その8
そんなこんなで一か月半ほどが経過し、漸く関西の長い長い夏が終わり十月に差し掛かる心地よい季節となった。
関西の夏は五月のゴールデンウィークから十月初旬辺りまで続く。それ故に、十月前になるとそろそろチョコレートが恋しくなったり、さつまいもが食べたくなる、という気持ちを察しているのか、季節感やニーズに敏感なコンビニではこの時期になるとやっと豚まん(関西以外では肉まんと呼ぶ)が売れ始め、ほっこり食感のスイーツなどが店頭に並ぶのだ。
さて、そんなスイーツだの暖かい食べ物だのが恋しくなってきたある日、様子伺いに実家を訪ねてみた。
いつもの様にパソコンを起動させる。別に毎回起動させなくても、と思われるかもしれないが、おばあちゃんは毎日起動させていない。本人の自己申告で週に三回との事だから恐らく、パソコン教室が開かれる週一回程度だろう。その証拠に、更新データが溜まっていて、いつも大抵30~60程の更新処理をしますよ、とメッセージが表示されるのだ。ネットの履歴からもあまり起動していない事が伺える。
「これ、毎日使わないとプロバイダー代とか勿体ないで?」
「そうそう!あれ物凄い高いねん。電話代も込みで7千円くらいするねんで!ぼったくりや」
「まあ戸建やからなあ…高くなるわな」
私が普段利用しているマンションタイプとは違い、戸建だとどうしても割高になる。もしかしてプロバイダーだのの代金すらかかると知らなかったのか。…まあ知らんかったんだろう。
「ちょっとネットで買い物したい物があってんけど」
と言いだし、覚えたての『お気に入り登録』から某通販のページを開いた。塗料で有名なお店のページだった。
「これの浴槽用塗料が欲しいと思ってんけど、下の商品が見えへんねん」
……ああ、バグか何かで表示がしにくいのかな……?
画面を見ると綺麗に表示されてある。下の方へスクロールしていくとしっかり見えた。
「見れるやん」
「え?それどうやって見たらええのん?」
「…スクロール…いや、下のページを下っていくやり方ってパソコン教室では…」
教えてくれへんの?とまた聞きそうになったが、「まだ習ってない」だの、「知らん」だの返るのは明らかだったので途中でやめた。
「この棒みたいなのが右端にあるやん?これの上と下に矢印があるやろ?これを見たい方向にクリックしたら…マウスを宛てて左で押したら見れるわ。この棒が下まで下がってたらそれより下は無い、という意味で、上まで上がっていたらそれ以上、上には見る所はない、という意味」
口頭の説明よりも触らせるのがいい、と想い、本人にマウスを持たせてポインターで操作させてみる。
「あ、ほんまや見れたわ」
……うう…パソコン教室、しっかりしてくれよ……!
一体パソコン教室とは何を教えてくれる教室なんだろうか?おばあちゃんが通っている教室では、なんでも講師が一人居て、講師は直接教えるのではなく、スクリーンか何かを操るだけで、生徒はテキストと画面を見ながら学習を進めていく。そして分からない事などがあれば手を挙げると、講師が席までやって来て口頭で説明をしてくれる…のだと言う。
つまり、おばあちゃんの通っている教室は講師というものは説明係であり、『講師』ではない。大体のパソコン教室がそういうスタイルなのか、或いは、おばあちゃんが粗悪な教室を選んでしまったのか分からないのだが、もしこのシステムが普通ならかなりぼったくり感がある。それなら、パソコン購入後の特典として付いてくる『初心者安心サポート』とかで、『専門のスタッフがご自宅へ伺い、丁寧にマンツーマンにてご指導致します。その後のサポートも24時間期間内であればいつでも無料でお答え致します』というやつを頼んだ方がずっと良いではないか。
「それでこの塗料が欲しいねんけど…」
おっと。パソコン教室の疑問を抱くあまりこっちの話を忘れるところだった。おばあちゃん人生初の『ネット通販』利用という貴重な経験をするというのに。
「いいやん。もう買いたい物が決まってるんやったら後は『カートに入れる』をクリックして、お会計画面までいけばいいねん」
「会計までいってん。そしたら次の画面で『会員登録』を迫られたから、気持ち悪いので取り消した」
「え?取り消した?でもここのNという会社は有名やし変なメーカーでもないやん」
「せやけど、住所やら名前やら入れなあかんとか…怖いやん」
出た。おばあちゃんの「怖い」が!
