終章

こういう言い方は正直好きじゃない。

 しばらくして、事の顛末てんまつを聞くために、またミカゲが稲荷神社を訪れてきた。


 拝殿にトヨ、リク、ユイ、サキチが並び、ミカゲと共に今後について話し合いを持つことになった。

 一通りの話を聞き終えると、ミカゲはふむ、と考え込んだ。


「しかし便り一つでよくもここまでの騒ぎを作り出すものよ。最早これは才能だな」

「はいはい、申し訳ありませんでした」


 トヨはまたふくれっ面で応対していた。

 横に座るユイが申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべている。

 サキチはやる気なく丸くなって目を閉じていた。


「まあでもこれはトヨウケビメノカミが皆から愛されている証左しょうさとも言える。神様としては喜ばしいことかもしれんな」


 さて、とミカゲは手を打った。


「これ以上面倒事を増やされても厄介だ。色々と浮ついた所を無くしていくことから考えていきたいのだが」


 ぐるり、と一同を見渡し。


「まずは一つ目の提案だ。三島リク殿」


 名前を呼ばれて、リクは背筋を伸ばした。


「どうかね?このトヨウケビメノカミの眷属になってみる気はないかね?」


 唐突な提案に、リクは言葉を失った。


「何を言ってるんですかこのパワハラ上司!」


 トヨが声を荒げた。


「待て待て、何も私は適当なことを言ってる訳じゃないんだ」


 ミカゲが言うには、人間を眷属とすることは、実はかなりハードルが高いということだった。

 人物に関しては、せいぜい普段の素行がおかしく無い程度で別に構わないのだが。

 だからと言って、おいそれとその辺にいる人間を片っ端から神様の世界に入れられても困ったことになる。


 よって、力に関してもそれ相応のものを持つモノでなければならない、という決まりごとになっていた。

 リクの力は、ツバキには及ばないが、眷属とするには十分に及第点であるらしい。


「実は今回あのふざけた年賀状の件で、君はもっとチンピラめいたモノ共にちょっかいを出されていても不思議ではなかった」


 神様に名指しで寵愛ちょうあいを受けている人間。

 これは酷い悪目立ちをしていることになる。


 だが、確かに正月には色々なモノたちの訪問を受けることにはなったが、そこまでの事態におちいることは無かった。

 これは、リクがトヨの眷属になるのに十分な資質を持っていたからだ、というのがミカゲの見解だった。


「要は、イチャモンつけようにも強すぎて文句のつけようがなかったんだな」

「はあ・・・」


 そう言われても、リク自身にはあまりピンとこなかった。


 リクにしてみれば、この力はトヨに触れることが出来る、というもので。

 それがそこまで評価されるものだという実感がまるで沸いてこなかった。


「そのような力を持つ者が、トヨウケビメノカミの眷属にもならず、彼氏とかいう中途半端な状態で宙ぶらりんになっているという所が、まずは改善点かなと思ったわけだが」


 ミカゲはそこで言葉を切ると、トヨの方を見た。

 トヨは今にも噛みつきそうな形相でミカゲのことを睨みつけていた。


「・・・これは却下か」

「当然です。ダメに決まってます」


 トヨは力一杯否定した。


 リクは人間としてまだ若い。高校生だ。

 人としての可能性がまだ十分に残されている年齢と言える。


「それを神様の側の都合で眷属になれとか、パワハラ以外の何ものでもありません」


