その14

  色々とあったが結局、カニ旅行の予約という大花火を打ち上げた後、二発目、三発目が打ち上げられる事もなく、二年間のパソコン生活はあっけなく終わりを迎えた。

 何故二年なのかというとプロバイダーの契約が二年で、途中で解約すると違約金が発生する。いや、それ以前に手配がとても面倒だとおばあちゃんが解釈したからだった。

 私にしてみれば、解約にお金がかかったとしても殆ど触れる事が無いのだから、期限まで掛かる毎月の金額を鑑みれば、違約金を支払ってしまった方が安い計算になるのだが、おばあちゃんは途中で解約する事の方が損だと言い張り、結局二年間、七千円程のお金を毎月支払い続けたのだ。毎月七千円は痛い…と思わなかったのだろうか?

 そんな訳で、契約期限である二年が来ようとした頃、おばあちゃんもパソコンを手離したい雰囲気が出てきた。 

 それはいいとして、手離すなら手離すでやらなくてはいけない事があるのだ。それとなく促してみても、おばあちゃんはB型の天邪鬼である。素直に手放すとは言わないだろう。しかし契約期間を過ぎてしまうとまた二年間無駄なお金を支払わなければならないのだ。それは避けてあげたい。

 実は、パソコンを手放す、というのがこれまた契約時より更に面倒な手続きが待っている。

 パソコンに慣れた人なら別にどうという事はない。プロバイダーを変えたり、暫くはパソコンなどネット環境を使わないなら解約の手続きをすればいいのだが、この解約の手続きもお年寄りには大難関なのだ。

 おばあちゃんのように何もかも面倒な手配は孫が、或いは当人以外の分かる人がやる場合は何ら問題はないのだが、そうでない人は本当に意味不明な事ばかりで手離したくても手離せず、パソコンは使わないのにプロバイダーなどの通信費、もしかするとそれに付随するテレビだの電話だの余計なお金を支払い続けなくてはならない。解約する…それは契約時よりずっと手間と時間と二年前に届いた書類が必要になるのだ。きっと今も尚、パソコンを始めたもののどうして良いか分からず、埃を被ったパソコンの為に毎月、掛けなくてもいいお金を支払続けているお年寄りは少なくないと思う。そういう事こそ、パソコン教室なり、契約時などの担当者なりはしっかり教えておくべきだ。

 まずパソコンを購入する段階で、あれこれ余計なサービスが付いた『割引価格』を提示されている事が多い。これはお店側と通信会社との利害交渉などで出される金額だから決して店側に悪気などない。寧ろ、パソコンをやる人間からすれば安価で購入できるなら、後で面倒なサービスは削除すればいい、断ればいい、くらいの気軽な気持ちで購入出来る。あれこれ質問も出来るだろう。

 だがお年寄りはそれが出来ない。割引対象のオプションサービスの内容じだい理解出ていない事が多いだろう。店員さんにもよるだろうが、大抵はマニュアル通りの説明をするだけで積極的に相手の意思を訊ねようとはしない。

「どういうものをお探しですか?ノートですか?モバイルですか?デスクですか?」

 これを『相手の意思を汲み取る』と思う店員さんは意外にも多いのではないだろうか。パソコンを理解している者にとってはそれでいい。だが敢えて言おう。客側がお年寄りであったり、或いは全くのパソコン初心者である場合、それは『相手の意思』を探ろうとしているのでもなければ、相手が何を求めているのかという事を測る言葉でもない。、相手が「ほしいもの」を聞いた事にはならないのだ。

 そもそも『ノート』『モバイル』『デスク』とカタカナだらけで耳慣れない言葉を並べられても、困惑するだけである。例えるなら、フランス料理屋へ行って、フランス語だらけのメニューを見せられる様なものだ。

 パソコンだけではない。電化製品も書籍も何でもそうだが、目的がはっきりしている買い物客なら客側から「○○が欲しい」、「△△のようなものはありますか?」と積極的に訊ねるだろう。だが大抵のお年寄りはパソコンについて言えば、余程の予備知識か、人から勧められていない限り、目的を持って「これが欲しい」という意思を持ってはいない。

 相手の意思を聞く、というのは何についてもそうだけれど、まずは商品を与える事から入るのではなく、相手が何を望んでいるのか、というところから聞いて、そこから希望に添えるものを提供する、というのがプロの店員さんなのだと、特にパソコンの様な特殊な商品については思う。

 おばあちゃんがパソコンを購入した店の店員さんはとても丁寧だった。丁寧だったが、購入者が誰なのか恐らくはっきりしない儘終わってしまったのだろうと思う。尤も、購入者のおばあちゃんは店員さんの話に耳を傾ける事もしなかったので、それはそれで問題ありだと思うのだが…。