「いや…住所とか入れんと商品が届かへんやん」
「なんで?此処でカートに入れたらそのまま届くんちゃうん?あんた、いっつも本やら何やら買ってたやん」
まさかとは思うが、カートに入れるだけで勝手に配送してくれるとか思ってるのか?
「いや…あれはちゃんと会員登録して届けてもらうねんで?住所や名前、電話番号を登録してるから届くんやんか」
「ええ?ほんならネット通販って何の得があるん?」
「得?」
「そんな面倒臭い事せんでも、ネットを通じて届くからネット通販なんちゃうの?こっちが何処から注文してるんか分かる為になんちゃら…いうとこから電波が届いてるんやろう?」
ここからかなり意味不明な会話が繰り広げられるのだが、彼女の言わんとしている事をまとめると次のようになる。
・普通の通販(電話やはがきなどを使うもの)は、住所、氏名など必要だが、ネット通販ではその手間は不要なのではないのか?
・上記の理由として、インターネットという媒体はプロバイダー契約から利用しているので、プロバイダーを通じて注文者の住所などが自動的に通販会社に通知され、個人情報を入力しなくても注文した段階で発送されるのではないのか?
・ネット上で個人情報を入力するのは怖ろしい行為であり、パソコン教室でも安易にしてはいけないと教えられた。
以上の様な思い込みやら、大事な所は相変わらず抜けているパソコン教室での教えを踏襲した上での『ネット通販』利用の解釈だったのだ。
一つ確かにあり得そうだ、と思った事を挙げるなら、プロバイダーを通じて注文者の住所等は分かるのではないのか、というシステムが可能になればネット通販から個人情報が漏れる、という事はぐっと減るのに、と思った。
余談になるが、某楽○という通販を利用すると、必ずといっていい程心当たりのないところから訳の分からないメールが届くのだ。
その一例を挙げてみる。結構あほな内容もあって笑える。
『二億円が振り込まれました。下記手続きにて受領願います』
……誰かの税金対策だろうか?見ず知らずの相手の口座をどうやって知ったというのか……
『競馬で大儲けの方法、あなたにだけこっそり教えてます』
……大抵、『ここだけ』『あなただけ』という場合、あちこちの『あなた』にばらまかれている……
『会員制サイトの仮登録期間が終わりました。正規会員登録がされているにも関わらず会費が未納です』
……何処でいつ仮登登録されたのか。大体、女の私が男性受けするエロサイトで喜ぶとでも……?
ざっくり分けると上記三つになる。お金をくれる、儲け話がある、会費未納、これら三つを総称してスパムメール御三家と呼ぶ。……嘘ですが。
まあ、そんな事もあるのであながち『ネット通販で個人情報を入れる』という事はサイト自体が安心だと思っても過度な信頼は禁物だ。特に、おばあちゃんのようにメールひとつ怖がる人間にとってスパムメールなど、こんなあほな内容でさえころりと騙されて入金しそうだ。危ない危ない。
「それで…どうするん?」
「せやから、あんたが注文しといて」
「え?」
「お金はこっちで払うから、うちに届く様に注文しといて」
「でも、私ここのサイトには登録してへんから、同じ商品でも違う通販サイトから注文する事になるけど」
「なんでもええから、この商品が届くようにしてくれたらええねん」
かくして、私はその日の夜、自分のパソコンからN社の浴室用塗料を実家届けで注文する事になり、勿論支払いはコンビニから私がする事になる。
何故なら、私が会員だから。あ、これは正規の会員ですが別途料金はいらない会員です。当たり前だが。
わかったこと
『ネット通販は、プロバイダーを介して商品を届けられるシステムはまだ整っていない』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます