幕間

気が無かった訳では無い。

 トヨと一緒に学校から神社に行くのも、だいぶ慣れてきた。


 トヨはリクを守っていると言うが、これでは学校帰りにトヨを神社まで送っているだけだ。

 そんなことを考えながら神社にやってくると、ユイが待っていた。


「リク、トヨちゃん、おかえりなさい」

「ただいま、ユイ。やー、今日も発見の連続だったよ」


 トヨは楽しそうに話し出した。

 もうすっかり普通の女子高生の様相ようそうだ。


「ちょっと着替えるね」


 そう言って、トヨは拝殿の奥に姿を消す。

 実際に脱いで着ているわけではないのだろうが、気分の問題、ということなのだろう。

 いつもの朱のはかま姿に戻ったトヨは、ふう、と息を吐いた。


「やっぱりいつもの格好の方が落ち着くね。制服ってなんだかちょっと息が詰まるというか」

「一応フォーマルだから」

「最初は物珍しかったんだけど、毎日着るのは大変だね。まあ、リクのためだから仕方ないけど」


 別に頼んだ覚えはないのだが、と、リクは心の中で抗議した。

 もう何を言っても無駄だし、余計なことを言えば泥沼にはまりかねない。


「トヨちゃん、ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな?」

「うん、なんだい?」

「ええっと、ちょっとね・・・」


 ユイはちらりとリクの方を見た。

 トヨはそれだけで察すると、小さくうなずいた。


「じゃあリク、今日はお疲れ様。サキチを護衛に付けるから、気を付けて帰るんだよ」

「ああ、お疲れ」


 学校に行って帰って来るだけで、最近は本当に体力を使う。

 まあ嫌なわけではない、というのが唯一の救いではあったが。

 そんなことを口にすれば、今度は何をされるのかわかったものでは無い。


「明日二限目体育だから、ジャージ忘れないでよ」

「わかってるよ」


 すっかり時間割まで把握されている。

 また明日、と手を振って。

 リクは稲荷神社を後にした。




 リクの姿が見えなくなるのを確認してから、トヨはユイの方に向き直った。


「さて、じゃあガールズトークかな」

「ごめんね。無理にリクを帰しちゃって」

「私とユイの仲じゃない。大丈夫。気にしないで」


 トヨは笑った。

 リクが力を失っていた間は、トヨの話し相手は主にユイだった。

 そう考えると、最近はリクの護衛をしていることもあって、こうして二人で話をするのは随分と久しぶりかもしれない。


「で、相談って?」


 ずいっとトヨは身を乗り出した。

 興味津々という感じだ。


「えっと、トヨちゃんって、リクと、その、付き合ってるん、だよね?」

「うん、私はそういうつもりだけど」


 トヨはハッとして身を引いた。


「え、ゴメン、ひょっとしてユイ、リクのこと」

「え?そうじゃないよ。それはない」


 ユイは真顔で否定した。


「・・・あんまりはっきり否定すると、それはそれでリクが可哀相かな・・・」

「でもリクとトヨちゃんの間に入るのはどう考えても無理そうなんだけど」


 今年に入ってからというものの、トヨは所構わずリクとくっついている印象がある。

 お付き合いが嬉しいのだとは思うが、見ているユイの方が赤面しそうになることもある。

 リクも明らかにまんざらではない様子で、口では色々言いながらも、強く否定したり拒絶したりすることはまずない。


 結果的にトヨのやりたい放題だ。


 こんなカップルの間に割って入るとか、ユイには想像もつかなかった。


「えーと、そういう話じゃなくてね」


 ユイは何とか話を元に戻そうとした。


「もうすぐバレンタインだから、トヨちゃんチョコレートどうするのかな、って」

「お・・・おう。そうだ、バレンタインか」


 トヨは天を仰いだ。


「そうだね、すっかり忘れてたよ。もうずっと他人事ひとごとだった」


 トヨの姿を見れる人間など、そもそもほとんど存在しない。