 店員さん、というのは時に人を見て営業する人がいる。

 私などはそれが如実に現れる経験をさせられている。

 私の身長は140㎝程度に丸顔。つまりよく子供と間違われてしまうような容姿なのだ。それだから、人が自分に接する時、初対面で大体のところ、その人の性質のようなものが見えてしまう事がよくある。

 家電店でいえばたとえばこうだ。

 二年程前、新しくデジカメを購入しようと思い、某ジョー●ンという家電量販店へ一人で買い物へ行った。

 デジカメコーナーで並んでいる商品を手に取りながらスペックなど確認しながら商品を吟味していたら、すぐ横に店員がいたのでスペックについて質問をしようとしたその時、私の隣で明らかに冷やかしの家族連れがデジカメを触りまくっているではないか。店員さんがその家族に近付き、お、注意するのかな?と思ったら全く違っていた。

「こちらのカメラは先日発売されたばかりの…」

 おもむろに説明を始めたのだ。当然、家族連れは冷やかしだから、適当に相槌を打ってその場を離れ別のカメラを手に取っていた。

「すみません、ちょっと質問があるのですが…」

 と、ターゲットの冷やかし家族に逃げられたタイミングで、店員に声をかけると面倒くさそうに一瞥した後、なんとその冷やかし家族を追いかけてまだ説明をしているではないか。

 仕方がないので別の店員に声を掛けてみた。冷やかし家族ハンターの店員同様、面倒そうに一瞥した後、「いらっしゃいませ」の定番口上もなく無言で近付いてくるのだ。

 店員が無表情で無言…正直ここで買うのは失敗したか?と思ったが、旅行前で早く手に入れる必要があった為に無言な店員さんに質問をしてみる。

「(スペックの表通りの内容を読み上げて)…となりますね。此処に書いてありますから」

「はい。それは私も確認しました。夜景を撮影する際に三種類のモードがある、という事ですが、具体的にどう違うのか説明を頂きたい、と思うのですが…?」

「(再び面倒そうにスペックを読み上げるだけ)…ですね」

「いえ…ですからそこは表示されているので理解出来ています。夜景撮影モードが三種類あるという事は分かっています。伺いたいのは、それぞれどんな特徴があって、どんなシチュエーションに適しているのか、という事を伺いたいのですが?例えば、室内に適しているとか、灯りが少ない場所でも鮮明に撮影が可能だとか…恐らくモードによって違う目的があると思うのですが…」

 店員、暫く無言。分からなかったら上司かメーカーのマニュアルと相談くらいしろよ、と思いながら答えを待っていると、

「…夜景は三種類のモードが選べます。どんなものかという説明は取説に書かれていますから、買えば分ります」

 買えば、って…端から買うつもりだから真剣に選んでいる、という此方の意思などお構いなしだ。先程の店員はまだ冷やかし家族をストーキングしているしで、正直、某ジョー●ン地元支店では大きな買い物はしない方がいい、と思った。

 つまり、店員は人を見て営業する人が多いと思うのは私の経験則からだが…。

 おばあちゃんがパソコンを購入した担当の店員さんはまだ丁寧な方だと思う。そもそも話を聴こうとしないおばあちゃんが悪いのだから。でも、私には真剣に店員さんは説明をしてくれたし、此方の質問にも丁寧に応えてくれたのだ。

 言いたい事はつまり、お年寄りがパソコンコーナーへ入った時、一体どれだけの店員さんがきちんと相手の「意図」をくみ取る事が出来るだろうか、と言う事だ。

 うたい文句では、「ご年配の方も安心して利用できる。すぐにインターネットが使える」などと言いながら、そのからくりは余計なオプションが付き、山ほど書類が届き、説明もそこそこに契約書類を作成させられ、挙句、やめようとした時には山程の書類は既に破棄されてあり手元になく、IDだのパスワードだの電話口で問われても戸惑うばかりでどうしようもなくなり、結果的にはずっと余分なお金を支払い続けさせられる、といったケースは多々あると確信した。

 私は通信の仕事に携わっていた関係上、大凡のシステムというものは一般の人よりわかるつもりだ。

 顧客データは、確かにIDだのパスワードだの応えてもらえればそれで本人確認が出来る。が、電話番号や生年月日でも十分データを取り出す事は可能なのだ。

 

