CHANGE!!!! Naomi side(3)
いったん事実を受け入れると、与謝野の対応は迅速だった。
「じゃあ悪いけれど、よろしく頼む」
そう言って携帯電話を切るとなお美たちに向き直り、
「とりあえず、今日この後ハニハニが出演する予定だった新商品のアイスクリームPRイベントについては、咲月だけでなんとかするように手を回しておいた。今日の仕事についてはいいが、問題はこれからだな……。よし、とにかく何日か『西村日菜子』には休養に入ってもらうしかないだろう。今後どうするにしても、な」
「はい」
なお美はうなずいた。『日菜子』のスケジュール管理に関しては、与謝野に任せるしかない。
「予定はびっしり詰まってるが、キャンセルするか、延期してもらうか、咲月一人だけで納得してもらうか、事務所の別のタレントを回すか……。対応策はいろいろ考えられるな。まあ、土下座でも何でもして、どうにかする」
「すいません……」
助手席の日菜子が申し訳なさそうな顔をする。と言っても、その顔はなお美の顔なのである。なお美はまだ違和感を覚えずにはいられなかった。
「そうだ、羽後さん! 羽後さんの方のお仕事はどうなんですか? そちらもキャンセルしないと!」
日菜子が心配そうになお美を見てくる。自分の顔に心配されるのも変な気分だな、と思いながら、
「ああ、明日と明後日は完全にフリーだから差し当たりは問題ないかな」
「そうですか……」
なお美の答えに日菜子はホッとしたようだ。
「スケジュールに余裕があって羨ましいですね」
与謝野がつぶやいた。カチンとくる。
「人気アイドルと比べられても困るんですけど!」
だが与謝野はなお美のことなどお構いなしに、
「そんなことより、これからのことだよ、大事なのは」
「そんなことって、オイ!」
「数日休んだとして、その後だ。どうするんだ、これからの日菜子は、ハニハニは……。俺の仕事も……」
与謝野が頭を抱えている。なお美は怒りを抑えながら、
「どうするもこうするも、元に戻る方法を見つけるしかないじゃないですか。お互いが休んでる間に」
「元に戻る方法と言っても、見当もつかないぞ!」
与謝野が言うと、なお美と日菜子は顔を見合わせた。
「あたしたちみたいに階段を落ちたりして入れ替わった場合、もう一度強い衝撃を受けたら元に戻るってのがよくあるパターンだよね」
「最近は、ある程度時間が経つとあっさり元に戻るというのもありますよ。その代わり、断続的に入れ替わりが続いたり……」
「そういうものなのか」
与謝野は感心しているようだ。
「もちろん、何もしなくても自然に元に戻るのが一番いいんですけどね。寝て起きたら元通りだったりしたら、とは思うんですが……そううまくいくことを期待しても、ねえ」
なお美はため息をついた。さすがに希望的過ぎることは、自分でもわかる。
「やっぱり、もう一度階段から落ちてみますか。やってみる価値はあると思います」
日菜子がそう言うと、与謝野が慌てた。
「待て待て待て、早まるな。今回はたまたま打撲で済んだが、大けがをしたらどうする。下手をしたら命に関わるぞ!」
「あたしも、それは最後の手段に取っておいた方がいいと思うな、ひなこちゃん」
「わかりました……」
与謝野と日菜子に反対され、日菜子はうなずいたが、
「でも、でも、このままだといつ元の体に戻れるかわからないじゃないですか。私があの時、目まいを起こしたせいで、こんなことになって、申し訳なくて。私、私……」
『なお美』の顔が泣きそうになっている。なお美は複雑な気持ちになりつつ、
「ひなこちゃん、落ち着いて……」
その瞬間、携帯電話の着信メロディが鳴り響いた。この曲は、聴き覚えがある。……『魔法の歌姫 リズメロディ』のオープニングテーマだ。なお美が歌っていた曲である。日菜子は本当にリズメロディが好きなんだな、となお美は改めて実感する。
「あ、私のケータイです」
少し震えた声でそう言うと、日菜子が鞄から携帯電話を取り出した。
「咲月ちゃんからだ。でも今出ると、私の声も羽後さんになってるんだから、変なことになっちゃいますよね。……放っておきましょうか」
「そうだね、それがいいかもしれない」
なお美が同意した時だった。
「……いや、電話に出るんだ」
与謝野が言った。なお美と日菜子がそちらを向く。