 バレンタインデーという風習自体は知っていたが、それが自分と関係するなどと、トヨは今まで考えたことすらなかった。


「トヨちゃん、今年はリクがいるんだから、少しは考えた方が良いかな」

「サキチはチョコ食べれないから、そういうものだと思っちゃってたよ」


 ははは、とトヨは投げやりに笑った。

 猫にとっては、チョコレートに含まれるテオブロミンが有害な物質となってしまう。

 それに、いくら普段世話になっているからといって、神様がバレンタインに猫にチョコをあげるというのはどうなのだろうか。


「とは言っても、どうしたもんかなぁ」


 トヨはうーん、と考え込んだ。


 実際の所トヨだけでチョコレートをどうにか出来るわけではない。

 自分で買ってくることも、材料を調達してくることも出来ない。

 何かしらはユイに頼むことになる。


「二人で、って事にしてもいいんだけど」


 一応、ユイはトヨと連名でリクに渡すつもりではいた。

 しかし、それはあくまで義理で考えているものであって。


「やっぱりトヨちゃんからのものを渡したいよね」


 トヨは濡れ縁の上にごろん、と横になった。


「はあ、神様とは言っても、こういう個人的な贈り物となると難しいな」

「何か作ることって出来ないの?」

「いや出来るとは思うんだけど、あんまり変なことをすると後で怒られるんだよね」


 神様の決まりで、私利私欲のための物質創造は禁止されている。

 以前おこなったシロの実体生成にしても、時間制限付きという条件があってようやく反則スレスレという認識だ。


「それに、今ただでさえ年賀状の件で目を付けられてるしさ・・・あのセクハラ上司に」

「トヨちゃん、ミカゲさんに当たりきついよね」


 少なくとも、トヨの中ではミカゲはバレンタインとは無縁の存在だ。


「だってあいつ・・・」


 トヨはそこで話すのを止めた。

 そして、何かを思いついて手を打った。


「あー・・・それだ」




 バレンタイン当日の朝。

 トヨはいつも通りにリクの家の玄関先で待っていた。

 玄関から出てきたリクに、トヨはにっこりと笑いかけた。


「おはよう、リク。色々考えたんだけど、やっぱり誰よりも先に、一番に渡したいかなって思って」


 小さな包みをリクに手渡した。


「これって」

「へへ、ハッピーバレンタイン」


 リクは包みを開けてみた。

 中には、桜の花をかたどった小さな和菓子が入っていた。


「チョコレートは準備出来なくてさ。こんなのなんだけど」

「トヨ・・・ありがとう」


 正直、リクはトヨから何かもらえるとは予想していなかった。

 クリスマスのときに、神社には関係ないと当初あまり乗り気ではなかったこともあり、すっかりスルーされるものだと思っていた。

 まあユイから義理で貰えるだろうくらいの気分でいたところだったので。

 本当に嬉しいサプライズだった。


 リクの笑顔を見て、トヨは満足そうにうなずいた。


「でも、リクはクラスの女子からチョコ貰ったりしないの?」

「無いよ・・・何しろずっと目立たなかったし」

「ああ・・・そうか・・・」


 視る力に蓋をした影響か、リクは春までは存在が薄くなっている状態だった。


「なんか、ゴメン。そんなに影響あるとは思ってなくてさ」

「いや、実際のところそんなものじゃないのかな。俺、自分にそんなモテる要素があるとも思えないし」


 リクは頭を掻いた。


「あ、でも中学の時、クラス全員に女子一同からってチョコが配られてたけど、俺、忘れられてた気がする・・・」

「なんか、ホントにゴメン・・・」


 結局学校で誰かがリクにチョコを渡すということは無く、トヨは嬉しいような、ちょっと寂しいような気持ちになった。




 放課後、神社でユイがトヨとの連名ということでリクにチョコを手渡した。


 その後、ユイがこっそりとトヨに耳打ちした。


「やっぱり、あれ、渡したの?」

「まあね、腐らせるよりは良いかなぁ、って」


 トヨがリクに渡した菓子は、実はミカゲがトヨに送ったものだった。


