CHANGE!!!! Hinako side(1)
日菜子と
「そうだ。日菜子、例の声優さんとの対談の件、本人からはOKもらえたからな」
「本当ですか!」
「ああ、あとは編集部と日程調整するから」
「やったあああ! ありがとうございます!」
助手席に座る日菜子は飛び上がりそうな勢いで喜ぶと、与謝野に頭を下げた。
「良かったやん、日菜子。憧れの人と会えて」
後部座席から、咲月が声をかけてくれる。
「うん!」
日菜子は振り返り、少年のような容姿のパートナーへ笑顔を向けた。
「日菜子にとっては、芸能界入りのきっかけになった人だからなあ……」
与謝野は感慨深げに呟くと、車を発進させた。ラジオ局の駐車場を出て、日菜子と咲月を自宅へ送り届けるため、夜の公道を走る。午後8時を過ぎていた。
西村日菜子と
日菜子たちは自分たちの現状について与謝野による分析をよく聞かされるが、それによるとブレイクしたのは日菜子と咲月のキャラクターによるところが大きいという。おっとりした性格で、清楚なお嬢様のような印象を与える日菜子と、幼稚園児の頃から子役として活躍してきた、関西弁を話す庶民的な咲月。外見もまた、日菜子は長いストレートの黒髪で、咲月は少し茶色がかったショートカットと、対照的だった。
別に与謝野たちシドプロダクションがキャラクター作りを二人に強制しているわけではない。二人とも、元々そういう個性を持っていたのだ。シドプロダクションが主催する大規模なオーディションで二人が最終選考に残った時から、与謝野は日菜子と咲月にユニットを組ませることを考えていたという。
芸能界デビュー後、積極的にバラエティー番組へ出演させて二人の対照的なキャラクターを印象付けるという与謝野の戦略は当たった。トントン拍子に知名度は上昇し、アイドルとしての揺るぎない地位を手に入れつつある。今後はそれぞれの得意分野でソロ活動も積極的に行っていく予定だ。羽後なお美との対談も、その一環である。アニメや声優が好きだという個性を押し出す目論見なのだ。実在のアイドルにそれほど興味が無いオタク層からも支持を得られるかもしれない、と与謝野は考えているようだった。日菜子としても、憧れの羽後なお美と会うという長年の希望が叶う以上、全く異論は無かった。
「声優なあ。そう言えば、うちが子役やっとったころの知り合いが、今は声優やっとるみたいやなあ」
「うそ! 初耳だよ! 誰、誰なの咲月ちゃん!」
何気なくつぶやいた後部座席の咲月に、日菜子は食いついた。咲月はその勢いに驚きつつ、
「
「キャー! 樺沢さんって、超売れっ子だよ! いつもいつもヒロインに引っ張りだこの人だよ! サ、サインお願いしていいかな、咲月ちゃん!」
もはや顔だけでなく上半身ごと捻って後ろを見てくる日菜子のテンションの高さに、咲月は呆れているようだった。
「落ち着けや、日菜子。残念やけど子どもの頃に何度か共演しただけやから、連絡先とか知らへんよ」
「そ、そうなんだ。残念」
「……だいたいな、その子からしたら、日菜子にサインを求められてもええ気持ちはせんかもなあ」
「……どういうこと?」
「つまりや、樺沢春奈かて元は子役だったわけで、そこから女優でなく声優に転身したわけやろ。どんな気持ちでそうしたのかはわからんけどな。そいで声優として頑張っとるところへ、アイドルとして大成功しとる日菜子に『サイン下さい!』って……微妙ちゃう?」
「そう、なのかな」
日菜子にはよくわからない。デビューから三年は経ったが、幼い頃から活動してきた咲月に比べれば、芸能界については全くの無知と言っていい。咲月にしかわからない感覚があるのかもしれない。
日菜子は、隣で運転している与謝野を見た。与謝野も日菜子の視線に気が付いたようだ。少し考える様子を見せた後、
「まあ、我々の業界と、あちらさん……声優業界の関係は微妙だな。もちろん広い意味で言えばどっちも芸能界なんだけどな。あまりあっちに詳しくない俺としては、声優さんにはプロとしての敬意は持ってるよ。でも、日菜子には言いづらいことだけど、やっぱり我々の業界に比べると格が落ちるかな、という意識はある」
日菜子を気遣ってか、淡々と言う。
「そんな! 声優だって立派なお仕事ですよ!」
日菜子は思わず大声を出してしまった。だが、与謝野は動じない。
「落ち着きなさい。そこは否定しない。格が違う、と言っているんだ。現実として、女優がアニメ映画の主演はできるが、声優が実写映画の主演はできないだろう」
「……」
日菜子は何も言えなかった。
「はーい。やめやめ、この話題。なんかごめんな、日菜子」
咲月が明るく謝って来るので、
「うん……」
日菜子はうなずくしかなかった。
咲月が生活するシドプロダクションの寮で彼女を降ろすと、車は日菜子が両親と暮らす家に向かった。車内は日菜子と与謝野の二人きりになったが、なんとなく雰囲気が悪くなり、道中の会話は弾まなかった。
やがて車を日菜子の自宅前に停めると、
「着いたぞ」
と、与謝野はわかりきったことを言った。
「はい。あの、与謝野さん」
「どうした?」
日菜子は、車の中でずっと考えていたことを口に出さずにはいられなかった。
「今日、声優っていうお仕事についていろいろお話されましたけど、やっぱり私は、すごいお仕事だと思ってますし、羽後なお美さんのことを尊敬してますし、憧れています。大袈裟じゃなく、羽後さんとお会いできるのが楽しみで仕方なくて、その、生きてて良かった! って、思ってます」
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