お題噺「スルメが好きだった少女(ホラー)」

桜枝 巧

「スルメが好きだった少女(ホラー)」

 元々スルメが好きだったのは彼女の方だ。色の白い、否、むしろ青白いといったほうが良いような肌を持つ彼女は、当然のごとく帰宅部で、当然のごとく「外? 何それおいしいの?」が口癖で、当然のごとく趣味はテレビゲームだった。陸上部の私は彼女の家にあまり行くことはなかったけれど、まあ、友達、とっても差支えのないくらいには友好を深めていた。


 しかしそれは、中学を卒業するまでの話。


 あれから彼女は変わった。卒業式が終わり、その帰り道、一緒に帰っていた私と彼女は一台の大型トラックによってはねられたのだ。

 どちらが息を引き取ったかなんて、言うまでもないだろう。


 そして今。

 彼女は私の隣にいる。

 皆には見えないけれど、確かに感じられる。



――「何きょろきょろしてんの、南」

 いつもはポニーテイルにしている髪の毛をお団子にし、また違う雰囲気をまとう友人が言う。世話好きの彼女に、祭りの先導という役割は良く似合っていた。


「……いや、今茜がいたような気がして」


 もう一度振り返っては見るものの、その姿はない。当たり前だ、事故で死んでしまったのだから。


 友人が困ったものだ、と言いたげに首を横に振る。

「またそれ? ――あ、イカ焼きうってるよ? 南、好きでしょう? ……茜も」


 違う、と私は呟く。私たちが好きなのは、ビールのおつまみなどでよくあるスルメなのだ。噛んだ瞬間に出るうまみ、あの硬さと触感。スルメほどおいしいものはないと信じている。


「……まあ、本当はスルメが好きなのだけれど。イカ焼きでもいいか、行こう」

 よく私たちのことを理解してくれていない友人に腹が立ってきた。遠くにかけていく彼女を見ながら、ようし、と呟く。


 私は足音を立てずに友人へと忍び寄り――「××、どうしたの?」とささやきかけた。


「……っ!」


 あまりの驚きっぷりに満足する。飛び上がった際にピンが取れてしまったのだろう、お団子がほどけてしまっていた。私にはびっくりしたよう、なんて言葉は一言もなく、慌てて走り去っていく。


 思わずほおが緩んだ。一人になれたのだ。これで、やっとまた、私と同じようにスルメが好きな彼女と会える。大好きな親友と合える。


 目を閉じ、彼女がどこにいるか感じる。……あの辺、かな。

 さて、と私は黒蝶の浮かぶ浴衣姿で彼女を探しにいく。

 お面売り、金魚すくい、綿あめ。

 通り過ぎていく人ごみの中で一人だけなのは、私と彼女くらいじゃないんだろうか。


 誰も私に気が付かない。中学時代のクラスメイトを見かけたが、目さえ合わせてくれなかった。当然だ。


 中学時代一緒にトラックにはねられた彼女が変わってしまったように、私もまた変わったのだ。もうスルメは食べられない。彼女は――どうなのだろう。


 話したい。


 そして私はとうとう、一人でぽつんと突っ立っている彼女を見つけた。

 その手や頬は病的なまでに青白く、触れればそのまま倒れてしまいそうな存在ではあった。しかしそこで、私は硬直する。


 彼女は――笑っていた。


 祭り特有のにぎやかな雰囲気や、露店の白い煙に魅せられ、楽しそうに笑っていた、手にはいつの間にかったのか、イカ焼きが握られている。


 ギリ、と奥歯が小さくなった。


 やはり――彼女は変わってしまったのだ。あのちょっと驚かせただけなのにすぐに逃げ出した友人やこの世界の汚染されて――変わってしまった。


「××、どこにいったんだろう……え」


 彼女が、私に気が付いた。優し気な瞳が徐々に大きく見開かれていく。その瞳孔にはっきりと示されるのは――恐怖だ。がちがちと音を立てる歯の間から、私の名が零れ落ちる。


「あ、茜……」


「うん、久しぶり、南」


 テレビゲームはやめちゃったの? いつの間に、外に出て遊ぶようになったの? ううん、知ってる。ずっと見てたもの。ずっとあなたの後ろにいた。南も気が付いていたのでしょう? うれしいな、私達、やっぱり親友なんだって思えるよ。

 私はますます青白くなっていく友人を見て、にこり、と嗤った。彼女の手からイカ焼きがポツリと零れ落ちる。


 それでいい。


 茜は、ずっと私のモノでいてくれたら、それでいい。


「イカ焼きなんて、おいしくないよ。――一緒に、スルメ食べよう?」


 私はすぅっと、南に手を伸ばす。

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