迷走Mind Naomi side(2)
夜8時過ぎ、与謝野からの連絡を受けた日菜子の両親が病院へやってきた。
「日菜子!」
ベッドの上で体を起こしていたなお美は、日菜子の母親に抱きしめられた。
「大丈夫なの? 寝ていなくていいの?」
「うん、本当に。安静にさえしていればいいって、先生が」
「良かった……」
母親の目に涙が浮かんでいる。
「もう、アイドルの仕事なんてやめちゃいなさい! ずっとパパとママと一緒にいましょう。そうしましょう! ね?」
「それは……」
日菜子の母親はかなり感情的になっているようだ。状況的には当然かもしれないが……。なお美は困って、やや離れた位置で立っている日菜子の父親と与謝野を見た。二人はなお美の視線に気がつくと、顔を見合わせる。やがて日菜子の父親が口を開いた。
「
「でも」
「とにかく今は日菜子をゆっくり休ませてあげよう」
「それは……そうね……」
母親は落ち着きを取り戻したようだった。
「外で先生や社長を待たせています。そちらで先生から説明していただいたうえで、今後について軽くお話をさせてください」
与謝野が極めて事務的に言った。両親がうなずく。
「じゃあね、日菜子。また来るからね」
「うん」
なお美が笑顔を見せると、日菜子の母親は安心したようだった。両親と与謝野が部屋を出て行き一人になると、なお美は横になった。
なお美本人は、医者から体についてすでに説明を受けている。与謝野から簡単に聞いていた通り、大事は無いそうだ。ただ、入念な検査は必要になるので、すぐに仕事に復帰などということは禁止された。もし復帰するならば、長期間じっくり休み、体調を整えたうえでないととてもOKは出せないという。さらに復帰したとしても、現在より仕事量を減らすことが絶対に必要になる、と念を押された。
なお美自身、日菜子の体が重い心臓病を抱えているということを知り、まだ頭の中を整理できていなかった。今後のアイドル活動のこともそうだが、もっと根本的なところだ。
何者として生きるか、という問題である。
日菜子には『なお美』として生きると宣言されてしまった。連絡もつかない。与謝野は頭が冷えればいずれ日菜子も戻ってくるだろうと言っていたが、それは楽観的なのではないかとなお美には感じられた。
もし日菜子がこのまま行方をくらませれば、奇跡が起こらない限りなお美は『日菜子』の体で生きていくしかない。いや、日菜子が戻ってきたとしても、体が元に戻る保証はどこにもない。そもそも……お互いが元の体に戻るべきなのだろうか? そんな疑問がなお美の中で渦巻いていた。
どうにかして話し合い、お互いが元の体に戻るよう試みるべきだと頭では理解している。日菜子は日菜子として、なお美はなお美として生きる。今までなお美が接してきた人格入れ替わりの物語も、全て元の体に戻るという結末を迎えていた気がする。それが健全に違いない。
だが、なお美は日菜子の言葉が忘れられなかった。
『なお美さんが倒れたと聞いたとき思ったんです。このために入れ替わったんじゃないかって。神様がくれたチャンスは、この健康な体そのものなんじゃないかって』
神様が日菜子に与えたのが『なお美』の健康な体であるとするならば、なお美に『日菜子』の病弱な体を与えたのは何故だろうか。なお美は思い出す。
(あの時、あたしは死にたいと思っていた……)
人格が入れ替わる直前、与謝野から日菜子がアニメ映画に主演するという話を聞いたのだ。仕事が徐々に減り先行きが見えない不安と毎日戦っていた中で、若いアイドルが声優の仕事に割り込んでくることを知らされ、ダムが決壊するような感覚に襲われたのを覚えている。
その直後に入れ替わったため、忘れそうになっていたが……。
(死にたいと願ったから、この体になってしまったんじゃないか)
そして、それが運命なのではないかとも考えてしまう。
羽後なお美として生まれて、西村日菜子として死ぬ。それもありなのではないか……? これまでの自分の人生になお美は満足している。様々なことはあったが、声優として一定の成功は収めたと言っていいはずだ。ただ、これから先の見通しが明るいとはとても言えない。後から後から若手が入ってくる。いつまでも今の立場をキープするのは難しい。
だったら。
(悲劇のアイドルとして一生を終えるのも、いいのかな)
目を閉じて、なお美は考える。当たり前だが、死ぬのは怖い。それでも、幼い頃からずっと日菜子が味わってきた恐怖に比べれば、大したことではないように思う。なお美が日菜子の恐怖を肩代わりしてあげるのも、悪くないのではないか。
そこまで思考を進めて、なお美は苦笑した。
(なんだか悟りを開いちゃってるんじゃないか、あたし)
やがて、なお美の意識は眠りの底へ沈んでいった。
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