エクストラ

神様の願い事

 十二月ももう半ばになっていた。

 リクとユイの期末試験も終わり、冬休みが近付いている。

 トヨは正月に向けて色々と忙しいらしく、拝殿の中にこもることが増えてきた。


「寒いだけ、じゃないよな?」

「まあ、それもあるとは思うんだけどね。忙しいのは確かだよ」


 リクは夏祭りの惨状を思い出してゾッとした。

 あの乱痴気らんちき騒ぎの上を行くことになると思えば、それは確かに忙しいし、大変そうだ。


「そういえば、クリスマスって何かやるの?」

「あー、クリスマスは・・・」


 ユイが何かを言いかけたところで、拝殿からトヨが姿を見せた。


「リク、キミはそんなにどこかの神様の息子の誕生日を祝いたいのかい?」


 トヨは何やら不機嫌な顔をしていた。


 そういえばキリスト教の祭りだったか。

 リクがどう答えたものかと考えている様子を見て、トヨが笑い出した。


「冗談だよ、賑やかのは良いよね。まあ、神社には関係ないけど」


 お祭り好きな性格のトヨが、そういったイベントが嫌いなはずはなかった。

 ただ、やはり神社はクリスマスとは今一つ縁が無く、その時期はむしろ静かなものだという。

 トヨも、クリスマス自体はみんな楽しそうでいいな、とは思っていた。


「流石にその日は二人ともお休みで良いよ。私もやることがちっとも終わらなくてね」


 それだけ言うと、トヨはまた拝殿の中に引っ込んでしまった。


「ねえ、リク。相談があるんだけど」


 トヨの姿が見えなくなってから、ユイがそう持ち掛けてきた。




 クリスマスイブの午後、ユイは神社にやって来た。

 拝殿の中では、色々と準備の終わらないトヨがひっくり返っていた。


「あれ?ユイどうしたの?」

「トヨちゃん色々と詰まってると思って」


 ユイはトヨに、気分転換のために町に行こうと提案した。

 仕事が残っているからなぁ、とぼやくトヨを、ユイは半ば強引に説得した。


「トヨちゃんも女子なんだし、クリスマスの雰囲気はちゃんと味わっておかないと」

「そういうもんかな・・・色々と情報は仕入れてるし、人出の多い所にひょっこり神様が出ていくっていうのもどうなんだろう?」


 今の時代には様々な情報網がある。

 トヨも、リクやユイに協力してもらうことで、普段から世の中の情報収集に努めている。

 それに、そういった情報伝達に関しては猫たちが断然能力を発揮するところだ。


「話に聞くだけと、実際に行くのは違うよ。それに、リクにクリスマスプレゼント買わないの?」

「え・・・いや、でも実際に買うのはユイになっちゃうし」


 いざとなれば賽銭からお金を捻出することは可能だが、それは流石に色々とマズそうだ。


「連名で良いでしょ。買うのは私がやるから、選ぶのはトヨちゃんがやって」


 結局トヨはユイに言いくるめられ、一緒に買い物に行くことになった。



 ユイがトヨを伴って神社から出ていくのを見計らって、リクとサキチが神社にやって来た。


「なんで俺がこんなことを手伝うんだ・・・」

「俺一人だと流石に無理だからさ。晩飯分は手伝ってくれよ」


 リクに頼まれて、サキチはあからさまに嫌そうな顔をした。

 トヨを連れ出しているうちに、内緒で神社にイルミネーションを設置する計画だった。


「猫の手なんて大して役に立つものじゃないぞ」

「十分役に立ってるよ。あ、くわえて運ぶときに傷つけないように気を付けてくれ」

「・・・まったく、お前らはロクなことを考えない」


 柱や屋根に発光ダイオードを取り付けていく。

 低い所はリクが。高い所はサキチが。

 思ったよりも重労働だ。


 事あるごとにサキチが文句を言い。

 リクがそれをなだめて。


 日が暮れるころになって、ようやく作業が終了した。




「あれ?何やってるの二人とも」


 薄闇の中、トヨがユイと共に帰ってきた。

 ユイが軽く手を振ってくる。

 準備完了、とリクも手を振り返した。


「いやいや、町はすごかったね。ユイの言う通り、話に聞くのとは大違いだ」


 クリスマスイブの雰囲気に包まれた街を歩くのは、トヨには初めてのことだった。


 一昔前では想像もつかないほどの、沢山の人。

 あふれる人工の光、音楽。

 情報から読み取るのと、実際にその足で見て歩くのとでは、やはり感じるものは全く異なった。


「リクもこんな何もない神社なんかにいるより、クリスマスを堪能たんのうしておいでよ。楽しまなきゃ」


 それと比べれば、稲荷神社などは実に何も無い。


 幾つかの街灯の光があるだけで、きらびやかさなど欠片も無い。

 少なくともトヨには、十代の若者が青春を消費して良い場所であるとはとても思えなかった。


