五【トカゲ怪人さん、体壊して進捗駄目です】

「おかしい、トカゲ怪人の犯行予告があったのに誰もいないぞ。もしや罠だったのか?」


 何故か怪人がよく現れる採掘場。アレグライダー達はトカゲ怪人から送られた予告状を見てやって来た。しかしそこには誰もおらず、レドは困惑した。

 レドがトカゲを探していると、突然サキのスマホの着信音が鳴る。サキはスマホを取り出し、レドにその内容を報告した。


「あ、レドくん。トカゲさんからSNSのメッセージが来ました」

「メッセージのやり取りする仲なのに突っ込みたいが……。なんてメッセージだ?」

「『風邪っぽいので今日は早退します』ですって」

「病弱中学生かよ……!?」


 まさかのトカゲからの勤怠報告メッセージだった。



「う~ん。心配ですし『お見舞いに行きましょうか?』って返信しときます。ホイっと」

 サキはスマホの画面を操作する。どうやらトカゲにメッセージを送ったらしい。


「いやいや、ヒーローが怪人にお見舞いできるわけねーだろ」

「あ、返信来ました。『ありがとう。すぐ来て』ですって」

「返信早ぇっ!? 警戒心もまったく感じられねぇっ!」

「じゃあ行きましょう。トカゲさんは矢場目区のマンションに住んでます」

「え、なんでサキが怪人の住処知ってんの!?」

「去年、年賀状を送りたいって言ったら教えてくれました」

「情報セキュリティゆるすぎる……!」


=====

 

 そんなこんなで、アレグライダーは全員でトカゲ宅に向かう事にした。レドは「他の二人を放置したら、なんかとんでもない事が起こりそう」と思ったため、同行した形だ。


「ここですね、ハイシティー矢場目。このマンションの上の方にいます」


 先ほどの採掘場からバスで二十分。レド達はサキの案内でトカゲの住むマンションにたどり着いた。

 それは天を見上げるほどの高さの建造物で、白を基調にしたシンプルかつ美しいデザインのマンションだった。周辺には木々や噴水がある庭園が広大に広がっており、室内から景色の素晴らしさも容易に予想できる。窓から見える一階のロビーも広く、高級ホテルに劣らないほどだ。


「お、俺のアパートより圧倒的に格上だー!?」

「秘密結社って、意外と稼げるのかな……。転職してもいいかもね」

「あぁ。悪の組織は嫌だが、月50円のアパートともおさらばできるのは凄い魅力だな」

「レド、そのアパート安すぎて怖いんだけど」


 あまりの豪華さに、レドとブルは唖然とした。予想以上に生活水準が高いトカゲ怪人に、憧れすら感じてしまっている。そしてレドの生活の悲惨さがひっそりと垣間見えた。

 

 と、そんなアレグライダー達の背後からゆるい感じで声が聞こえた。

「む、我らの住居まで突き止めたでござるかアレグライダー。まさか拙者がオフの日に来るとは……」


 背後にいたのは、世界征服を目論む秘密結社ヤバノーキの最新科学が生み出したパソコン怪人であった。ジャージとスニーカーを着ていて、手にはスーパーマーケットのレジ袋を大量に持っている。


「すっげぇラフい格好だな、パソコン怪人。……まさかお前もここに住んでるのか?」

「ふふふ。実はここ、拙者が経営してて怪人に低賃金で貸してるでござる」

「え、怪人がこんなマンション持ってるのかよ!?」

「ヤバノーキは世界征服の隠れ蓑として、様々な事業を手掛けているでござるよ。このマンションの地下にも機械研究を行うための秘密研究室を完備しているでござる。ロックを解除するための生態認証を登録すれば入れるから、後で見に来るでござるか?」

「それ、秘密じゃないから。一番隠さなきゃならない相手を入れたら怒られるぞ」

「なぁに、怒られるより先にあんな秘密結社抜けてやるでござる。ついでにマンション経営やら機械開発チームやらネットコンテンツやらは上手く自分の物にするでござるっ♪」

「裏切る気満々かよ……」


 ヘラヘラ笑うパソコン怪人と、呆れた口調で会話するレド。この光景は緩すぎて、一般人が見たら敵同士とは気づけないであろう。



 アレグライダー達はパソコン怪人にロビーの扉を開けてもらい、トカゲ怪人の部屋の前までやって来た。


「トカゲー。アレグライダーの皆が来たでござるよー。開けろー」

 一緒に来たパソコン怪人がノックするが、返事はない。


「……まさか病気が悪化して死んでる、って事はないですよね?」

「いや、トカゲは再生保険に入ってるから流石にそれはないでござろう。我々は死のうとしても体が爆発して、健康な状態に治るでござる。料金が高いから無限復活はできぬが」

「それ、爆発する必要あるのか……?」

「しかたない、マスターキーで入るでござる」


 管理人であるパソコン怪人はジャージのポケットからマスターキーを取り出し、部屋の鍵を開けた。


「おーい、トカゲー」


 扉を開けた先は、やや広めの靴置きスペースと段ボールが沢山置かれた廊下。電気はついていないためやや暗い。靴箱や照明などに新築らしいオシャレなデザインが見受けられるが、トカゲが散らかしたであろう段ボールのせいで台無しだ。