 ミカゲは神無月にトヨに会うたびに菓子やら何やらを持たせてくる。

 正直トヨはあまりそれをこころよくは思っておらず、かといって捨てるのも良い気持ちがしていなかった。


「ミカゲが自分で用意したものだし、それについて四の五の言われる筋合いはないよね」

「でも、それをリクにあげるっていうのは・・・」

「今年は、緊急避難というか。まあ、来年はちゃんと考えるよ」


 緊急避難で、別な男からの贈り物を掴まされたリクだったが、そうとは知らずに随分と喜んでいた。

 濡れ縁に腰かけて、小さな和菓子をじっと見て、嬉しそうに微笑んだりしている。


「トヨちゃん、そういう女子力は、ちょっと」

「来年は・・・ちゃんと考えるよ、うん」


 流石にトヨも気が引けてきたが、今更打ち明ける気にもなれなかった。



「そういえば、ユイは他に誰かチョコをあげる相手はいないのかい?」


 トヨに訊かれて、ユイはちょっと考える素振りをした。


「お兄ちゃんはこっちには帰ってこないし、お祖父ちゃんはあんまりチョコ好きじゃないみたいだし・・・」

「いや、そうじゃなくて」


 ふふっ、とユイは笑った。


「うーん、いない、かな」


 ちらり、とリクの方を見る。


 トヨに貰った和菓子を眺めているリク。


 多分、今ユイに一番近い男の子といえばリクなのだろう。

 ずっとその姿を見てきたわけでもあるし。

 気が無かった訳では無いのだが。


「私は年上の方が良いかな、って」


 神様のお気に入りに手を出したら、ばちが当たりそうだ。


「そうなのかい?」

「うーん、年下だと、どうしても気を張っちゃうというか、素直になれない気がして」

 本当に。


 素直になれそうにない。


 さっきリクに渡したチョコのことを思い出して。

 これくらいのイタズラは許されるよね、と。


 ユイは心の中で舌を出した。




「ただいま」


 リクが家に帰ってくると、ナオがニヤニヤしながら出迎えてきた。


「おっかえりー」

「・・・なんだよ。なんか楽しそうだけど」

「そりゃあ、ねえ」


 ナオはリクに向かってウィンクしてみせた。


「今までチョコゼロ生活が長かったリクにも、ついに春が来たかなって思うとさ」


 どうもナオはリクの知らない所で、ユイから何か聞いているらしい。

 裏で何を話しているのかは知らないが、大体の予想は付けられる。


「何言ってるんだよ」


 ナオに茶化ちゃかされると、リクの方はどんどん気分が盛り下がってくる。

 ため息をついて、リクはユイから貰ったチョコの入った袋を取り出した。


「これユイから。お母さんにもどうぞってさ」


 ナオは、ぱぁ、と顔を輝かせた。


「わぁー、流石ユイちゃん、気が利くわぁ。私、ユイちゃんも断然良い子だと思うんだけど」


 はいはい、とリクはその場を後にしようとした。

 ナオの相手をしている暇はない。

 さっさと部屋に帰って、トヨから貰った和菓子の写真を撮ろうと思っていた。


「・・・あれ?」


 袋から取り出した箱を見たナオが首をかしげた。


「ねえ、リク、このトヨって・・・」


 慌てて振り返ったときにはもう遅かった。



「そうかぁー、トヨちゃんかぁー、トヨちゃんって言うのかぁー」



 連名になっているとか、ユイがそんなことを言っていた気もした。

 しかしまさか箱にトヨの名前が書かれているとは。


 全く想像もしていなかったところから、ナオにトヨの存在がバレつつある。


 はしゃぐナオの姿を見て、リクはゲッソリとした。


(これ、いつまで言われ続けるんだろう・・・)


 真っ青になっているリクのことなどつゆ知らず、ナオは素直に喜んでいた。


「リクがモテて、母さん嬉しい」

「・・・もうやめてくれ・・・」


 ナオのテンションが上がる度に、リクのテンションはどんどん下がっていった。

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