Star!! Naomi side(1)
咲月に対して返事ができるようになるまで、1分は沈黙が続いたように思う。
「や、やだなあ。何言ってるの、咲月ちゃん。意味がよくわからないよ。私は西村日菜子だよ」
そう言いながら、なお美は自分の話し方も反応も不自然であることを痛感する。
「……めっちゃ目ぇ泳いどるやん」
咲月が真顔に戻った。
「うち自身、確信は持ってへんかったからな。鎌をかけてみたんや。できるだけ不意を突く形でな。図星やったみたいやな」
咲月は冷静なようだ。彼女の顔をまっすぐ見られず、なお美は下を向いた。なぜ気がついた? そうたずねたかったが、質問した時点で自分が日菜子ではないことを認めることになる。どうする? どうすればいい?
咲月はそんななお美の心理を見透かしたかのように、
「なんでわかったのかとでも言いたそうやな。一言で表現すると、女の勘っていうことになるんかな。ここ最近のあんたからは、うちと同類のにおいがしたんや。ひなことして不自然ではなかったけれども、違和感は拭えんかった。なにか芝居しているような、そんな感じ。うち自身が5歳のころから役者やっとるからかな。ほとんどキャラも作らず素のままでアイドルやっとったひなことはちゃう人間やって、感覚的になんとなく思った」
確かになお美が演じてきた『日菜子』はしょせんモノマネだ。だが、姿と声は紛れもなく日菜子自身のものなのだ。なんとなく、でわかるものなのか……。
「それと!」
咲月の声のトーンが上がる。
「与謝野さんの様子が前とちゃうってことはあんたが倒れた日に話したけど、あんた自身の与謝野さんに対する態度も、それまでと変わったように感じとった。単なるマネージャーを見る目とちゃうかった。ほとんど男に興味あらへんひなこやったら考えられん! そこが一番のポイントかもな」
なお美は吹き出した。
「それって、咲月ちゃんも与謝野さんを相当気にしてるからわかるってことだよね」
追い込まれているはずなのに、つい口に出してしまう。
「う、うるさいわっ! 聞いてるんはこっち!」
咲月は顔を赤くして、
「とにかく! あんた何者や? ただのそっくりさんっちゅうレベルではなさそうやし、生き別れの双子とか? 誰かと中身が入れ替わったとか? それとも宇宙人とか? ……言うててアホらしいけど」
「……」
(その中に正解があるんですけど!)
そう言ってしまいたかったが、なお美はまだ決心がつかなかった。咲月に打ち明けてよいものか。彼女はなお美の味方になってくれるのか。あくまでしらを切り通し、『日菜子』として振る舞った方が無難ではないか……?
「なんとか言うてんか」
黙り込むなお美を、咲月がにらんでくる。
「え、ええと……」
なお美が困り果てたその時、枕元に置いてあった携帯電話が振動した。
「ちょっとごめん」
助かった。そう思い携帯電話を手に取ったなお美は、画面に表示されている名前を見て息を呑んだ。『羽後なお美』と表示されていた。つまり、昨日から連絡がつかなかった日菜子の方から、なお美に電話をかけてきている!
「電話に出てる場合じゃ……」
そう言いかけた咲月に向かって、なお美は叫んだ。
「ごめん、咲月ちゃん! あたしは今、この電話に出なきゃいけない! じゃないと、絶対に後悔する! この電話だけ、お願い! 終わったら、必ず事情は説明するから!」
「……好きにしぃ」
なお美の勢いに圧倒されたのか、咲月は気が抜けたような声で答えた。
「ありがとう」
咲月に礼を言い、なお美は電話に出た。
「もしもし?」
『……なお美さんですか』
電話の向こうからなお美の声が聞こえてくる。なお美の声ということは、間違いなく日菜子だ。
「今、どこにいるの?」
『なお美さんの実家です』
「ええっ? なんでまたそんな所に」
『いろいろあって、すいません。後で説明します。……なお美さん』
「うん」
『私は卑怯でした』
ポツリと日菜子が言う。なお美は黙っていた。日菜子が続ける。
『なお美さんのお仕事からも逃げて、自分からも逃げて、なお美さんとして生きようとしていました。でも、わかったんです。私の夢も希望も絶望も、成功も失敗も、過去も未来も、病気の体だって、全部が私の、私だけのものなんです。なお美さんに押しつけちゃだめなんですっ! 渡したくないですっ! どんなに苦しくても、私は私として生きたいです。戻りたい。西村日菜子に戻りたいっ!』
ああ、これはあたしだ。日菜子の言葉であることを頭では理解しながらも、なお美の声で聞こえてくるからか、そう感じた。これは、日菜子だけの言葉ではない。あたし自身があたしに語っている言葉でもある。
『やっぱり、逃げちゃダメなんです。いや、例えどんなに逃げても、結局は逃げられないんです。私はどうやったって私で、なお美さんと入れ替わったとしてもそれは変わらないんです。だから、戦います。私は、私として、私と戦います!』
「……うん、うん」
次第に涙声になってきた日菜子に対して、なお美は心から相槌を打った。
『なお美さん、本当にごめんなさい。とんでもないご迷惑をおかけしました。謝って済むことじゃありませんけど、ごめんなさい! 私にできることなら何でもします!』
「そんなのはいいよ。今はとにかく、戻ってきなさい。それからゆっくり、みんなで考えよう。これからのことを」
『はい!』
「帰っておいで。お母さんと博人によろしくね」
『はい、お二人にはお世話になりました。よし、じゃあ私すぐに帰ります! 待っててください!』
元気な声の後、電話は切れた。なお美はしばらく携帯電話を見つめていたが、
「ふふ……ははは、ははははははははっ!」
こみあげる笑いを抑えきれなかった。咲月がぎょっとする。
「あはははははははははははっ! はははははははははっ……。はあ、笑いすぎて涙が出てきた」
心が決まってみれば、全く単純で当然で正当な結論だったのだ。何が『悲劇のアイドルとして一生を終えるのもいい』だ、ばかばかしい。
「ちょっと、大丈夫なんか、あんた」
咲月が怯えた表情でなお美を見てくる。
「ああ、ごめんごめん。そりゃびっくりするよね。よーし、もうオーケーだよ咲月ちゃん。聞いて、さあ聞いて。あたしが何者なのか、早く聞いて!」
「ええー……。なんかキモいで、あんた」
直前までの様子からは考えられないくらいテンションが上がっているなお美に、咲月はドン引きである。
「キモいとかひどい! さあ、いいからいいから! 『あんた誰や?』ってあたしに聞くんだ咲月ちゃん! カモンカモン!」
咲月はあきらめた様子で、
「なんか前フリを要求されとるな……もうええわ。……あんた誰や?」
なお美は猛烈な勢いでベッドの上に立ち上がり、咲月を指差した。
「ひっ!」
驚く咲月に対し、なお美は宣言する。
「ひなこちゃんの姿をしておりますが、お察しの通りあたしはひなこちゃんではございません! あたしは! 声優で! 32歳で! 独身の! 羽後なお美じゃーいっ!」
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