だがきっちりとした髪型は清潔感があり優等生然とした雰囲気を漂わせる。
問題はその色だった。
彼女の髪は頭のてっぺんから毛の先まで虹色に染まっていたのである。
目にもまぶしい鮮やかな色をした七色の髪。
それも何かの染料で七つの色に別々に染め上げたという類のものではなく、複数の色が渦を巻くように彼女の頭でぺかぺかと明滅していた。え、どうなってんのそれ。
「お前……っ、いったいどうしたんだよ……!?」
「えっ……! えぅっ、お……」
「……お?」
「お、『お前』じゃないですし! 私はヨーリ。ヨーリ・イークアルトです!」
「イークアルト? それじゃあお前が……」
「『お前』じゃないって言ってるじゃないですか!」
もうっ……どうしていきなり……と、彼女はぶつぶつとつぶやきながら俺の前を通り過ぎると、スカートをひるがえしタンッと音を立てて黒板の前に立った。威勢のよさに反してその背格好はあまり大きくなかった。
夏だというのにブレザーの上着をぴしっと着込み、スカート丈を膝下の規定値に揃えた服装は、なるほど先生方からの評判がいいのもうなずける。そう思わせた。
気の強そうな女子だなと思った。
実際いまも俺に対してめっちゃガンを飛ばしてくる。
初対面の人間にそんなふうに睨まれたらふつうは威圧感だとか取っつきにくさを覚えるものだが、不思議と彼女――ヨーリ・イークアルトからはそういった印象を受けなかった。
いや、本人は頑張ってこちらを睨んでいるふうなのだが、しかし彼女の目元からは鋭さや眼光みたいなものがおよそ感じられない。
きつく睨んでいるというよりも苦し紛れに視線で訴えてくるという感じだった。
むむむっとでも言いたげな顔立ちは丸っこく、まだ幼さが残って見えた。
心なしか足元がぷるぷる震えているようだったが気のせいだろうか。
彼女のその態度が俺への敵対心ないし生理的嫌悪感の表明なのか、それとも単に機嫌が悪いだけなのか、会って間もないその時点では判断がつきかねた。
そして何においてもその頭の色――虹色に輝く彼女の頭髪がすべての雰囲気をぶち壊しにしていた。
いくらマジメで几帳面な優等生キャラ(?)で登場しても頭部のビジュアルが圧倒的に主張してくる。極彩色のつややかな髪の毛は現在進行形で微妙に発色の分布を変化させており、彼女の他のどんな特徴をも退けさせてしまうインパクトを放っていた。いや、ホントにどうしたんだよそのレインボーヘッド。
え? 美人かどうか? おっぱいの大きさ?
何度も言うようだが髪の色の件に比べたらそんなの些細なことだし、そもそも胸のサイズなんか制服の上からはっきり分かるわけないだろどんだけ巨乳なんだよ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「じゃ、じゃあさっそくだけど追試を始めます! まずは古典詩からです!」
ヨーリはまるで決められた台詞を読み上げているような言い方でそう宣言すると、抱えていたプリントの束を俺の前の机に置いた。
「えっ? あー、その……」
「……? 何? あなた、追試を受けに来たんじゃないんですか?」
「ああ、それはその、そうなんだけど……」
どういう反応をすればいいのか……。ぶっちゃけ髪の色の衝撃で追試の存在を本気で忘れかけていた――とは言えなかった。
というか、なんでこいつこの見た目で平然としていられるの?
ツッコミ待ちなの? え、俺がおかしいの?
俺がリアクションを取れずにもじもじしていると、ヨーリが訝しげに訊いてきた。
「……あの? 言いたいことがあるならはっきり言ってほしいんですけど……」
「えっと、いやぁ、なんと言うかその……。あ! ほら、俺もヨーリもいま初めて会ったわけだしさ、最初は挨拶とか自己紹介からじゃないかなーなんて……はは……」
何を言っているんだろう俺は……。
どうせこいつも先生から頼まれて来ているんだ、別に友達づくりに来たわけじゃないだろうし自己紹介も何もないだろ……。
ヨーリ・イークアルト。女子高等部の優等生。
先生たちの評価はたいそう高いようだったが、それだってきっと周囲の要望に愛想よく応じることで内申点と好感度を稼ごうとしているだけだ。
そうでなけりゃ、わざわざ俺みたいな劣等生の相手をしてくれるものか。
いまも内心では俺のことを『勇者の癖にスクールカースト最底辺の落ちこぼれ』と見下しているに違いない(事実、初っ端からめちゃくちゃ睨まれてるし……)。
デキる人間というのは外面とそれ以外を割り切っているものだ。
有能な奴ほど表面上は素を見せない分、実は腹黒だったりする。
自分より目上には下手に。そうでない格下には強気に。
たいていの優等生キャラっていうのはそういうもんだ。俺は詳しいんだ。
だから格下でぼっちの俺の発言など当然ばっさり切り捨てられるものだとばかり思っていたが、ヨーリはくちびるに親指を当てて何やら思案しているようだった。
髪は相変わらず虹色である。じっと見ていると目がチラチラしてくる。
「挨拶……自己紹介……うーん……あ、でもそうか……」
またひとりでぶつぶつ言ってらっしゃる。あのう、ヨーリさん?
「そうですね、それもそうかもしれませんね! 私もあなたのこと、名前くらいしか知らないわけですしね!」
あれ、そこは納得しちゃうんだ!?
しかもさっきまでの不機嫌な感じに比べて、いまはだいぶ明るい表情をしている。
イマイチつかめないなこの優等生。
「――私はヨーリ・イークアルト。女子高等部一年一組。中学は
「えーと、俺はショア・シューティングスター。男子高等部の一年一組だ。俺も高校からの編入で……なんというか帝都の暮らし自体、高校から始めたばかりだ」
「あなたも一組なんですか? しかも編入組! おんなじですねっ、よろしく!」
「あ、ああよろしく……」
それで挨拶は済んだようで、ヨーリはどこかほっとしたようなすっきりしたような顔をしていた。
俺、なんだかんだで名前と所属クラスぐらいしか言ってないけどよかったのかな?
ううむ、やっぱりキャラがつかめないぞこの女……。
「挨拶と自己紹介はこれでいいですよね? それじゃ、追試を始めますね!」
あ、結局、髪の色の説明はナシ?
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