Star!! Naomi side(2)

「あなたの帰りを待ってます ふろふき大根茹でながら~♪」

 気持ちよく歌い終えたなお美を、席に座る咲月は冷めた目で見てくる。

「なによう咲月ちゃん、もっと何か反応してよう。せめて拍手くらい」

「ひなこの姿でド演歌を歌われてもリアクションに困るんですよ」

 そう言うと咲月はコーラに口をつけた。すでに『日菜子』の中身を知った咲月とカラオケ店の個室に二人きりである。室内の微妙な空気になお美も困っていた。


 『西村日菜子』が退院して3日が経過していた。日常生活に問題は無いものの、芸能活動は両親の意向もあり休止している。今後の活動をどうするのか、各メディアへどう発表するのか。問題は山積みだった。とりあえずはなお美が『日菜子』として「少なくとも1ヶ月は休みたい」と主張し、事務所も両親も合意の上でそのことをマスコミに発表、結論を先延ばしにしている状態である。

 そして与謝野の提案で、人格入れ替わりを知るなお美と日菜子、与謝野、咲月の話し合いの場を設けることになった。それが今日、この場なのだ。日菜子から東京へ戻ったことの報告を受け、それからも連絡を取り合ってはいるが、直接顔を合わせるのは東京を去った日以来初めてのことだ。楽しみでもあり、気恥ずかしくもあった。

「まだ来ぉへんのですかね、ひなこは」

 咲月がつぶやく。『日菜子』の正体を打ち明けてから、彼女はなお美に敬語を使うようになった。

「与謝野さんと話し込んでるんじゃないのかねえ。積もる話もあるだろうし」

 日菜子から少し遅れるという連絡があり、店にはなお美と与謝野、咲月の三人で入った。その後、最寄りの駅には着いたが店の場所がよくわからないという電話が日菜子から入り、与謝野が迎えに行ったのだった。

「羽後さんの姿をしとっても、ひなこなんですよね……」

「そうだね」

「どんな顔をしたらええかわかりませんよ。うち自身、まだ半信半疑なところがありますし」

「無理もないと思うよ、そりゃ」

 『日菜子』が本物ではないことを見抜いた咲月でも、病室でなお美が事実を告げた直後は少し混乱しているようだった。与謝野と二人がかりで説明し、ようやくある程度冷静になったというところである。

「お待たせしました」

 そう言いながら与謝野が部屋に入ってきたので、なお美と咲月は立ち上がった。続けて、『なお美』の姿をした日菜子が入ってくる。その表情は少し緊張していたようだったが、

「ひなこちゃん!」

「なお美さん……」

 なお美と目が合うと、顔をほころばせて小走りに近付いてきた。そして今度は神妙な表情で頭を下げてくる。

「ご迷惑をおかけしました、本当に……」

「いいっていいって、もう」

 メールや電話でも何度も謝られている。なお美としても、日菜子の身の上を知ると責める気にはなれなかった。

「ひなこ、なんやな」

 咲月が恐る恐るといった様子で日菜子に声をかける。

「咲月ちゃん……全部聞いたんだよね」

「うん。……お帰り、ひなこ」

「うん、うん……ただいま」

 ごく自然に二人は手を繋いだ。あんなことを言っていたが、咲月は落ち着いて人格入れ替わりを受け入れているようになお美には感じられた。

 ふと与謝野の方を見ると、彼も微笑を浮かべていた。マネージャーとしてハニハニの再会はやはり思うところがあるのだろう。なお美の視線に気付いたのか、やがて与謝野もなお美の方を向き、

「羽後さん、実はもう一人ゲストがいるんです」

「え?」

「おお、本物のハニハニだ……!」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは、小泉ともだった。


「なお美さんになった私がアフレコ現場から逃げ出したせいで、なお美さんの立場が悪くなってしまったじゃないですか。せめて迷惑をかけた方たちに謝ろうと思ったんですけど、なお美さんは入院されてましたし、私が単独でアニメ関係者の方々とコンタクトを取っても、ボロが出ちゃいそうだし、どうしようかと思って……。それで与謝野さんに相談したんです」

 日菜子の言葉を受けて、与謝野が続ける。

「『羽後なお美』になった日菜子に必要なのは、業界の中の協力者だと考えたんです。『西村日菜子』になった羽後さんには私や咲月がいるようにね。それで、羽後さんと仲が良く、日菜子が逃げ出した場にもいた小泉さんに連絡して、事情を打ち明けたんです。当然、頭がおかしい人だと最初は思われたようでしたが、なんとか説得してここまで来てもらいました」

 二人が状況を説明している間も、ともは『日菜子』の姿をしたなお美をじろじろと観察してきた。まだ疑っているようだ。

「やっぱりね、まだ信じられませんよ。そりゃ本物のハニハニがこの場にいるんですから、只事じゃないというのはわかりますけど。こちらのひなこちゃんの中身がウゴウゴだっていうんでしょう? それこそアニメじゃあるまいし……」

 なお美は腕を組み、親友を手っ取り早く納得させる方法を考えた。

「ねえ、ひなこちゃん」

 声を張って日菜子に問いかける。

「『小泉とも 三股をかけられていたことを知ったショックにより友人のバイト先のファミレスで24時間ノンストップ飲酒事件』と『小泉とも 打ち上げでセクハラ原作者に怒りのシャイニングウィザード事件』、どっちの話が聞きたい?」

「そこまでにしてくれウゴウゴー!」

 ともが叫んだ。


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