その6

 おばあちゃんがパソコンを購入してから三週間ほど経過した。パソコン教室も始まった九月初旬、再び私の携帯がけたたましい音を立てた。相変わらず朝早くから起こしてくる。

「プリンターが動かなくなった!まだ買って間がないのに不良品かもしれへんから、見に来て!」

 九月とはいえまだ初旬は暑い。関西地区では、夏は五月のゴールデンウィーク明けから十月辺りまで続くのだ。九月初旬などまだ盛夏なのである。

 この日は土曜日。パートナーの深那堵が来ていたので車に乗せてもらい実家まで連れて行ってもらった。彼女がいれば何かプリンターに問題があったとしても、私が一人で対処するよりは随分と力強い。

 実家に到着するなり、お茶もそこそこにおばあちゃんが悲愴な声を上げた。

「プリンターが動かへんねん。急に動かなくなってん」

 どれどれ、とまずプリンターに手を付けたのは深那堵だった。一度トレイを引き出し、中の用紙を整えると再びセットし直した。

「フムフム…ちょっと一回プリントしてみよか」

 適当なページをプリントアウトしてみる。が、おばあちゃんの言う通り紙が出てこない。これには流石に深那堵も首を捻った。

「おかしいな…今見た感じだとトレイの中で紙詰まりもしてなかったし、インクもちゃんと入ってるし、エラーを知らせるメッセージも表示されていないし…」

「でも、プリンターが動かないのは事実やから、多分何か問題はあるんやと思うわ」

 私と深那堵はあれでもない、こうだろうか、と議論を繰り返しながら取説を眺めてはプリンターを再々起動させてみた。が、動作音はするものの紙が出てこない。印刷されてこないのだ。

 二人で議論している間、おばあちゃんは台所でよそ事をしている。自分が見ていても意味が分からない、私たち二人がなんとかしてくれるから自分は何もしない、といういつものパターンだ。

「もう一度プリントしてみよう」

 深那堵が幾度目かのプリントを試みた。が、その時、これまで出さなかった物凄い変な音がプリンター内から聞こえてきた。

 ガガガガガガ――――!!

 間違いなく『調子悪いよ』という音である。

 再度、深那堵がトレイを引き出して中身を確認したが、矢張り中身には何の問題もない。まるで狐にでも撮まれた様な感じ、半ば『やはり不良品だったのか?』という疑念が二人の間に湧き上がってくる。

「おばあちゃん、今まで印刷した事あるん?」

 念の為に聴いてみた。

「何回も使ってるがな。料理番組のレシピとか印刷してるから」

 と、わざわざこれまで印刷してきたらしいレシピを見せてきた。キューピーがトレードマークの、あの料理番組で紹介されたレシピが数枚プリントされてあった。

「これなんか二日前に印刷してんで?それが昨日いきなりプリントを印刷できなくなったから」

 プリントを印刷、というところが昭和を感じさせる。いや、そんな事より驚いたのは、おばあちゃんがあの料理番組のホームページを開いて、レシピを印刷していた、という事だ。なんだかんだ言ってもパソコン教室だ。学んだ事を生かせているのは素晴らしい。

「おかしいな…でも基本的に異常らしいものは見当たらんが…」

 深那堵が再びトレイを入れた時、ふと気になった事があった。プリンターのトレイと本体が水平にならず若干浮いたように見えたからだ。

「あれ?これって水平になってなかった?」

 念の為、取説に描かれている各部の名称とかいうページを見てみたら、確かにトレイ部分と本体は水平に描かれていたのだ。

 ……もしかして、問題はトレイではなくトレイの奥なんじゃ……?

 トレイを引き出して中をじっと見てみる。ぼんやり仄明るい中、白い何かが見えた。くしゃくしゃとした何かが見える。

「ああ!」あれや!!何か引っかかってる。多分紙やと思うけど」

 謎は解明された。名探偵私!

 トレイの奥にある紙は、本体の上カバーを取り除いてからゆっくりとはがしていった。インクで幾分か汚れているくしゃくしゃの紙が取り払われたので、再びトレイをセットすると…なんという事でしょう!本体とトレイは水平な元の姿に戻ったではありませんか!まさしく感動のビフォーアフターである。

 感動にむせぶ暇を惜しむ様に再度プリントアウトにトライしてみる。おばあちゃんの利用している料理番組のホームページからレシピを選んだ。

 シャカシャカシャカ…ガガガ…ピー

 いい音だ。完了音まできちんと知らせてくれた。二時間も格闘した甲斐があったというものだ。

 長い戦いは終わった…。


 わかったこと

『プリンターの調子が悪い時は、トレイの奥も見たほうが良い』

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