「電話に出てください。日菜子ではなく羽後さん、あなたが。今なら、日菜子の声をしているんだ。日菜子のふりをして、適当にごまかしてください。入れ替わっていることだけを隠せば、あとはありのままを言ってくれて問題ない」
「でも……」
「お願いします。咲月も日菜子が階段から落ちたことは聞いているはずです。あまり心配をかけたくない」
与謝野が頭を下げてくる。
なお美は日菜子の方を向いた。なお美の顔をした日菜子は鳴り続ける携帯電話を手にしたまま固まっている。……仕方が無いか。
「やってみますよ、与謝野さん。あたしだって演じることにかけてはプロなんだから。ひなこちゃん、ケータイを貸してくれる?」
「……はい」
日菜子から携帯電話を受け取ると、なお美は深呼吸をした。
大丈夫、声は日菜子のものなのだ。対談が決まって一ヶ月、ハニハニが出ている番組はなるべく視聴するようにしてきた。日菜子の話し方、東出咲月に対する接し方はわかっているはず。少しの間なら、問題なく日菜子を演じられる。
そう自分に言い聞かせ、電話に出た。
「もしもし、咲月ちゃん?」
『ひなこ! 階段から落ちたんやって? 大丈夫なんか?』
よく通る関西弁が聞こえてくる。
「うん、打撲くらいですんだよ。やっぱり体はあちこち痛いけど、頭は打ってないし、そんなに心配することはないってお医者さんは言ってた。でも、大事を取って何日かはお休みもらうことになっちゃう。ごめんね」
『そうかぁ。ま、最悪の事態にはならんで良かったなぁ。いやいや、良くはないけどな』
「あはは」
『とにかく、ゆっくり休んどき。しばらくは、うち一人でなんとかやるから』
「ありがとう。本当にごめんね。……あ、与謝野さんに代わろうか?」
『あ? ああ、ほんなら代わってもらおうか。今後のこともあるしな』
「うん。じゃあ代わるね」
そう言うと、なお美は与謝野に携帯電話を渡した。ボロが出ないうちに、とっととこの状況から逃げるに限る。与謝野が咲月と話し始めると、なお美は日菜子を見た。なお美の姿をした少女は笑顔になり、両手で大きく丸を作ってくれる。なお美は胸をなで下ろした。
咲月との細かい打ち合わせを終えると、与謝野は電話を切った。
「羽後さん、全く問題ありませんでしたよ」
そう言いながら、携帯電話を日菜子に返す。
「ほんの少しでしたからねぇ。それでも、緊張しましたよ」
「いえ、羽後さんが声優のお仕事を長年されてきたからこそ、ですよ」
「ははは、長年というほどではないです」
一応褒められてはいるのだが、どうも与謝野の言い方は気に障る。
「そんな羽後さんを見込んで、お願いがあるのですが」
「はい?」
一呼吸置くと、与謝野はまっすぐなお美を見て言った。
「数日休養して、それでも人格が元に戻らなければ、羽後さんにはこのまま『西村日菜子』を演じ続けていただきたい」
「……は?」
与謝野の目は真剣だった。なお美は与謝野の言葉を頭の中で反芻する。
「つまり、ひなこちゃんを演じたままアイドルのお仕事をしてくれということですか」
「そういうことです」
人格入れ替わりに気が付いてから今まで、全く考えなかったわけではない。だが、それでも。
「いやいやいやいや、無理無理無理無理!」
高速で首を横に振る。なお美と対照的に、与謝野は冷静だった。
「そうでしょうか。そもそも、姿も声もあなたはいまや完全に日菜子なんですよ。咲月との会話も無事にやり過ごせた。私と日菜子がサポートすれば、バレないようにすることは可能なんじゃないですか?」
「でも……」
「あなたがさっきおっしゃったんですよ。演じることにかけてはプロだと。実際、アニメの中とは言え1年間アイドルをやってきたんでしょう?」
「それとこれとは……」
「日菜子と入れ替わったのが一般人だったら、こんなことは言いません。役者としての羽後さんを見込んで、お願いするんです。私の無礼な言動でお気を悪くされているのなら、謝ります。ギャラについては、私がなんとかします。ですから、どうか、お願いします!」
運転席から身を乗り出し、与謝野が頭を下げる。
なお美は、助手席に座る日菜子と顔を見合わせた。数時間前までは自分のものだった顔が、困ったような表情をしていた。
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