Blue.Blood.Battalion.(旧・ロボ知識のないものがロボモノを書くとこうなる)

犬魔人

第1話 命知らず -LOCO-

〈おい、命知らずロコ! そっちへ行ったぞ! ヘリヲインテグラルの重装型だ! あたしらの装備じゃ装甲を貫通できないぞ、どうする?!〉


 ヘッドセット越しの女の声が、乱暴な言葉使いで敵の接近を知らせてくる。


「ロコって呼ぶのはやめてくれないか。俺はそんな名前じゃない」


 廃墟群の森を疾走しながら、不満を口にする。

 俺は苛々していた。

 熱帯のこの地域は湿度が高く、額から流れる汗を拭う暇すらない。


 人骨が乗ったままの車を踏み台にし、瓦礫の山を飛び越える。

 かつて大都市だったそこは、紛争初期に放棄されて久しい。


 立ち並ぶ高層ビルは半壊した廃墟と化し、木々に半ば以上を侵食されている。

 かつての栄華はそこにはなく、鉄の騎兵が駆ける灼熱の戦場いくさばと化していた。


 太陽はうだるような熱射を照りつけ、アスファルトがめくれ上がった道路からは陽炎が立ち昇っている。


 俺の駆る鉄騎は旧式で、エアコンも効いているのか効いていないのか分からない。

 送風口から吐き出される風は生温なまぬるく、蒸し風呂のようなコクピットは息をするのも苦しいほどだ。


 暑い。冷えたコロナビールを飲みたい。ライムをたっぷり絞って塩を舐めながら飲みたい。

 いや、その前にシャワーだ。熱いシャワーを頭からかぶって、体中にへばりついた不快な汗と皮脂を洗い流してしまいたい。


 俺は根っからの綺麗好きなのだ。

 泥の中を駆けずり回る歩兵部隊が嫌で鉄騎乗りになったのに、何故、よりひどい状態になっているのか。


 帰る。俺はもう快適なマイルームへ帰るぞ。


 そう俺は心に誓った。

 ので、とっとと敵を片付けることにした。


〈ロコはロコだろ! この命知らずクェ・ロコ! そのブロックの向こうだ! もう気づかれてる、飛び出すなよ!〉


 失礼な物言いの女に嘆息し、俺は鉄騎の機動速度をさらに上げた。

 二脚の足底部に備え付けられたダッシュローラーが、粉塵を撒き散らしながら鉄騎の巨体を加速させていく。


〈おい?! 止まれって! その角で待ち伏せされてるっつってんだろ!?〉


「知ってるよ」


 アクティブソナーを一発打つ。

 コォン、と甲高い金属音が短く響き、周囲に反響したそれを、CPUが視覚データとしてディスプレイに映し出す。


 赤色の光線で描かれたグラフィックモデル。

 その立ち姿は、まるで重厚な鎧を着込んだ中世の騎士のようだった。

 それは外見だけの話で、装甲はその何百倍も厚い最新素材で、体高は10mに届こうかという馬鹿げたサイズだったが。


 音響によって透過された廃墟の向こう、巨人と見紛う鉄騎が六連装機関砲チェーン・ガンを構えているのが見えた。


 六つに束ねた砲身が、すぐさま射撃できるよう空回転している。


 アクティブソナーは相手の姿を透視するが、同時にこちらの姿も相手に知らせてしまう。

 これで向こうにもこっちの位置がバレた。


 角待ちが意味のないことに気づいた敵は、その重機関砲の向きを変え、廃墟越しに俺を撃ってきた。


 口径が口紅ほどもある徹甲弾が、秒間60発という恐ろしい速度で発射される。


 鉄筋コンクリートの壁を濡れ紙みたいに引き裂きながら、砲弾の雨が横殴りに降ってきた。


 だが、そこはさっきまで俺がいた場所だ。


 装甲を極限まで薄くした俺の鉄騎は軽く、急加速と急停止を得意としている。

 一瞬ブレーキをかけ、前へと向かおうとする慣性のベクトルを垂直に変える。


 さらに脚部に仕込まれたギミックを発動。

 本来は高所からの着地に使われる衝撃吸収剤を暴発させ、それを跳躍力に変じさせる。

 砲弾の嵐を、上に跳んで回避し、廃墟の壁を斜めに駆け上がった。


 景色を九十度傾ければ、それは雪原を疾走する白兎のように見えたかもしれない。

 まだかろうじて残っていた窓ガラスを踏み砕き、壁を垂直に駆けながら、廃墟の隙間から向こうを見やる。


 標的を外したことに気づいていない重装鉄騎が、大量の空薬莢を吐き出しながら機関砲をまだ撃っているのが見えた。


 俺はひときわ壁を強く蹴り、上空へ飛び出した。 

 同時に鉄騎の左腕部に備え付けられたアンカーを撃ちだす。

 返しの付いた槍のようなそれは、ワイヤーを引き連れながら敵機の肩をかすった。


 厚い装甲のせいでアンカーは刺さらなかったが、それは狙い通りだ。

 弾かれたタイミングでワイヤーを引くと、肩を支点にワイヤーがうまく巻き付いた。


 そこでようやく俺の位置に気がついたのか、敵機は機関砲の照準を上に向けようとする。


 だが、もう遅い。

