第2話 爆発するドアとボーカロイド的な少女
とにかく俺を除いた地上の人間全員が異世界に召喚されてしまった、……らしい。
本当に誰もいなくなったのか確認したわけではないし、正直確証はなかった。
でも何故だか「すでにこの世界には自分ひとりなのだ」という動かしがたい直感があった。
この状況をどう受け止めればいいのか。
「ははっ……何の前触れもなくこんな……」
突然地球上にただひとり取り残されてしまった。
強制召喚というか強制ぼっちもいいところである。泣きたい。
いっそ地球担当の女神様のちょっとした手違いであってほしい。
どうせなら夢であってくれと切に願ったがどうも現実らしい。
ん? 夢……?
なぜかその言葉がひっかかった。
心の片隅に小さな違和感が生じたそのとき――。
ドガゴギクオグシャオォォンンッッッ!!!!
派手な破壊音と衝撃がして教室の後ろのドアが吹き飛んだ。
今度は何だ!?
視線を向けるとパラパラと崩れ散るコンクリート片と爆煙の中から小柄な人物が姿を現した。
煙と爆風と火薬のにおいが教室に満ちていた。
そこにいたのは俺とほぼ同年齢くらいの少女だった。
彼女はブレザーにプリーツスカート――俺と同じ高校の女子制服に身を包み教室の入口に立っていた。
『訂正。前触れはありました。あなたがそれを正しく認識していなかっただけです』
無機質な電子音のような声が俺に話しかけてきた。
「え!? 何!? ちょ、え!? 誰????」
急展開ばっかでそろそろつかれてきたんですけど!?
少女はそのままつかつかと教室に入って来ると、俺の前まで来て立ち止まった。
背が低いので自然と俺を見上げるかたちになる。
彼女は呆気に取られる俺をじっと見つめると無表情のまま小首を傾げた。
かわいい。
短い髪が彼女の動きに合わせて揺れる。その髪は黒緑色とも濃藍色とも形容しがたい色をしていた。
無表情な瞳からは彼女が何を思っているのか少しも窺い知ることはできない。
「え? 誰だ……? てか、いまドアをふっ飛ばしたのお前!?」
『訂正。当方はミミル。自律型サポートプログラムです。お前ではありません』
やはり機械みたいな声だった。
それは女性型ボーカロイドが発するようなかわいらしくもぎこちなさを感じさせる響きだったが、生身の人間の発するものとは思えなかった。
俺以外誰もいなくなったと思われていた矢先、この上なく暴力的に登場したミミルと名乗る美少女。
何もかもわけの分からないことだらけだったが、彼女はいま現在消滅せずに俺の前にいてくれるただ唯一の人間だった。不信感よりもとにかくこの状況を誰かに説明してほしい気持ちが強かった。
「えっと……、それじゃあミミル、お前、『前触れはあった』ってどういうことだ? この異世界召喚……もとい大量消失現象について何か知っているのか? 俺以外に残っているやつはいないのか!? どうしてお前はここにいるんだ……!?」
俺は疑問を思いつくまま彼女にまくし立てた。とてもじゃないが冷静ではいられなかった。
しかし興奮を隠せない俺に対して彼女の声は落ち着いていた。
『訂正。正しくは召喚ではなく転生。いわゆる異世界転生です』
「転生?」
転生ってのは死んだ後に魂だけが生まれ変わるものじゃないのか?
ほら、例えばトラック事故とかで。
俺が見ていた限りだとみんな生身のまま消えていったぞ?
『補足。より正しくは今回発動したのは強制転生魔法です』
「強制転生魔法? やっぱりあれは魔法なのか?」
『補足。魔法陣の発する光とともに対象となった人間の魂が異世界に導かれます。その時点で魂と引き離された肉体は転生に必要なエネルギーへと変換され、その場で消滅します』
……? なんだって???
『……あえて召喚という言葉を用いるならば、肉体を犠牲に魂のみが異世界へ召喚されていると言い換えることができるでしょうか』
なにそれこわい。
「え、それじゃあ異世界に召喚……じゃない、転生していったやつらは向こうの世界でまったく別の人間として生まれ変わっているってことか?」
どこか知らない世界でそれこそ世界規模の数の人間が一度にまとめて生まれ変わっている……?
いくら異世界転生ものが流行ってるからって、それはさすがにインフレが過ぎるんじゃね……?
『訂正。正しくはまったくの別人に転生するのではなく、魂が元の人間の器に還元されると言ったほうがよいでしょう』
「……つまり、どういうことだ?」
思考が追いつかない。
『補足。今回の大量転生は計画の一工程に過ぎません。置き換わった魂をこの世界での仮初めの身体から取り出す。そして本来のあるべき場所へ還し、汚染された状態から清浄な魂に戻す。それが本計画の最終目標です』
やはりよく分からない。
「よく分からないけど、その言い方だとまるで……」
――まるでこの世界の人間が本来の状態ではなかったみたいじゃないか。
心の片隅の違和感がじわりと広がる。
ミミルの説明はまともに聞けば荒唐無稽で、到底すぐに信じられるものではない。
唐突で意味が分からないうえに、彼女が何を根拠にそんなことを語っているのかが不明だった。
それ以前にミミルの正体が不明だ。
でもそのときの俺にはミミルの話した理屈が妙にしっくりくるように感じられた。
何よりも彼女は大量転生後に俺がはじめて会った人間だ。
できれば彼女の言うことを信じたい。
ひとり取り残された孤独から解放されたいという心理もあったかもしれない。
「……仮に、お前の言っていることが多少なりとも真実だとしよう。でも、お前は何なんだ? 俺の前に突然現れてファンタジー小説みたいなデンパ話を滔々と語るお前は何者なんだよ? 周りの人間が有無を言わさず消えていったなかで、なんでお前だけが消えずに残っている!?」俺はわざと挑発的な質問をミミルに投げかける。
『回答。何故当方がこの世界であなたの前に現れたのかと問われれば理由は明瞭です。当方は他でもない、あなたのための自律型サポートプログラムであるからです』
「……え? 俺のための……? それはどういう……」
俺の動揺など意に介していないかのようにミミルは変わらず無表情だった。
『補足。何故当方だけが転生されずに残っているのかと問われれば、それもまさに当方が自律型サポートプログラムであるためです。プログラムは転生の対象外です』
プログラムに魂はありませんから――。そう彼女は付け加えた。
俺のためのサポートプログラム? 魂がない?
ミミル、お前は何を言っているんだ……?
俺のなかの違和感はすでに抑えきれないものになっていた。
――いいや、違う。俺は知っていたのだ。
今日この日に俺以外の人間が消えてしまうことも。その原因が異世界への転生であることも。
全部あらかじめ知っていたのだ。
だって俺は……本当の俺は……。
ミミルが呼びかける。
『まだお忘れですか、勇者様』
「………っ!!」
分かっていた。本当は分かっていたのだ。
現実から目を逸らしたかった。増殖していく違和感を認めたくなかった。
気づかないふりを続けていれば気づかないままでいられると思っていた。
思い返してみれば冗談半分だったとはいえ、周りのクラスメイトが消えていくのを目にしただけで全人類が異世界に召喚されたことを瞬時に理解できていたのがそもそも不自然だった。
もう認めてしまおう。
間違っているのは世界じゃなくて俺のほうだ。
瞬間、突然頭の中に何かが湧き上がるような感覚があったかと思うと、それまで封じられていた俺の前世の記憶が鮮明に甦ってきた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます