第8話 姫おろし

目が覚めると、目を明けたことを深く後悔した。


「ふにゃ! ご主人、起きたのかにゃ?」


寝ている俺の顔を覗き込むように穂乃果ほのかが顔を合わせる。

もうすでに瞳の奥にハートがあるんですけど。いやな予感しかしないんですけど。


「おまっ……俺になにした!?」

「大丈夫だにゃあ、変なことしかしてないにゃ。

 ご主人がねんねしている間にちょっとさわさわしただけにゃ」

「全力で変なことしてるんじゃないかよぉ!」


パンツ一丁でベッドに固定されて首輪まで施されている徹底ぶり。遠目から見れば俺はただの変態SM男に見えるだろう。

学校の屋上でリア充丸出しの日々から一転、わけのわからない部屋に連れ込まれて――


「わけのわからない部屋じゃないにゅ。

 にゃあとご主人の愛の巣だにゅ。この日のために回転ベッドを一生懸命自作したんだにゅ」

「ナチュラルに心の声を読んだな……」


穂乃果は「ぐるぐるー」とか言って、俺が寝ているマルイベッドを中華テーブルのようにぶん回す。

速度ははしゃいだ中学生が回す遊園地のコーヒーカップくらい。つまりめちゃ早い。


「ふああああ! 止めて止めて止めてぇぇぇ!!」


しこたま俺の三半規管を揺さぶった穂乃果は、いつの間にか下着姿で俺に覆いかぶさって来た。


「ふにゅ♪ 回転ベッドはどうだったかにゅ?

 にゃあとしてはマジックミラー号も捨てがたかったんだにゅ。

 でも、費用対効果を考えたら回転式ベッドのが現実的だったんだにゅ♪」


そりゃキャンピングカー一台買うよりは安価かもしれないけど。


「ふにゅっ、いざ本番となると緊張するにゃあ。

 ネコさんの交尾動画はYoutubeで腐るほど見ていたのに、

 姫下ろしとなるとやっぱりネコさんでも緊張するんだにゅ」


「だったら辞めませんかーー……。

 なんていうか、まだ高校生にこういうのは早いと思いまーす」

「却下にゃ♪」


俺のつつましやかな反論ははじけるような笑顔で却下された。


「性欲の高まりは生物の本能なんだにゃ。恥ずかしいことじゃないにゃあ。

 お腹が減ったらご飯を食べて、眠くなったら寝るのとおんなじなんだにゃ。

 えっちがしたくなったら、えっちするんだにゃあ」


「もっともらしいこと言ってるけど、それ違うだろ!」

「御託はいいにゅ。にゃあは早く姫下ろししたくてもう我慢できないんだにゃ。

 にゃあの体でひいひい言わせてやるから覚悟するんだにゃっ」


「ひぇぇぇぇ!! ま、待てって!」


この世界で俺だけは元の性欲を維持している。

もちろん、女の子に興味がないわけではないけれど。

こんな状況では肉欲よりも戸惑いと恐怖が先に出るんだと思い知った。


「いっただっきまーーす♪」

「うああああ!!」




その瞬間、真っ白な制服を着た集団が入って来た。


「君たち、その場から動くんじゃない!!

 浴星高校生徒会だ!! 不純異性交遊を取り締まる!!」


水戸黄門の紋所とばかりに生徒手帳を見せつける。

俺にはその意味もまるでわからない。

が、とにかく助かった。俺の童貞は守られた。


「た、助かった! 俺をここから助けてくれ!」

「ふにゅーー! なんだにゅ! 人の巣に入るなんて失礼だにゃ!

 ネコ会で交尾の最中におじゃまするのはご法度にゃあ!」


毛を逆立てて抗議する穂乃果だったが、屈強なラグビー部に担がれてそのまま学校へと連れ戻された。

俺は穂乃果にやられた拘束具をひとつひとつ外してもらった。


「ふぅ、助かったよ。生徒会だっけ? ありがとう」


「おい、こいつも連れてけ」

「えっ」


ふたたびクマのようなラグビー部が立ちふさがった。

目を見張る筋肉量を前に早々に戦意を失った俺は、自由に担ぎ込まれるまま学校の地下へと向かわされた。

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性欲が逆転したセカイ ちびまるフォイ @firestorage

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