神様だって永遠の存在じゃない。
一月も終わりに近づき、正月の
ユイもようやく正月の騒ぎの影響から回復し、境内の
トヨのわがままで、リクは近くのコンビニまで買い出しに出かけている。
リクが正式にトヨの氏子になって。
神社の雑事をリクと分担出来ると思っていたのだが。
どうやらその当てはすっかり外れてしまった。
現状、どちらかというとリクはトヨの個人的なお使いというか。
だらだらとしているトヨのお守りをする役割、という感じだった。
これだとあまり意味がないなぁ、とユイはいつも通りの作業をこなしながらため息をついた。
結局一人のまま掃除が一段落して、物置に道具を片付けているところで。
ユイの上に、ぬう、と影がかかった。
「そこの者、トヨウケビメノカミに仕える者とお見受けするが」
「ハイ、そうです・・・」
振り向いたユイの前には、壁がそそり立っていた。
これは何だろう、と視線を上げていくと。
そこには仰ぎ見るほどに巨大な、二本足で立つ牛に似たモノが
「ふわぁ」
驚いて、ユイは思わず変な声を漏らした。
訪ねてくるモノの対応も基本的にユイの仕事であるし、実際に今まで色々なモノが訪ねて来たことはあったが。
これは
ユイはしばらくぽかんと口を開けて、言葉もなく呆然としていた。
が、よくよく見ると、その巨体の背中に何者かがまたがっている。
何だろうとユイが目を
「すまんが取り次いでいただけるかな。イズモミカゲノオオカミが会いに来た、とな」
ユイの目の前に、ひらり、と。
紫色の
リクは肉まんの買い出しを終えて、稲荷神社に帰ってきた。
鳥居をくぐったところで、拝殿の横に恐ろしく大きい牛に似たモノがいるのを見てぎょっとした。
何事かと思って身構えたが、特に何か悪さをしている様子でもない。
大人しくしているところから、見た目こそ物凄いがトヨの客なのだろう。
それでも刺激すると何をするかわからなかったので、リクはそろそろと足音を忍ばせて拝殿に近付いた。
拝殿の戸の前まで来たが、巨大なモノは大人しくその場でじっとしている。
何なんだろう、とまじまじと眺めているところで、ユイが拝殿の中から顔を出した。
「・・・ただいま。ピザまん売り切れだった」
ユイの顔と、巨大なモノを交互に見ながら、リクはとりあえず報告した。
ユイは何とも言えない微妙な笑顔を浮かべた。
「おかえりなさい。えーっと、多分それどころじゃなくて」
ユイが言うには、イズモノミカゲノオオカミという神様がトヨを訪ねて来ている。
その神様は、どうやらトヨの上司にあたる神様らしい。
この大きなモノは、そのイズモノミカゲノオオカミの乗り物、ということだった。
「リクが帰ってきたら伝えて欲しいって言われてるんだけど・・・」
何やら奥歯に物が挟まった物言いのユイの言葉をさえぎって。
「リク、帰ってきたのかい?」
拝殿の中からトヨの声がした。
曖昧な表情のままのユイの脇を抜けて、リクは拝殿の中に入った。
いつもはトヨがいる上座に、若い男が座っている。
トヨはその男と、何やら不機嫌そうな顔で向かい合っていた。
その男が人ではないことは、気配ですぐに察することが出来た。
トヨとも異なり、何か強い力がみなぎっているのが感じられる。
神様、であることは確かなのだが、これが神格というものだろうかと、リクはぼんやりと考えた。
「やあ、君が三島リク君か」
若い男の神は、ニコニコしながらリクに声をかけてきた。
「私はイズモミカゲノオオカミ。君の所のトヨウケビメノカミの上司ってところかな。ミカゲで良いよ。よろしく」
軽い感じで、ミカゲはリクに握手を求めてきた。
はぁ、とリクは何気なくその手を握って。
そして、びくっ、と身体を震わせた。
ミカゲの手は、色白で、細くて、
実際には恐ろしく頑丈で、酷く冷たい。まるで金属で出来ているみたいだ。
驚いてミカゲの顔を見ると、先ほどまでの態度とはまるで違う、鋭い目線が絡んできた。
「ふうん、なるほどね。これは人の子としてはなかなかのものだ」
身動き出来ないでいるリクを見かねてか、トヨがわざとらしく咳払いした。
「ミカゲ様、リクをあまり脅かさないでいただきたい」
「いや、スマンね。最近はこんな力を持った人間は珍しくて。悪気はないんだ」
ぱっ、とミカゲは手を離した。
表情も
「あったら困ります。彼も私に仕える者なんですから、あまり妙なことはなさらないでください」
トヨの声は事務的だが、何処か
「リク、ユイとサキチも呼んでくれ。ミカゲ様からありがたいお話をいただけるということだからな」
この地域の猫のリーダーとして呼び出されたサキチは、すぐに神社にやって来て、拝殿の中に滑り込んできた。
狭い拝殿の中で、リクとユイはトヨの後ろに並んで座り、サキチは離れたところで丸くなった。
これだけの人数が拝殿の中にいることは初めてかもしれない。
一同をぐるっと眺め回すと、ミカゲは楽しそうに笑った。
「話に聞くトヨウケビメノカミに仕える者たちが見れて嬉しい。いや実に
「ミカゲ様、そういうのは良いんで。用があるからこんなところにまでいらしたんでしょう?」
トヨの視線は冷たい。
しかし、ミカゲはそんなことは全く気にしていなかった。
「つれないなぁ、トヨは。こうしてわざわざ訪ねて来たというのに」
