迷走Mind Naomi side(4)
なお美の意識は少しずつ覚醒した。なにか、長い夢を見ていたような気がする。はっきりとは思い出せないが……。
周囲を見渡すと、昨日と同じ病室だ。日菜子と入れ替わってから、毎朝目が覚めると体が元に戻っていないかわずかに期待しているが、そううまくはいかないようだった。
「あら日菜子、おはよう。目が覚めた?」
日菜子の母親が病室へやってきた。
「おはよう、ママ」
「気分はどう?」
「うん、悪くは無いよ。……ねえ、ママ。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
倒れてから一夜が明け、気になることがあったので、日菜子の母親へ頼むことにした。
「やっぱり話題になっているみたいですね、あたしが倒れたこと」
ベッドの上で日菜子の母親に買ってきてもらったスポーツ新聞を眺めながら、なお美は与謝野に話しかけた。『ハニハニ西村日菜子 体調不良で休養へ』という記事が芸能欄の中でそれなりのスペースを割かれて載っている。心臓の病気については伏せられていた。
「日菜子の姿で堂々とスポーツ紙を読まれると、なんか違和感があるなあ。普段そんなの読まないし」
椅子に座る与謝野が苦笑した。
「テレビやネットではどんな感じなんですか。やっぱり話題になってます?」
「テレビの芸能ニュースでは大きく取り上げられていますね。ネットは見ていませんが、ファンが心配してくれているだろうことは想像つきますよ。……事務所が叩かれていることもね」
与謝野が肩を落とす。
「露骨にへこまないでくださいよ。こっちまで気が滅入るから」
なお美は冗談めかして言った。
時刻は午後2時を過ぎていた。朝から日菜子の母親が付き添ってくれていたが、一日中張り付いているわけにもいかない。なお美の体調が安定してきたこともあり、昼過ぎに与謝野がやってくると母親はいったん帰宅した。与謝野と二人になった時だけ、なお美は『なお美』でいられる。入院している状況では、貴重な時間だ。
「でも与謝野さん、こんなところにいていいんですか。咲月ちゃんの仕事もあるだろうに」
「外されました。今は代わりのマネージャーが咲月についていますよ」
「あら」
咲月はさびしいのではないか、となお美は思った。
「『日菜子』の体調管理に失敗したペナルティが半分、事務所から『日菜子』に誰かつけるとしたら私しかいないというのが半分でしょうかね。一週間程度で退院できると先生はおっしゃっていましたし、とりあえず毎日来ますよ。……現状、他に仕事が無いもので」
「も、もしかして、責任取らされてクビになったりします?」
「わかりません。事務所に非常に居づらいのは確かですが。それよりも、私自身の気持ちがわかりません。これからも芸能の世界にいたいのかどうか……」
与謝野は言葉を詰まらせた。
「……」
なんと声をかけていいかわからない。
「な、なんかすいません。一番大変なのは羽後さんだっていうのに」
「いえ……」
「……」
「……」
沈黙が気まずい。
「羽後さん、眠ったらどうです? 私は外にいますから……」
そう言って与謝野が椅子から立ち上がろうとする。反射的に、なお美は与謝野の服を掴んでいた。与謝野が驚いた顔でなお美を見てくる。当のなお美自身、自分の行動に驚いていた。動揺を抑えながら、
「ええと、その、話をしましょう。せっかくあたしが『羽後なお美』でいられるんだから」
「……そうですね」
与謝野は微笑んで、再び椅子に腰を下ろした。
「じゃあ、羽後さんの話を聞かせてください。あなたのこれまでの人生の話を。無理せず、ゆっくりでいいですから」
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