「あ。あの部屋にいるみたいですね」

 サキは奥の扉から、明かりが漏れている事に気が付いた。耳を澄ますと、ごそごそと誰かいる音も聞こえる。


「やれやれ、ちゃんといるではないか」

 パソコン怪人はスニーカーを脱いでずかずかと上がる。そしてためらう事無くその扉を開けた。


「トカゲ、いるならちゃんと返事するでござ……」



【うっわ~! 爆発しちゃいましたよ皆さんっ! こりゃゲームオーバー確定じゃねぇかーっ】

「あっはっは~、そこは……ゴホッ! 探知呪文を使ってから通ればいいだろー……グゲッホ! ゴッホ! ォグッ……」


 そこにいたのは、世界征服を目論む秘密結社ヤバノーキの最新科学が生み出した割に風邪に苦しんでるトカゲ怪人であった。しかし彼は家のデスクトップPCで何かの番組を視聴していた。声がガラガラで苦しそうに咳き込んでいるのに、ディスプレイを凝視し続けているその姿は……典型的なネット中毒者であった。


「……貴様、何してるでござるかぁ!!」

「ぐがぁっ!?」


 パソコン怪人はトカゲの首根っこを掴んで、彼をPCから無理矢理引きはがした。そして玄関から見ているアレグライダー達に叫ぶ。


「拙者はこいつをベッドに連行する! レド殿は冷蔵庫に冷却シートが無いか見に行ってくれっ! ブル殿は脱衣室に置いてあるタオルを持ってくるのだ! サキ嬢はこのPCを今日だけ使えないように設定でござるっ!」

「やだぁ……PC使わせてよぉ……」

「相変わらず悪役感無ぇな」

 パソコン怪人にお姫様抱っこされ、涙目で暴れるトカゲ怪人。レドのトカゲ怪人への評価は、ストップ安を記録していた。


=====


「いいか、貴様の病状が悪化したらこっちが困るでござる。ヤバノーキのシフトがキツイ事になってる今、人員は減らせんでござる!」


 トカゲを寝室のベッドに寝かしつけた後、パソコン怪人は彼をガミガミと叱りつけた。風邪が長引いてトカゲが休み続けたら、秘密結社の仕事も増えるからだ。


「だって……明日なんだよ、印刷所の期限。今日中に仕上げないと……ゲフッ、ゴホッ」

 トカゲは弱弱しく反論した。涙目でやや儚さも感じる。だがレドはその反論に疑問を感じた。


「機械音痴の俺でも、あれは仕上げしてるようには見えなかったんだが……?」

「……いや、デッサン資料集めようとネット見たらついつい、ネコネコ生放送に手が伸びちゃって。よくあるだろ?」

「駄目だこいつ。間に合わない未来しか見えない」


 同人誌事情をよく知らないレドですら分かるこの怠惰な有様。その発言にはレドだけでなく、パソコン怪人も呆れかえってしまう。


「とにかく貴様は今日いっぱいPC使うの禁止でござる。絶対に守ってもらうでござるよ!」

「やだっ! 俺様の漫画の評判上がった今、新刊落としたら期待を裏切るっ! 風邪だろうが何だろうが俺様は最後まで足掻いてやるっ!」


 トカゲ怪人は無理矢理体を起こそうとするが、パソコン怪人とレドが汚物を見るような目で反論する。


「視界くらくら状態で描かれた漫画なんかで期待に応えられる訳無いでござろう」

「というか風邪ウィルス持ったまま人の多い場所なんぞ行ったら、出禁喰らって嫌われそうなんだが」

「ぐわーっ! ごもっともですぅーっ!!」


 この反論で、トカゲ怪人の反抗心は崩れ落ちた。トカゲ自身もベッドの上で崩れ落ちた。


 

 トカゲは枕を涙で濡らす。泣き声と風邪が相まって、呼吸はかなり荒くなっている。


「うぅ、なんでこんなタイミングで風邪になっちゃうんだよお……。明日までなんてもう絶望的だぁ……。ゼェ、ゼェ……」

「作家は締切直前ほど焦ってミスを起こしやすいから、完成に余裕を持たねばならんでござる。それをわきまえてなかった貴様が全面的に悪いでござる」

「追い打ちやめてぇ……。ゲホッ、ゲホ」


 パソコン怪人の言葉の追撃を受け、トカゲは布団に顔を埋めてしまった。「悲しみに暮れる少女漫画の主人公」的なその動作は、別のキャラがやれば可愛らしいかもしれない。だがむさい怪人ではせいぜい重度のケモナーが釣れる程度だろう。