 腰を落として反動を抑え込まなければならないその重武装は、素早く振り回すにはあまりに不向きだ。


 俺はアンカーを一気に巻き上げ、上空から飛鷹ひようのごとく強襲する。


 敵は急に引っ張られたせいで前へつんのめり、さらに対応が遅れた。


 その隙が命取りだ。


 ワイヤーが強力なウィンチによって巻き上げられ、どんどん彼我の距離が縮まっていく。

 落下加速も上乗せした鉄騎は、もはや巨大な砲弾だ。


 ワイヤーによってつながれた俺たちが衝突するのは必然。

 このままぶつかれば、一つの巨大な鉄団子が出来上がるだろう。


 このまま、ならばだ。

 俺はぶつかる直前、再装填された脚部の衝撃吸収材を、インパクトに合わせて暴発させた。


 激突。

 みしりと軋むような音を、鉄騎の骨格フレーム越しに感じる。

 左脚をたたみ、右足をまっすぐに伸ばした飛び蹴りが、敵機の胸部に突き刺さった。


「(……まるで映画のワイヤーアクションだな)」

 熱でうだった頭で、ぼんやりと今の光景を客観視する。


 重装甲とはいえ、鉄騎の全質量を高速でぶつけられればただでは済まない。

 胸部を陥没させながら敵は吹き飛び、轟音を立てて廃墟の壁にうずもれた。


 運がいいのか悪いのか、搭乗者はひしゃげたコクピットの中でまだ生きていた。

 朦朧とする意識で反撃に出るため、機関砲を持ち上げようとしている。


「良いガッツだ」


 俺は衝撃でちぎれた敵の腕からアンカーを回収し、素早く近づいて敵の機関砲を踏みつけた。

 そしてへこんだ胸部に俺の銃を押し付ける。


 九発の粘着榴弾H.E.S.Hを一度に放つ散弾銃だ。

 貫通性能はないがその破壊力は凄まじく、至近距離で打てば収束した榴弾が主力戦車すらたやすく粉砕する。


 それを三回、ひしゃげた鉄騎のコクピットへ向けて撃ち込んだ。

 銃撃のたびに鉄騎の四肢が跳ね、空薬莢が転がる音が後に続く。


 本来なら分厚い積層装甲によってその銃弾も効かなかったのだろうが、蹴りで歪んだ装甲はその性能を発揮できなかった。

 弾自体は防いでも、それに付随する衝撃と熱はもろにコクピットへ伝わってしまう。


 搭乗者は灼熱の拳にタコ殴りにされたようなものだったろう。

 重装鉄騎は、その核たるパイロットを失い、沈黙した。


〈……まったく、無茶苦茶なやつだな。飛び蹴りってなんだよ、カンフーマスターかよ。つーか旧式単騎で重装鉄騎を落とすなよ……〉


 嘆息混じりに、女が通信を送ってくる。


「創意工夫が足りなかったな。装備も根性もあったが、鉄騎の本領はその機動性だ。三次元機動に対応できなければ鉄騎で近接戦はできない。近づかれた時点で重い機関砲など捨てて格闘戦に移行すべきだった」


〈いやいやいやいや、そいつを盾にして他の鉄騎が挟撃する算段だったんだろ。あたしの銃でもそいつの装甲は抜けないからな。損害を受けずに戦線を押し上げる良い作戦だったのに、速攻でかなめの盾を潰されちまうとは思わんだろ、ふつー〉


「なら、その鉄騎たちはどうした? 助けにこないぞ」


〈もう仕留めたよ。あんたに気を取られてのこのこ顔を出したところを、ばんっ、ばんってな〉


 俺にも気づかれないうちに敵兵を始末していたらしい。

 廃墟の屋上のどこかで狙撃体勢をとっているはずの相棒に感心する。


「いい腕だ、随伴狙撃兵マークスマン


〈お前ほどじゃあねぇよ、強襲突撃兵アサルトマン


 互いの健闘を讃え合う。

 こいつとは最近組んだばかりだが、いいコンビを組めていると思う。


「だが、俺をロコと呼ぶのはやめろ。朝木優あさぎゆうという親からもらった名前がある」


優男ロメオってツラかよ。あんたなんか命知らずで気狂いのロコで十分だ、ロコで〉


「口の減らない女だな……」


〈あたしのことも名前でちゃんと呼んだら考えてやるよ〉


「…………」


〈おい、まさかあたしの名前、まだ覚えてないとか言わないよな……?〉


「帰るぞ。本営に帰還申請が通った。重装甲を正面から蹴りつけたせいで脚部のフレームに違和感を感じる」


〈おい! おい! 冗談じゃねーぞ! 背中を預ける相棒の名前を覚えてないとか、ありえんだろ?!〉


「知らん。俺の頭のなかはもうコロナビールとシャワーのことしか無い。余計な情報は砂粒一つ入れたくない」


〈なにこいつ! あたしはビールと風呂以下かよ!?〉


「ああ」


〈即答?! 死ね! ロコ!〉


「ロコじゃない、優だ」


〈うっさいロコ! もう一生お前はロコだ!〉


 耳元でがなりたててくる相棒に辟易しながら、俺は基地へと帰還した。


 冷房のきいた自室で飲むコロナビールは最高に美味かった。

 ちなみに、あいつの名前はまだ覚えていない。

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