その7

 割引価格に付随してくる余分なオプションサービス、その他諸々の解約手続きも全て終わった9月半ば。プリンター紙詰まり事件もそれ以降再発する事もなく、おばあちゃんもパソコン教室に慣れてきた。そんな折、また携帯が鳴った。相手は見なくても分かる。

「なんや変なメールきた」

  下手に開いてウィルスだと怖いので、ひとまずそのまま未開封にしておくように言って、その週末に再び実家を訪ねた。

 早速パソコンを起動させる。メールフォルダーを開くと未開封だらけのメールが溜まっていた。というより、私が出したメールすら開封されていない。発信先を確認する事をパソコン教室では教えてくれないのだろうか。

「発信先を確認して、見たことのない所からだったら開く必要はないけど、NTTとかプロバイダーからやったら何かお知らせ関係やから、開いて内容を確認せんとあかんやん」

「発信先なんか書いてへん」

「ここに書いてあるやん『発信者』の欄があるやろ?」

 と、画面を指差して示してみたが面倒そうに首を振るだけである。

「変なメールってどれよ」

「この添付付きのやつ。ほら、マークが付いてるやん。教室で教えてもらったから知ってるねん。添付のメールは大抵悪いなんかが入ってるから開いたらあかんねんて。せやから中身も開いてへん」

「いや…開いたらあかんのは添付の事やろう。大体添付メールなんか…来てなっ」

 目が点になるとはこの事だ。おばあちゃんの言う『変なメール』とは私が出したメールだったのだ。

「…これ、発信者見た?」

「なんや知らん。添付マークが付いてるから怖いからなんも見てへん」

 ……見るだけで呪われるんかい。リングかっ……

「いや…発信者を確認するのは人間やからパソコンが壊れる事はないで。あと、パソコン教室ではメールの確認は教えてくれへんの?」

「教えてもらったから添付は怖いと知ってるんやんか」

 ……いや、それ以前にメール受信フォルダーの見方とか基本的なとこは教えてくれんのかいっ……!

 多分、これを口に出したとしても教えてもらってないとか言いそうだ。それにしてもパソコン教室では、大事な事は教えないらしい。

「おばあちゃんが写真送ってと言うから画像を送ったんやん。画像は添付ファイルやから添付マークは付くで?」

「そうかいな。でも添付は安全か分からんから、もし画像とか安心なものを送ってくれたら電話して」

「…え」

「せやからメールくれたら電話して。そしたら開くから」

「おばあちゃんが、メールを習ったから送って、と言うので送ってみたんやん」

「そうやったかいな。ほならもういいわ。電話の方が安心やわ」

 ……誰かメールの便利さをおばあちゃんに教えてあげて下さい。…受信フォルダーの見方も……

 いつもの事ながら脱力していると、

「そうそう、こないだNTTから電話があって、パソコン二台で使える隼(はやぶさ)というサービスがあるねんて。普通やったら追加料金がかかるけど隼は安くなるんやて」

 と、突然突拍子もない事を言い出すおばあちゃん。

「そんなんうちに関係ないやん。一台なんやから」

「いや、どうせまた二台目を買うからと思ってお願いしてん」

「…は?」

「書類が届くと言ってたわ」

「いや…いやいやいや、二台目て何?誰が使うん?私は自分用のを持ってるからいらんで?」

「おじいちゃんが使うねん」

「……?!」

 言葉に詰まった。手元の湯のみを落としそうになった。

「えっと…おじいちゃんもパソコン教室へ通いたくなったん?」

「いいや。おじいちゃんがそんなん行くかいな。人に教えられるのが嫌な人やのに。そうやなくて、おじいちゃんのパソコン」

「いらんやん。大体、おばあちゃんも毎日パソコン触ってないんやから空いてる時にお互い使ったらええやん。隼もただちゃうで?今より割高になるし、第一、キーボード打てるん?」

「なんやおじいちゃんがな、この画面は小さいから見えにくいねんと。そやから大きいやつがええらしいわ」

 ……いや…だから画面の大きさとか以前にキーボードを操作出来ないでしょうが……

 おじいちゃんはワープロすら使った事がない。つまりキーボードに触れる機会は一度も無いのだ。パソコンの操作の基本はキーボードだ。あれが打てないとネットを楽しむにも、検索も出来なければ、楽天だのアマゾンだので通販を利用するにせよ住所や名前すら打てないでは意味がない。

「それなら尚更一台で十分やん。キーボード打てんのやからパソコン使えへんで?」

「でも書類が届く言うてたし」

「まだ契約してへんねんから電話で解約したらいいわ」

 神妙な顔で暫く考えこむおばあちゃん。暫くして私にこう言った。

「ほなら電話しといて」

 更に脱力した私の手をとってくれる天使は現れず、夏の蒸し暑さだけが脱力した体に追い打ちをかけてきた。


わかったこと

『年寄りのユーザーはカモにされる。年寄りのユーザーの背後には何倍も手を掛けてお世話をしているプレーンが居る』


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