 はるかな昔には、強い力を持つ者を神様の世界に勧誘する事例は沢山あったが。

 今時それが通用するかというと、なかなかそうはいかない。


 トヨにとっても、リクに神様としての生き方を強要し、将来を自分のために全て捧げさせるなどと。

 そこまでの望みを押し付けるつもりは全く無かった。


「それに・・・」


 トヨはちらっとリクの方を見た。


「リクは私の彼氏です。その関係を、私は宙ぶらりんだなんて思っていません」


 トヨとリクの関係は、彼氏彼女であり、恋人同士だ。

 トヨにしてみれば、二人の関係はリクの年齢に見合った健全な物であり。

 神様という自分の立場を無理に振りかざさない、良い距離だと考えていた。


「私はリクとの交際・・・関係を、ちゃんとした繋がりだと思っています」


 ミカゲはふぅっとため息をついて。


「トヨがそう考えていても、周りがどう受け止めるかが問題になるんだがなぁ」


 困った、と頭を掻いた。


「まあいい。とりあえず、今すぐ眷属になれ、とは言わぬよ。この件は保留だ」


 だがな、とミカゲはリクの方を向いた。


「頭の片隅には残しておいてくれ。君にはトヨウケビメノカミの眷属になる十分な資質がある」


 眷属になる、という話は、リクにとっては正直非常に興味深いものだった。


 ツバキとマカミ。

 あの二人の関係と同じつながりが、トヨとの間に持てるのかもしれない。

 そう考えると、リクは胸の奥が熱くなったが。


 トヨの方がすっかりおかんむりなので、曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。


「時が経ち、二人の絆がより確かなものとなったと思える時が来たら、いつでも申し出よ。恐らく誰も反対できんよ」


 何か言いたげなリクの様子を察したのか、ミカゲはちらりとリクの方を見て。

 かすかに口元に笑みを浮かべた。


「それに、物事には順番というものがあるからな」


 ミカゲはまた一つ、手を打ち鳴らすと。

 今度はトヨの方に向き直った。


「ではトヨウケビメノカミ、次の提案だ。この三島リクという人間の男を、婿として迎えてみては?」



 一瞬、場の空気が完全に固まり。

 少し遅れて、トヨが顔を真っ赤にして上ずった声を出した。


「んなっ、なっ、何を言うんですか、このセクハラ上司!」


「なんだ、そなたの言う彼氏とかいう関係は、結婚を前提にしておらんのか?浮ついた関係ではないのであろう?」

「そういう問題じゃありません!」


 激昂げっこうして、トヨは激しく床を叩いた。


「眷属の次は結婚とか、ミカゲ様はどうしても私とリクを何らかの枠に収めたいみたいですけど」


 確かにそれが解決策としては望ましいのだろうが。


「リクの都合も少しは考えてあげてください。さっきも言いましたけど、高校生ですよ?十代ですよ?」

「今時人間でも十代で結婚する男女はいると思うのだが」


「誰でも彼でもする訳ではありません!しかも人間の法ではリクはまだ結婚出来ません!」

「神様の世界では年齢に関する決まりは無いよ」


「リクの意思を、将来を尊重してくださいと言ってるんです!いくらなんでも早すぎます!」

「またそういう眠たいことを・・・早いとか遅いとか、そんなことを言って以前のようなことがあったらどうする?人間の時間と神の時間は異なる。お前たち放っておいたらどうせなんも進展せんだろう」