 さて、おばあちゃんがいよいよパソコンを手放す事になり、どうやら最初は頑張ってプロバイダーの解約をする為に電話を掛けてみたらしい。

 が、結果は今お話したようなもので、IDやパスワードが分からない事でけんもほろろに『ご本人確認ができません』と断られてしまったらしい。

 後日、私がおばあちゃんの代理で再びプロバイダーやNTTにネット環境の解約の電話を入れた。書類を見ながらIDやパスワードを告げるとあっさり解約手続きが完了した。

 これは流石に疑問に思ったので、電話口に出た担当者に問い尋ねた。

「IDとパスワードが分からない場合は解約の手続きは出来ないのでしょうか?」

「はい。本人確認ができませんから」

「そうですか。今、○○(おばあちゃんの名前)は解約手続きが完了したというのは間違いないのでしょうか?」

「はい。完了致しました」

「そうですか。お手数をおかけしました。ところで、私はその○○の代理なのですが、昨日、本人がそちらに解約のお電話を入れておりまして、どうやらIDとパスワードの書かれた書類がどれなのか分からない、と伝えましたところ、そちら様から解約が出来ない、本人確認がとれない、との理由で解約手続きをして頂けなかった、と伺いました。今、代理の私がIDとパスワードを述べたところ、あっさりと「本人確認」をされて、解約を完了されましたね?」

「……」

「そこにデータが出ているならお分かりかと思いますが、生年月日も表示あれてあるでしょう?私の声はその生年月日でいえば違和感がありませんでしたか?」

「そこまでは気付きませんでした。原則としてご本人様が掛けてこられている、と認識しておりまして…」

「本人が掛けてくる事と認識している、というのは貴女個人でしょうか?それともオペレーターの皆さまが持っている意識なのでしょうか?」

「勿論、会社全体としての意識です」

「それでしたら話が矛盾していますね?昨日、本人が電話を掛けてきた時にはIDとパスワードが不明というだけで『本人確認が出来ない』と要件全体を拒否し、本日、代理で私が本人のIDとパスワードを告げると『本人確認』が出来たので要件を完了した、と…。本人確認はIDとパスワードでしかしない、というのは危ないと個人的に思いますが、どうなのでしょうか?また、貴女様の仰る『本人が電話を掛けてくる』と認識を会社全体でなさっておられるのであれば、顧客の年齢や書類の有無などを考慮し、生年月日や住所などで本人確認を行う、など可能ではないのでしょうか?寧ろ、そちらの方が安心かと思われますが如何でしょう?」

「……基本的には本人様が問い合わせをしてくる、と認識しておりますので…」

 らちが明かない、と思ったからそれ以上は何も言わなかった。恐らく同じ言葉しか返らないだろう。

 だが要はそういう事なのだ。

 悪く捉えれば、パソコンが売れなくなった昨今、何の知識もないお年寄り(始めパソコン音痴な人)に分かりにくいシステムで続けさせる、これが今の通信業界なのだと思う。

 本人確認ならIDやパスワードより、生年月日、住所などの方がよほど「本物」な情報ではないか。それで「本人確認が出来ない」と答えられるのは、どうも申し訳ないけれども悪意にも見えてしまうのは私だけだろうか。

 そういう事は一切パソコン教室でも教えてもらえない。パソコン教室が教える事は、ソフトの使い方程度だ。それもほんのさわり程度のもので、長く使う事を目的にした内容は何ひとつ教えてもらえない。

 ネットをするなら定期的にデフラグもしないといけない、とか、ウィルス対策をしっかりするにはそれ用のソフトを入れておく必要がある、とか、プロバイダーとは何ぞや、とか、契約と解約の方法とか…基本的な事を挙げてもこの中で、一体どれだけのパソコン教室が初心者に向けて一つでも教えているところがあるだろうか?

 いくらパソコン業界が『お年寄りにも簡単に』と大風呂敷を広げて便利さと楽しさをアピールしたとしても、扱い方の基本的な部分を知っておかないとパソコンというものは操れないし、楽しめない。

 最近、パソコンも触った事のない人がスマートフォンを持って、ネットのシステムが分かっていないからウィルスに感染しては、その対処方法を知らずに相談しに行く人が増えているらしい。

 本当の『便利さ』は、誰でも理解できるシンプルなシステムであるべきだろう、と、おばあちゃんがパソコンを持っていた二年間、色々と考えさせられた事だった。

 お年寄りがパソコンを持つ事の大変さを、今、これを読んで下さった方が感じてくれれば幸いです。

 もし、あなたのおばあちゃん、おじいちゃんがパソコンを始めたい、スマートフォンを始めたいと言い始めたら、咀嚼して説明が出来る様にパソコン用語やネットの仕組みをしっかり理解しておく必要があり、実はその咀嚼する、という事が難しい事だと覚悟した上でよきパソコン(スマートフォン)ライフを過ごせる様にサポートしてあげて下さいね。

 ……私は挫折して心が折れましたが……


 え?それからおばあちゃんのパソコンがどうなったかって?

 今、あなた方の読んでおられる私の文章。それらを映し出したり、このサイトへ導いてくれたり、一緒に物語を紡いでくれたりと大活躍していますよ。

 そう。『いんてる』を使って、ね。


『おばあちゃんがパソコンを買いました』<完>

 

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