第3話 手札
なにをどうやってもドアノブとラッチが咬み合ってドアが開くことはないということがわかった。だとすれば、別の方法を探さねばならない。
わたしはサスペンスドラマのワンシーンを思い出した。通報を受けてアパートの廊下に集結する数人の刑事たち。中から人が争う音が聞こえる。ドアを開けようにも、鍵がかかっている。刑事の1人がドアノブに手をかけ、他の刑事と目配せをする。勢いをつけ、肩からドアに体当たりする。ドーンという音とともにドアは開き、部屋に雪崩れ込む刑事たち。しかし目の前には無残な死体だけが残されていた...。
これだ! このパターンだ!!!
見れば、ベニヤ製のトイレのドアなど、簡単にぶち破れそうではないか。
ドアノブに手をかけ、深呼吸。よし。やるぞ!!
全身をこわばらせ、勢い良くドアに肩をぶつける。ドン! ドン! 3回!4回!5回!!!
肩が痛い!!!!!
にぶい痛みのする肩をおさえ、トイレにうずくまる30半ばの男性。ドアはびくともしていない。
もっと勢い良くぶつかればなんとかなるのかもしれないが、ここは狭いトイレの中。すぐ後ろには便座があって、助走をつけることができない。
今度は便座に座り、思い切りドアを蹴り飛ばす作戦に切り替えてみた。
よし! 便座に座り、便器の側面に手をかけ両足を浮かせる。両足をそろえて一気にドアをぶち破ってやる。それ!!!
ドーン!!!!
反動で便座から転げ落ちるわたし。足がしびれている。狭い室内で便座から落ちた際に、便器と壁に挟まれて腕をすりむいた。
トイレのドアをここまで堅牢にする理由がどこにあるのか。シャイニングのジャック・ニコルソンの斧をもってしても破壊できないのではあるまいか。もうお手上げだ。人間の腕力でこのドアを破壊することはできそうにない。ドアの前に己の人体を損傷してしまう。
道具の力を借りるしかない。わたしは室内(といってもトイレだが)を見回し、なにか使えるものはないかと探し始めた。
トイレ内で道具を探す間、まるで脱出ゲームだな、と思った。
脱出ゲームとは、参加型の体験アトラクションだ。チケットを購入し、指定された日時に会場に行く。たいていは大きなホールなどに参加者が集められる。「あなたたちは豪華客船の中にいます」などとシチュエーションが説明され、ゲームがはじまると、壁に暗号が貼りだされている。参加者は、その暗号を解いたり、手元に配られた冊子を使ったりしながら脱出の糸口を探すのである。
さて、我が家のトイレの壁は実に無機質である。謎の暗号などどこにも書かれていないし、折りたたむことで謎の記号が浮かび上がる冊子も配られていない。
テレビゲームとかだと、こういうところにキーアイテムがあるんだよな、とトイレのタンクの上蓋を外し、中を覗き込む。水しかない。
トイレの裏側をみてみる。埃がたまってるだけである、掃除しないとな...。
結局トイレ内で収集できたアイテムは次のようなものだった。
・トイレットペーパー(予備を含む)
・トイレットペーパーを壁に固定するための芯
・トイレブラシ
・芳香剤
・便器用洗剤
・便座吹きシート
・すっぽん
見よ、これが現実だ。ここはファンタジーの世界ではない。ぼくは魔法も使えないし、トイレのドアもぶち破れない無能だ。手に入ったアイテムはトイレを掃除することはできてもドアを破壊することはできそうにない。
これが、わたしの世界に与えられたすべてであった。
これでどうやって脱出すればいいというのか。
トイレからの脱出ゲーム - 日常に潜む密室 - @daiksy
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