Star!! Hinako side(3)
なお美の部屋でインスタントラーメンをすすりながら、日菜子は待っていた。すでに夜9時を過ぎている。夕方に部屋に戻ってから、小泉ともが迷惑をかけたアニメ関係者への謝罪について相談に乗ってくれていたが、8時過ぎには彼女も帰っていった。与謝野と咲月は日菜子の両親との話し合い後、このなお美のマンションに来ることになっている。電話の一本くらいくれても良さそうなものだが、話が長引いてそんなことができる状況ではないのかもしれない。ラーメンを食べ終えたらこちらから連絡してみようか。
スープを飲みながらそんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。おそらく与謝野達だろう。
「はいはい」
つい声を出しながら日菜子は玄関へ向かい、ドアを開けた。咲月が立っているのは想像通りだったが、与謝野はいなかった。
「お疲れ。咲月ちゃんだけ?」
「ああ、与謝野さんには帰ってもらったわ。悪いけど今晩ここに泊めてんか。羽後さんはOKしてくれてるんで。先に寮に寄ってもらって、お泊りセットも持ってきたし」
「もちろん!」
「やったー。そいじゃ、おじゃましまーす」
二人は部屋に上がった。咲月は食べかけのインスタントラーメンを見て、
「あんたまたこんなもんばかり食べてー。体に良くないで」
「ママみたいだね」
日菜子は笑った。
「私、今までほとんどこういうの食べたことなかったからさ。体のことがあるから仕方が無いんだけど。なお美さんと入れ替わったらすっかりハマっちゃって。もしライブで元の体にうまく戻れたら、もう食べることないかも……なんて思ったら、つい」
「そっか……。座ってええ?」
話を変えるように咲月が言った。
「いいよいいよ。私が言うのもなんだけど」
二人はソファに並んで座った。
「あ、飲み物いる?」
「ええよええよ、お構いなく。……それじゃ、単刀直入に話そか」
日菜子は息を呑み、咲月を見つめた。咲月の次の言葉を待つ。
「ひなこのご両親は、ハニハニがライブに出ることについてOKしてくれました」
日菜子は大きく息を吐いた。
「良かったぁ……」
「言っとくけど、二人ともひなこの体を心配して相当反対してたんやからな。険悪な雰囲気にもなったし、最終的に許してはくれたけど、しぶしぶって感じやで」
「……うん」
「きっと羽後さんが本気でひなこの気持ちになって説得したから、二人とも折れてくれたんやと思う。すごい芝居……いや、芝居と言ってええんかな、あれは。よくわからん。あの人、歳は上やけどうちと同じくらいの芸歴やから、なんとなく刺激受けたわ」
「そうなんだ……」
なお美の様子は想像するしかない。それでも、なお美ならきっと日菜子自身の気持ちそのままに表現してくれたのではないか。そんな確信が持てた。
「で、その後うちは与謝野さんに車で送ってもらったんやけど、途中で与謝野さんに告白してやった」
「そう。……えっ。えええええええええええっ!」
「そんで、丁重にお断りされた」
日菜子は混乱した。
「どっ……! なっ……! ええええっ!」
「おうおう、パニクっとるパニクっとる」
「だって、そりゃ、ねえ!」
咲月は戸惑っている日菜子の様子を見て楽しそうに笑った。
「話せば長くなるから、ラーメン先に食べな。のびてまうで」
「う、うん」
取り乱しながら、日菜子はラーメンのために立ち上がり、歩いた。食べた。戻ってきた。再び座った。
「早いな!」
「話が気になって……」
「ははは。さて、どこから話したもんかなあ」
咲月は少し考え込む。
「そもそも、与謝野さんに告白ってどういうことなの! 好きだったの?」
「えっ、気が付いてなかったん? そっちがびっくりやわ!」
「わかんないよ、そんなのー!」
デビュー前の準備期間から含めると約3年を咲月と与謝野とともに過ごしてきたが、全く思いもしなかった。やはり自分に経験が無いからだろうか……と日菜子は思う。
「どうも、ひなこと入れ替わってる間に羽後さんは気が付いたみたいなんやけどね。その辺は年の功やな」
あっけらかんと咲月は言う。
「い、いつから?」
「んー、1年前くらいかな。自覚したんはね。自分でもよくわからんけど、芸能界に入って初めて、信頼できる大人に会えたって思ったからかな。それで、なんとなく」
咲月は5歳の頃から子役として活動していたが、小学5年生の時に一度芸能界から引退している。詳しく聞いたことは無いが、いろいろあったのだろうと思う。
「アイドルがマネージャー相手にってどうやねんとか、ハニハニとして最後のライブに向けて大変になるのにええんか、とか自分でも考えたんやけどね。でも、こんな時やからこそスッキリしとこうと思った。与謝野さんには迷惑やったやろうけど」
「そんなこと……」
「盛大にフラれましたわー。『お前のことはアイドルとしてしか見られない』って、クソまじめに。けどまあ、そりゃそうなんやけどね。よく考えたら、うちに告られてホイホイ乗っかってくるような人間やったら好きになってへんし。もう、戦いが始まる前から負けることが決まっとったんやんか、ねえ。あんなおっさんには……うちみたいな若い子より……おば、おばさんが……お似合いやで……」
咲月の声が震えている。日菜子は何も言わず、咲月を抱きしめた。
「ごめんな、ひなこ。ひなこの方がずっと大変やのにな……」
「いいよ、そんなの。今は咲月ちゃんが辛いんだから、こうしてあげたい」
子どものようにしゃくりあげて泣くパートナーの体温を感じながら、日菜子はささやいた。
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