迷走Mind Hinako side(3)

 西村日菜子が自分の病気について両親から知らされたのは、9歳の誕生日のことだった。それまでも、ろくに学校に行けないことについて両親に質問することはあった。しかし日菜子が幼いからか、まともに答えてくれることは無かった。だから日菜子も自分の体について不安に思っても深く考えないようにしていたのだが、誕生日をきっかけに神妙な顔をした父親から話を切り出された。

「いいか、日菜子。日菜子は強い子だって、何があっても負けない子だって信じているから、お父さんとお母さんは全部話すんだ。どんなに辛くても、受け止めてほしい」

 自宅のリビングで、父親はそう言った。隣に座る母親が震えているのがわかった。日菜子の目をまっすぐ見つめながら、父親は落ち着いた調子で丁寧にわかりやすく説明してくれた。

 

 日菜子が心臓の病気であること。

 激しい運動は文字通り命取りであり、安静にしているのが一番大事であること。

 大人になるまで生きられない可能性もあること。

 たとえ大人になっても病気とは付き合っていかねばならないこと。

 体への負担を考えると、将来的に子どもを産むこともできないこと。


 父親が話を終えると同時に、母親が日菜子を抱きしめてきた。

「ごめんね、日菜子! 丈夫な体に産んであげられなくて、ごめんねぇ……」

 声をあげて泣く母親の体温を感じながら、日菜子は「そんなに泣かれたらこっちが泣けなくて困る」と思ったが、黙っていた。


 それから日菜子は、何のために生きるのか常に考えながら日々を送るようになった。死ぬのは怖いし、自分が死んだら家族が悲しむ。だから少しでも長く生きてやろうという気持ちはある。しかし、それだけでいいのか。何かもっと、日菜子自身が前向きに生きるための道標になるものはないのだろうか。

 その何かを探して、日菜子はひたすら小説を読んだ。漫画を読んだ。テレビを、ドラマを、映画を、アニメを見た。子供向けから大人向け、流行りのものから古いものまで、とにかく片っ端から味わった。

 普通の生活が送れない日菜子にとって、フィクションの世界は楽しくもあり、空しくもあった。当てのない旅を続けるようなものだ。日菜子が求める何かは永遠に見つからないのではないか。不意にそんな不安に襲われることもあった。でも、それでいいのではないかとも日菜子は思うのだった。こうしてずっとフィクションの世界を漂っているのも悪くないのかもしれない。現実の世界は辛いことばかりだ。

 殺人事件や自殺のニュースを目にするたび無性に腹が立った。なぜ簡単に他人の命を奪い、自分の命を捨てるのか。

(だったら、その命ちょうだいよ。私にっ!)

 胸の痛みに耐え、乱れた呼吸を整えながら、日菜子は顔も知らない人間たちを呪わずにはいられなかった。


 『魔法の歌姫 リズメロディ』の放送が始まったのは、そんな時だった。

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