「だから、なんでわざわざこんな所まで訪ねて来たのか、と聞いているのです」
トヨが声を荒げる。
リクは隣にいるユイにこっそりと話しかけた。
「仲悪いのかな?」
「うーん、逆に仲良い感じにも見えるけど」
喧嘩するほど仲が良い、ということなのだろうか。
「用向きは二つある」
ミカゲが居住まいを正した。
室内の空気がぴんと張り詰めた気がして、リクもユイもつられて背筋を伸ばした。
サキチはちらり、と片目を開けただけだった。
「一つは、今しがた終えた。三島リク殿、そなたのことだ」
急に名前を呼ばれて、リクは驚いた。
「去年まで
「ああー、年賀状・・・」
リクとユイは
サキチは大きくアクビすると、再び両目を閉じてしまった。
「良いじゃないですか別に。個人的な問題ですよ。プライバシーですよ。セクハラ上司」
トヨはミカゲの方を見ずに、あさっての方向に文句を吐いた。
「そう思うのなら、もう少し良く考えて文書はしたためるものだ」
ミカゲの言葉を聞いて、トヨはむっとした顔で黙り込んだ。
「まあ事の
ミカゲはそこで表情を曇らせた。
「お前には前科があるからな」
忌み地のことだろう。
ヨウシュウのことを言われてどう思うだろうかと、リクはトヨの様子を
トヨはふくれっ面でそっぽを向いているだけだった。
「とりあえずこれは良しとしよう。三島リク殿、そなたはよくこのトヨウケビメノカミに仕えてくれている」
「はあ」
なんと言って良いのかわからず、リクは曖昧な返事をした。
「私からも頼む。これからもトヨの良き力となってやってくれ」
ミカゲに頭を下げられて、リクは更に驚いた。
トヨの上司ということは、より神格が高い神ということになるだろう。
さっき手を握った感じからもわかるが、このミカゲという神様は相当な力を持っている。
まさかそんな存在に頭を下げられるとは予想だにせず。
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
リクは慌てて深く頭を下げた。
何を思ったのか、ミカゲはリクのそんな態度を見て、ふっと目尻を下げた。
「さて、用向きはもう一つ。こちらはトヨウケビメノカミ、というかトヨに個人的なお知らせだ」
「はいはい、なんですか」
まだ機嫌が直らないらしく、トヨはミカゲの方を見ないで応えた。
やれやれという感じで、ミカゲは話を続けた。
「オオクチノマガミ、
その話を聞いた途端、トヨの顔から表情が消えた。
ゆっくりとミカゲの方に向き直る。
「マカミ殿が」
「そうだ。前回の神無月の集まりも欠席しておったが、もう力を無くしておられていたのであろう」
ミカゲの顔に、
「改めに行ったものから報告があった。もう、かの神はおらぬ。消えてしまわれた」
ミカゲの言葉を、トヨは黙って噛みしめていた。
「最後にマカミ殿の姿を見たのはどれだけ前であったか、もう思い出せぬほどよの」
遠い記憶を
「トヨ、マカミ殿とそなたは特に
トヨに視線を戻し、じっと何かに耐えているその姿を見て。
ミカゲは静かに目を閉じた。
「・・・残念なことだ」
トヨは何も応えなかった。
ただ、黙って拝殿の床を見つめていた。
用向きを済ませると、ミカゲは大きなモノに乗って早々に立ち去って行った。
その背中を見送りながら、トヨがぽつぽつと語った。
「オオクチノマガミ殿はね、私がまだ駆け出しの神様だったころに、とても良くしてくださったんだ」
オオクチノマガミは力の強い神であり、他の神からの信頼も厚かった。
だが、その
強かった力も徐々に衰えていき。
近年では神無月の集会にも姿を見せなくなっていたという。
「いよいよかと思っていたんだが・・・いざとなるとつらいものだな」
トヨはリクの手を握った。
「リク、神様だって永遠の存在じゃないんだ」
以前、トヨは自分を支えるものがある限り、トヨの存在が消えることは無いと言った。
しかしそれは、裏を返せば、トヨを支えるものがいなくなったそのときには。
トヨは存在することが出来なくなる、ということを意味する。
「神様なんて、誰も必要としてくれなければ、存在すること自体が許されないんだ」
ひととき、どんなに強い力を
どんなに栄華を極めたとしても。
必要とされなければ、誰にも認められなければ。
消えるしか、ない。
トヨの沈んだ様子を見て、リクはトヨの手を強く握り返した。
「・・・なんだ。なら、少なくともトヨはまだ消えたりはしないじゃないか」
その言葉に驚いて、トヨはリクの顔を見つめた。
「俺も、ユイも、サキチも、トヨのことを必要としてる。トヨを支えている」
リクはトヨという存在を支えるもの、かみさまクラスタの一員だ。
ユイも、サキチも。
他にも多くのものたちが、今のトヨの存在を支えている。
トヨにいてほしいと、願っている。
「大丈夫だ、トヨ」
力強いリクの言葉に。
トヨの顔が、少しずつほぐれて。
花が咲いたような笑顔になった。
「ありがとう、リク」
トヨはリクの手から伝わる熱を感じた。
自分を支えてくれる、確かな気持ち。
それがある限り、トヨはまだ自分が消えることはないと。
明るい未来が待っていると、そう信じることが出来た。
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