 のらりくらりと応えて、今度はミカゲもなかなか譲らない。

 笑いをこらえているサキチを、トヨは無言で睨みつけた。


 このままミカゲと二人で言い争っていてもらちが明かないと判断したのか。

 トヨはくるり、とリクの方に顔を向けて詰め寄った。


「リク、これは流石に滅茶苦茶だよ。キミからも何とか言ってくれ」

「トヨは・・・俺と結婚したくない?」


 予想外のリクの答えに、トヨは頭を抱えた。


「そういうことじゃないよ。そういうことじゃなくて・・・私は、キミの人生を私のために潰してほしくないんだ」


 トヨにしてみれば、リクとの付き合いはリクの成長に合わせたものにしておきたかった。

 トヨの都合を押し付けて、そのせいでリクが人間としての健全性をそこなうことを危惧きぐしていた。


「トヨ、俺は、トヨのために人生を潰しているつもりはないよ」


 リクからすれば、むしろトヨは自分の人生を導いてくれるものだった。

 トヨがリクの力に蓋をして、その蓋が外れたときから。

 もうリクの人生から、トヨを外して考えることなど出来ない。


 蓋の由来について考えてみると、なんだかマッチポンプという気もしなくもないが。

 それは運命だったのだろう、とも考えられる。


 そのくらいには、リクはトヨのことを信じられるし、必要だと思うことが出来た。


「それに、トヨはもう俺の人生のほとんどだよ。学校にまで付いてきてさ」

「そ、それは・・・そうかもしれないけど・・・」


 トヨは言葉に詰まった。


 確かにここ最近、トヨはすっかりリクの生活に干渉していた。

 ツバキが居なくなった後も、リクと学校に行く習慣を改めていない。

 一緒に学校に行って、一緒に寄り道して、一緒に神社に帰ってくる。


 これでトヨの都合を押し付けていないとは、一体どの口が言うのか、という感じだった。


「俺の人生は、もうとっくにトヨのものだよ。トヨがなんと言おうが、それはもう決まってる」


 今更トヨがどう取りつくろおうが。

 確かに、リクの人生、毎日の生活からトヨを抜いて考えることはもう出来ない。


「それに」


 リクはトヨの手を取った。


「ツバキとの約束、守りたいんだ」


 消えていくとき、ツバキはリクにトヨのことを託した。


 それは、生涯をかけてトヨのそばにいてほしいという願いだ。

 生半可な覚悟では、人と神は共にあることは出来ない。

 リクはツバキにその覚悟を問われ、認められたのだと、そう思っていた。


「それは・・・ズルいよ・・・」


 言葉を失って、トヨはミカゲの方を見た。

 ミカゲは澄ました顔をしていた。


「私に言われて、ということが気に食わないのは判るが、リク殿の意思もんで結論を出せばよかろう」


 トヨはうつむいて、触れあっている二人の手を見つめた。


 神様としての自分、そうではない自分。

 自分がやりたいこと、自分が欲しいもの。


 トヨはしばらく黙ってそのままでいたが。


 覚悟を決めて話し始めた。


「・・・私は神様だから、リクは婿入りってことになる」

「うん」

「こういう言い方は正直好きじゃないんだけど」


 トヨは顔を上げた。

 耳まで赤く染まっていた。


「私に、もらわれてくれる、かな?」


 色々と考えた結果、結局それしか言葉は出てこなかった。


 リクに普通の人間として生きてもらいたいという思いは、確かにある。


 しかしそれ以上に、リクと一緒にいたいという気持ち。

 これからも共にあり続けたいと思う気持ちが。


 トヨの中で強く訴えてきていた。


「むしろ貰ってくれないと困るよ」


 ここでトヨに見放されたら、リクはそれこそどうしたら良いのかわからなくなる。

 リクの言葉に、トヨは恥ずかしそうに笑った。


「勝手な神様で、ごめんね」


 考えてみれば、リクのためと言いながら、トヨは勝手なことばかりやってきた。


 リクの蓋が取れたときから、リクの力に、存在に。

 すっかり頼り切って、甘えてしまっている。


 もっとも、神様なんてみんな勝手な存在なのかもしれないが。


 少なくとも、この件に関して、トヨは神様としてではなく。

 トヨ、として結論を出した。



「じゃあ、結婚しよう」



「トヨちゃん、直球だ」


 ユイが興奮して身を乗り出した。


「・・・だって、こんな急なハナシになるなんて思ってもいなかったし」


 トヨはミカゲの方を見ると、更に顔を赤くした。


「それに、そこのセクハラ上司のせいだと思うとホントにむかつくー!!」


 拝殿の中が、一同の笑い声で満たされた。




 春が来て、ミカゲの手によって、リクとトヨの祝言しゅうげんが稲荷神社で執り行われた。


 桜の花びらが舞う境内には、多くのモノたちや、近隣の神々がお祝いに駆け付けた。

 だが夏祭りや正月の時とは異なり、皆静かに、おごそかにトヨの結婚式を見守った。


 ミカゲが式を取り仕切り、リクはトヨと誓いの杯を交わした。

 白無垢しろむくを着て言葉数も少ないトヨは、いつもとはまるで別人だった。

 しかし、リクと目が合うと、少し悪戯っぽい笑顔を浮かべてみせてくる。

 それを見て、リクは安心した。


 ユイがトヨを盛んに綺麗だと褒めちぎり、最後には泣いていた。


 サキチは木の上から式を見守り、気が付いたときにはいなくなっていた。


 式はつつがなく終了し、晴れてリクとトヨが夫婦となったことをミカゲが宣言した。


(マカミ、どうも考えていたよりもずっと早く、私の想う未来は訪れてしまったようだ)


 花吹雪の向こうに、トヨはマカミとツバキの姿を見た気がした。


(貴方とツバキみたいに、私はなれるのかな)


 二人は笑顔でトヨに挨拶し。


(きっと、なれるよね)


 そのまま静かに消えていった。

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