Star!! Hinako side(1)
なお美への電話を切った後、日菜子は大きく深呼吸した。
幼い自分が書いたファンレターを読んで、湧き上がってきたものを抑えきれなかった。目の前の霧が晴れたような気分だった。
(ここに来て良かった。だけど、すぐにでも帰らなければいけない。私が今いるべきはここじゃない)
東京に帰り、なお美や与謝野と一緒に元の体に戻る方法を考える。それが最優先事項だ。日菜子は涙を拭うとすぐに準備を整え、階段を駆け下りた。
居間ではなお美の母と、いつの間にか帰宅していた博人がくつろいでいた。
「あら、なお美」
「どしたん姉ちゃん、そんなに慌てて」
「これから東京に帰る!」
「はあっ? さっき来たばっかりやんか!」
博人が素っ頓狂な声をあげる。それも当然だと日菜子は思った。一方で、なお美の母は微笑を浮かべていた。
結局、再び博人に車で駅まで送ってもらうことになった。玄関先までなお美の母親が見送ってくれる。
「ファンレター、読んで良かったやろ?」
「……うん、本当に良かった。ありがとうね」
日菜子がなお美に出したファンレターを彼女がしっかり保管し、読ませてくれたからこそ、日菜子は自分を取り戻せた。いくら感謝しても足りない。
「声優、続けるんやろ」
なお美の母の言葉で、日菜子ははっとした。自分が突然実家に帰ってきて、落ち込んでいる様子だったらファンレターを読ませてほしいとなお美はあらかじめ母に伝えていた。きっとなお美も不安を覚えるときがあるのだ、声優を続けることに。そんな自分を奮い立たせるためのお願いだ。母もそれを理解しているのだろう。そして、それは結果的に日菜子の目を覚まさせるきっかけになった……。
「続けるよ、もちろん」
日菜子は力強く言った。なお美の母が大きくうなずく。クラクションの音が聞こえてきた。
「よし、じゃあ行ってくるよ、お母さん!」
「うん、気を付けてね」
日菜子は車に向かおうとしたが、すぐに立ち止まった。
もう、この人と会うことも無いかもしれない。少なくとも『なお美』としてなお美の母親と会う気はもう日菜子には無い。『なお美』としてこの人の娘として生きるのも、それはそれで幸せなのだろうと今でも日菜子は思う。だけど日菜子は日菜子でいようと決めたのだ。そうせずにはいられないのだ。
振り返って、なお美の母に抱きついた。
「な、なに?」
目を丸くする彼女にささやく。
「元気でね、お母さん。ずっと元気でいてね……」
半日にも満たない間だったけれど、ろくに会話もしていないけれど、彼女と親子でいられて幸せだったと日菜子は思った。
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