その9
十二月に差し掛かった頃、おばあちゃんが前々から行きたい、と言っていたディズニーリゾートへ二人で旅行してきた。クリスマスシーズンのランドとシーを満喫したい、というリクエストに答えてみたのだ。ちょっとした祖母孝行である。私も孫娘らしい事の一つ、やってみたくなる事もあるのだ。
勿論、ホテルの宿泊予約、その他プライオリティシーティング等のセッティングは全て私がネットを使って手配した。ディズニーは単にホテル予約のみでは楽しめない。クリスマスは特に混雑する時期なので、あれこれオプションを用意しておく必要があるのだ。殊にお年寄りが一緒という事を鑑みれば、このオプションの手配こそが要となる。
今回はホテル宿泊にパスポート、ショー鑑賞などがセットになったプランを手配した。レストランの予約なども一緒に手配できるからだ。
平日に行ったが矢張り混雑しており手配の甲斐があった。おばあちゃんの厄介な性質として、『何もかも整っていなければ嫌だ』というものがある。
例えばアトラクションに優先的に乗れるチケットを取るにも、すぐに乗れるようにしてほしいが自分でその手配をしに行くのは面倒、といった感じだ。
そんな面倒臭がりなおばあちゃんがパソコン購入以来、ずっとパソコン関連の電話がある度に言っていた魔法の言葉?がある。
「今、若い者がおりませんので」
必殺技だ。
これは例えばこういう場面に使われる。
「ミドリ電化ですがその後、パソコンの調子は如何でしょうか?」
「今、若い者がおりませんので」
「NTTですが、光通信の状態はその後如何でしょうか?」
「今、若い者がおりませんので」
「光テレビのアンテナコードを引き取りに伺う日時について…」
「今、若い者がおりませんので」
全てこれで解決してきたのである。勿論、相手さんにしてみれば持ち主が拒否しているなど露も思わないだろう。そして最終的に私の携帯に御鉢が回ってくる。
その都度、相手さんに
「いえ…私は持ち主ではないのですが伝えておきます」
となるのだ。
それならなんで、隼(はやぶさ)に限って「若い者がおりませんので」と言わなかったのだろう?と疑問が残るのだが、興味のある話だったのだろう。
おばあちゃんは基本的に、興味のある事には耳を貸すが、どうでもいいと判断すると人の話は全く聞かない性分なのだから。
そんなもんだから、パソコンなんて教室が終われば触れる事もなくなり、ただ通信費だけを喰うお荷物になるだろうと予想出来る。だがそれは私にとってはいい機会だった。
最近、私のパソコン(XP)の調子がそろそろ不安定になっている上に、XPのサポートも終わろうとしていたので新しくパソコンの購入を検討している最中だった。
そんなもんだから、おばあちゃんが7を持っていて、あまり使っていないならいっそいくらかで売ってもらえないだろうか、と思い始めていたのも当然である。
「おばあちゃん、最近パソコン開いた?」
この言葉に若干、いやな顔を向けてきた。
「…時々は」
「いや、最近私のパソコンが長子悪くて。もしあまり使わないようなら売ってくれへんかな、と思ってさ。勿論、おばあちゃんが購入した金額でいいから」
あまり使っていないもなにも、購入から四か月弱程の間に開いたのはほんの少し。新品同様なのだ。
「ええーーそんなん言うてもなあ。料理のレシピを印刷するし、時々やけど色々見てるし」
おばあちゃんは何故かこういう「お願い」に対してはいつも否定する天邪鬼なところがある。それは理解しているのであっさりと引き下がった。
「そうか。ほなら新しいのを検討するわ。おばあちゃんがあまり使わないなら勿体ないから売ってもらおうと思っただけやねん。使ってるならそれに越した事ないわ」
どうせ旅行が終わって落ち着いたら「やっぱりいらん」と連絡が入る、と確信していた。断り方の口調で分かるのだ。勿論、新しいパソコンも検討してはみるが、恐らくおばあちゃんのパソコンを手に入れる事になるだろう。
そうして後日、おばあちゃんから電話がかかってくるのだった。
「あんた、もう新しいパソコン買ったん?」
わかったこと
『パソコンの事は若い者しか分からない、という壁がある限り、パソコンはただのお荷物になる』
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