 リクはユイと顔を合わせると、トヨに向かって微笑んだ。


「何もないことなんかないよ」


 トヨは怪訝けげんな顔をした。


 リクがイルミネーションのスイッチを入れる。


「メリークリスマス!」


 色とりどりの光が、拝殿の上でまたたいた。

 何もない神社の中に、虹色の星空が浮かび上がる。


「うわぁ」


 その光を見たトヨが、思わず言葉を漏らした。


 急ごしらえなので、それほど凝ったことは出来なかったのだが。

 拝殿は屋根までダイオードの光に包まれていた。


 ぴかぴかと点滅する輝きは、七色の川をかたどって、拝殿の屋根から賽銭箱に向かって流れ落ちている。

 いつもみんなが腰かけている濡れ縁の辺りには、五つ星の形の光が灯っている。


 普段は古めかしくて、何処かすすけて見えていた拝殿は。

 その時だけは、ファンシーな魔法の小屋になっていた。


 トヨは拝殿の方に数歩歩み寄ると。

 ゆっくりと振り向いた。


「・・・キミたち、私の家に何をしてくれてるんだい」

「え・・・」


 予想外の言葉に、リクは思わず硬直した。


 ひょっとして、やりすぎただろうか。


 トヨはお祭り好きな所があるので、こういう事は無条件に喜ぶと考えていたが。

 実は、越えてはいけない一線があったりしたのだろうか。


 いやでも、このアイデアはユイのものだし。

 設置に関してはサキチも一枚噛んでいるし。


 と、リクの頭の中がぐるぐるとし出したところで。


 トヨは破顔して、くすくすと笑いだした。


「・・・ふふっ、こんなことされたの神様になってから初めてだよ」


 神社のお祭りで、提灯ちょうちんをつるしたり、かがり火をたいたりすることはある。


 しかし、拝殿全体にこんな飾りつけをするなど、見たことも聞いたこともない。


 どこかの物好きな神社ならこんなイベントをおこなうこともあるのだろうが。

 まさか自分の神社がこんなことになるなんて。


「すごく綺麗だ。ありがとう」


 トヨの言葉を聞いて、ユイとリクはほっと胸を撫で下ろし。

 顔を見合わせて、笑った。




 虹色の光に照らされながら、トヨは神社のイルミネーションをうっとりと眺めている。

 そのすぐ後ろで、リクはそんなトヨの様子を見ていた。


「サキチさん、ちょっとこっち来て手伝って」


 ユイがサキチの身体を抱きかかえた。


「なんだよ、まだ何かあるのかよ」

「いいから、こっち」


 ユイはサキチを連れてその場からそそくさと離れた。


 後には、リクとトヨだけが残された。


 しばらくイルミネーションを見ていたトヨが、ふとリクの方を振り向いた。


「リク、寒いんじゃないかい?」

「あー、汗が冷えてきたのかも。ずっと色々やってたからさ」


 最初は適当でも良いか、と考えていたのだが。

 トヨが喜ぶ姿が見たい、と結局凝るだけ凝る結果になってしまった。


 サキチにもたくさん手伝ってもらったので、後でお礼は奮発しないといけない。


「しょうがないなぁ」


 トヨはリクのかたわらに近付くと。

 そっとその手を握った。


「ありがとう、リク。こんなに素敵なことしてもらえるなんて、本当に思わなかった」


 リクには、本当に迷惑をかけているとトヨは思っていた。

 リクの想いを知っていながら、トヨはまだはっきりとした答えを返せていない。

 それなのに、リクはこんなことまでしてくれる。


 トヨを、喜びで満たしてくれる。


 その気落ちにむくいたいと思っているのに。

 どうしても、神様であるという気持ちが表に立ってしまう。


 それならば。


「ねえリク、私は神様だから、いつもは願い事を聞く立場なんだけどさ」


 神様は、願いをかなえるもの。


「今日は私がお願いしてもいいかな?」


 トヨはリクを見つめた。


 しばらく言いよどんで、幾つかの言葉を出しかけてから。

 意を決して、トヨは話し始めた。


「リクは今、私の信者で、氏子うじこだよね」


 リクから告白を受けたあの日、リクはトヨの信者に、氏子になった。

 リクは今、トヨという存在を支える、大事な人だ。


 そして、それ以上に。


「もう一つ、肩書を追加してもらってもいいかな?」


 トヨにとって、大切な人。


「まだ何かあるのか?」


 リクが困惑したような表情を浮かべる。


「あるよ、大事な肩書」


 トヨが望むこと。トヨのお願い。



「私の、彼氏になってくれないかな・・・?」



 神様に彼氏なんてない。


 だから、これはトヨのしたいこと。


 リクの前では、少しずつでも、神様じゃなくて。

 トヨになっていきたい。


 そんなお願い。