 


「……一つだけ打開策があるかもしれないよ」

「え?」


 突然の誰かの発言に、トカゲは布団から顔を出す。声の方向には自作のおかゆを運んできたブルグライダーがいた。意外と女子力高いらしい。


「再生保険を使うんだよ。さっきパソコンくんから聞いたけど、あれって健康な状態に戻れるんだよね? それなら風邪も消えるんじゃない?」



 ブルの提案は、トカゲが怪人である事を逆利用した治療法であった。「健康な状態で復活する」という再生保険は「復活する」事が目的の保険だが……ブルは「健康な状態で」という部分に着目したのだ。



 この先進的なアイデアを聞いて、たちまちトカゲは普段のテンションに戻った。


「そ、そうかっ! 一度死んで風邪を治せば、いつもの印刷所に間に合うように作業できる……!」

「死んで病気を治すって、画期的を通り越して異常さしか感じねぇ」

「でも復活料金は結構かかるでござるよ。即売会の直前で、そんな事やって大丈夫でござるか?」


 パソコン怪人はテンションをあげるトカゲを落ち着かせようと、再生保険のデメリットを指摘した。だがトカゲはベットから飛び起きて、大声の一言を叫ぶ。


「そんなの、覚悟の上だああああああっ!!!!」


 その一言と共に、トカゲ怪人は爆裂消散! 爆音と共に消え去ったのであったっ!(自力で)


「熱っ!? 突然爆発すんなっ! というか爆発で自殺するなよ!」




「いや~、さっぱりした。やっぱ健康な体は最高だな!」


 爆発して一分と経たぬうちに、復活したトカゲがバスタオルを腰に巻いて寝室に帰ってきた。半裸状態なので温泉回や水着回の予定が無いこの小説にとっては数少ないサービスシーンである。挿絵とか漫画化とかファンアートとかでこの作品のイラストを描く予定の絵師さんは、是非このシーンを大きく描いてみよう。


「帰ってくるの早ぇ。あとなんで風呂上りみたいな格好なの」

「復活すると裸になる事を考慮して、各自の風呂場で行われるんでござるよ」

「もっといい場所あっただろ、絶対……」


 レドが復活場所に疑問を呈しているが、トカゲはそれを気にせずに嬉しそうに屈伸を始めている。漫画を描く前の準備運動のようだ。


「よ~しっ、今のテンションなら一日で書き切れる気がする! このまま突っ走っていくかっ!」

「その前にトカゲ怪人さん。聞きたいことがあるんですけど」


 嬉しそうな半裸トカゲに、申し訳なさそうな表情でサキが話しかけた。


「なんだ、サキ氏」

「これ、大丈夫なんですか? めっちゃ燃えてますけど」


 サキはベッドを指さす。


 

 それはさっきまでトカゲが寝ていたベッド。トカゲの愛用だったベッド。先ほどトカゲが爆発した時、そばにあったベッド。飛び散った爆炎が移ったベッド。とても暖かくなったベッド。サキが「これ、やばくないか」と思ったベッド。だが爆発慣れしたアレグライダーと怪人たちにはこの瞬間まで深刻さに気づかなかったベッド。


 

 ――まぁ、要するに。先ほどのトカゲ爆散のせいで火が燃え移ってしまったベッドがそこにあったのだ。



「……火事ぃーーーっ!?」


 寝室は大パニックとなる。レドも、ブルも、住民のトカゲも、管理人のパソコン怪人も、皆慌てた。火事救出や火炎放射などで炎慣れしているヒーローや怪人でも、こういう突然の火事は動揺するようだ。


「おいっ、トカゲ! お前が布団で爆発したから燃えてるじゃねーか!」

「やばい、広範囲で燃えてるー! 早く消さなきゃ俺の部屋がー!」

「ブルグライダー殿! 脱衣室から洗面器とか持ってきてないでござるか!?」

「ごめん、タオルしか持ってきてない! 持ってこなくちゃ……!」

「大変です! トカゲ怪人さんのしっぽに燃え移りました!」

「ぎゃーっ!? 助けてーっ!」

「トカゲ動くんじゃねーっ! 火が燃え広がるってのーっ!」


 結局そのボヤ騒ぎにより、愉快で悲惨な締切日は終わってしまった。

 

 

 トカゲ怪人は印刷所の期限に間に合わなかったっ! トカゲが爆散しても、納期が爆散する事は無いのだ! 頑張れ、トカゲ怪人! 保険費のせいで食費もピンチだぞ、トカゲ怪人!

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