その13

  その後もおばあちゃんが積極的にパソコンに触れる様子は見られなかった。が、一年程経過した時、なんとおばあちゃんはネットで初めて『予約』を利用した、と言うのだ。

 利用したのはホテルの宿泊など扱う旅行サイトで、そこに掲載されていた旅館を予約したのだと言う。季節柄、かにのシーズンに突入しており、おじいちゃんがかにを食べに行こうと言ってきたので、かにが好きなおばあちゃんは張り切ってネットで予約をしてみようと思ったのだそうな。きっかけとは何処に転がっているか分からないものである。

 かに料理付の宿泊プランは沢山ある。よくそんな中で一軒を見つけて予約まで出来たものだと正直感心した。が…。

「今度、城崎へかにを食べに行くねん。悪いけどJRの切符を二人分手配しといて」

 そう。宿の予約はネットで取った癖にJRのチケットは取らなかったのだ。どうやらサイトに掲載されていたのは旅館のプランのみで、JRのチケットまで入っていなかったらしい。

「折角宿をネットで頑張って取ったんやから、JRのホームページからチケットも予約したらええやん」

「それは…(ごにょごにょ)あんたのマンションからJRの駅が近いから、あんたが取った方が早いやんか。それにあんた、障害者割引が出来るんやろう?せやから悪いけどあんたが切符買っといて」

「…まあ切符は買うには買うけど、障害者割引は本人と同伴者一人までしか買われへんねんで?」

「え?本人が買ったらええんちゃうん?知らんかったわ。ほんなら普通の料金でええから、とにかくJRの切符を往復二人分、城崎までお願いするわ」

 確かに、実家はJR沿線ではないので、JRのチケットを購入するには電車でわざわざ出てこなくてはならない。私が今住んでいるマンションはJRと大手私鉄と二つの沿線沿いなので、徒歩五分以内の距離にJRの駅があるのだ。

「わかった。じゃあ切符は買っておくから」

 そんな訳で、JRのチケットは私が買う事になった。ともあれ、おばあちゃんにしてみれば人生初のネット予約。それが出来ただけでも素晴らしいではないか。それにこれを機にパソコンに触れて、便利さを知って楽しんでもらいたい、と願わずにはいられない。本人もご満悦の様子。

「それにしても、よく予約できたやん。凄いね。どうやって検索したん?」

「広告に載っててん。それで案外難しい事もなく予約が出来たわ」

 どうやら新聞に入っていた旅行会社の広告を見てネット予約をしたらしい。

その広告を見せられて目からうろこが落ちた。 そこに記されていた内容よりも、『インターネットをご利用のお客様はこちらへ』とガイダンスが出ており、なんと数字だけで検索する様に誘導されてあった。

「これやったら簡単やろ?予約窓口やから『5489(ご予約)』やって。分かり易いし、いちいち言葉を打ち込まんでもええから楽やねん。ほんまにこの番号を打ち込んだら広告に載ってる写真と同じのが出てきたわ」

 そうなのだ。

 慣れていない人、特にお年寄りにとって日本語を入力する、キーボードで打ち込むという事は大変な重労働で、面倒な事らしい。

 この旅行会社はそれをしっかりリサーチしており、ごろ合わせの数字で検索できるシステムを作っていたのである。数字だけならテンキー操作で簡単に出来る。お年寄りとはいっても現代のお年寄りは、電卓を叩いたり、プッシュ回線の電話機を使った経験くらいはある。テンキーの数字の並び方はそれらと同じだから慣れているのだ。それを上手く察した旅行社…すごいと思った。こういうところが厳しい商戦で生き残る秘訣なのかもしれない。

 かくしておばあちゃんとおじいちゃんは、美味しいかに料理をたらふく食べて一泊旅行を楽しんだのだった。

 いや、それにしても数字だけでサイトに誘導とは…普段、日本語入力を普通にやっている人間には想像もつかない方法だ。改めてH旅行さんに感心してしまった。

 因みに、広告の商品内容はかにプランに加えて、お遍路ツアーなども掲載されてあり、明らかにお年寄りを対象にしたものが多かった。

 旅行社の狙いとして、インターネットを使うお年寄りも増えてきた事も考慮したのだろう。何れにせよ、おばあちゃんの様なインターネットを始めてはみたものの日本語の入力は苦手…という人も他社よりは上手く獲得出来た事には違いないだろう。

 …あ、でも最終的には住所だの名前だのフォームに打ち込む必要があるのか。

 

  わかったこと

『テンキーはお年寄りに優しい』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る