 熱のこもった目に見つめられて、リクは胸が高鳴るのを感じた。


 トヨはリクの神様だ。


 だがそれ以上に、今目の前にいるトヨは、リクの好きな女の子だ。


 恋をして、告白して。


 そばにいることを認めてくれた、大切な人。


 色々な言葉が頭の中に浮かんで。


 その全部を無理矢理に消し飛ばして。


 リクは笑顔と言葉をつむぎだした。


拝命はいめいいたします」

「・・・良かった」


 トヨは笑った。花咲くような笑顔で。


「前はリクが勇気を出してくれたから、今度は私から言おうって決めてたんだ」


 リクが告白してくれたことは、トヨにはとても嬉しかった。

 リクの想いに触れて、本当に幸せだった。


 だから、リクにもこの気持ちを感じてほしかった。


 それに、リクからお願いされたのでは。

 トヨは神様になってしまいそうだったから。

 これだけはどうしてもトヨの方からお願いしたかった。


「断られたらどうしようかと思った」


 トヨは心底安心した、という表情を浮かべた。


「神様なのに弱気だなぁ」


 リクの言葉を聞いて、トヨはいじけた顔をしてみせた。


「リク、キミは酷いな。普段は私のことを女の子として扱うのに、こういう時だけ神様呼ばわりするんだから」


 全く持って、リクには信心というものが足りていない気がする。


「キミにとって私は何なんだい?」


 リクにとってトヨは大切な神様。

 リクにとってトヨは可愛い女の子。


 その両方が本当のことで、大事なこと。


「トヨは俺にとって・・・神様で、女の子かな」

「欲張りだな、リクは」


 トヨが微笑んだところで。



 サキチが飛び出してきた。


「もう良いだろう、俺は帰る。片付けは明日にしてくれ」

「あ、サキチさんまだ駄目だよ、ちょっとー」


 サキチを追いかけて、ユイが二人の前に駆け出してきた。


 そして二人の方をそろり、と伺うと。

 バツが悪そうに笑った。


「ユイ、ちょっと趣味が悪いよ」


 トヨがむぅっ、と不機嫌な声を出す。


「ご、ごめん」


 両手を合わせて謝ってみせてから。


「でも、二人ともいい雰囲気だったし・・・」


 ユイは改まってトヨとリクの方に向き直った。


「あの」


 並んで立っている二人が、本当に幸せそうで。

 また一つ吹っ切れたと感じられて。


 少し遠くなったとも思えたけど。


 それでも、ユイは嬉しかった。


「トヨちゃん、リク。おめでとう」


「ありがとう」「ありがとう」


 笑顔で応えて、二人は強く手を握り合った。




 リクが家に帰ると、ナオがこたつに潜って眠っていた。

 コタツの上には、食べかけのクリスマスケーキが残されている。

 そう言えば、去年までは二人だけのクリスマスだったな、と思った。


「母さん、ありがとう」


 リクはナオの頭をそっとでた。

 ナオは全く目を覚ます様子は無かった。




「そういえばプレゼントってあれでよかったの?」


 翌日になって、ユイはトヨにそう訊いた。

 トヨが選んだプレゼントは、スポーツタオルだった。


「うん、リクは男の子だし。私のために汗水たらして働いてもらいたいかなー、って」

「えー、そういう・・・」


 ユイは微妙な表情になった。


「手袋でも良かったんだけどさ」


 ふふっ、とトヨが笑う。


「それだと、リクの手の感触、わからなくなっちゃうから」


 リクのことを想うとき、トヨの笑顔は神様ではなくて、女の子のそれになる。


「トヨちゃん、ラブラブだね。もう彼氏だもんね」

「う、うん。なんだか雰囲気に飲まれちゃったよ。今思えばハズかしい」


 トヨはバタバタと手を振り回した。

 その様子を、ユイはニコニコと眺めている。


「・・・まあでも今はそんなことより、年賀状をどうにかしないと」

「毎年たくさん書くから大変だよね」


 トヨはため息をついた。


「今年は色々あったから、お世話になってるところには一通り近況報告しておきたいんだ」


 神様の世界でも、年賀状の郵便はそれほど待ってはくれない。

 実際に、もうあまり時間は残されていなかった。


「あー、面倒臭い。これでいいや」


 さらさらっと、トヨは何事かを書きつけた。


 その手短で端的たんてきな近況報告が。

 これから大きな騒動を巻き起こす事になるなど、全く考えることもなく。


 トヨは、ただ、自分の中で抑えきれない幸せな気持ちを文にした。


 トヨの気持ちが移ったのか。

 その手紙はほのかに甘い花の香りをまとっていた。

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