人間とアンドロイドのひと 最終話

 目を覚ますと、若い男が部屋のソファで寝ている。そういえば昨夜、"居候"をやっている男性を泊めたのだった。普段と違う状況に一瞬戸惑ったがすぐ把握した。修学旅行の2日目の朝のような感覚に近い。見知らぬ天井を見つめながら「ああ、そういえば修学旅行に来てたんだ・・」と実感するのに時間を要したものだ。もう記憶もあやふやなくらい昔の話だが。


 ベッドから立ち上がりテレビのスイッチを入れる。彼を起こさないよう音量を少し下げた。

 現在でもテレビという名で呼んでいるが、ネットサービスとの境界線は曖昧である。特にバラエティ番組では、視聴者から送られて来る意見にリアルタイムで反応するようなインタラクティブ性の高いものが多い。ネットの生放送チャンネルの規模を大きくしただけとも言える。


 ニュースは、先日行方不明になったアンドロイドの話題に移った。

 思い出した。1週間ほど前に不具合を積んだアンドロイドが出荷前に逃げ出し、識別タグを外して街に紛れ込んだという事件だ。


 キャスターは表面上は落ち着いているが、微妙な声色の変化が良くない状況を物語っていた。

 ニュースによると、該当アンドロイドは逃亡する際に人間に危害を加えており、昨日まで危篤状態だった被害者が今朝になって死亡したとの事だった。またそれ以外にも、ここ数日で4つの傷害事件と2つの殺人事件が近隣で連続発生しており、警察は該当アンドロイドとの関連を強めて捜査しているという。


 これまで、アンドロイドが人間を怪我させた事例があったことは知られている。それでも死者が出たことはなかった。今回、明確な敵意を持った機械が人間を殺すという"人類史上初"の大事件が起きたのである。


 とうとう科学の歯車が間違った方向へ廻り出してしまった。


 鉄、火薬、核エネルギー。今まで人類が生み出してきた科学の結晶は時として殺人兵器と化すこともあった。それらは、たとえ民衆が上手くコントロール出来ないものだとしても、最終的には使用者の意志を持って運用してきたものだ。しかしアンドロイドは違う。何かの不具合でアンドロイド自身が意志を持つのである。そのアンドロイドの自発的な行為は誰の思考の影響でもない。そういった制御不可能な個体を破壊処分したとしても、またすぐに次の"覚醒めた"アンドロイドが現れるだろう。


 理由は分からない。なぜ彼らが自意識を持つのか、どう止めるべきなのか。解決しようにも、全アンドロイドの製造を停止することはもう現実的ではない。人類は既にアンドロイドに依存しているからだ。電気や車、コンピューターに我々が耽溺しているように、アンドロイドはそのインフラを構築する中心的存在だ。生活の進歩というものは極めて不可逆的なものである。


 私はそっとテレビを消した。部屋には私と居候の彼だけがいる。さっきから胸の中が騒ついている。無音の状況がよりいっそう嵐の前の静けさを予感させているようだ。


 突然部屋のドアをノックする音が響く。私は不意打ちを食らったように肩がビクリと動いた。ドア越しに数名の人間の気配を感じる。

 何かの予兆か、結末かは分からない。とにかく、一寸先が急展開であることがはっきり分かる。


 後ろを振り向くと、ソファで寝ていた居候の彼がいつのまにか立っている。更に、状況が把握出来ない私を突き放すように部屋のドアが勢い良く開いた。その光景がスローモーションのように一つ一つの動きがはっきりと見える。

 ドアが開いた瞬間、数人の黒服の男達が見えた。全員顔にゴーグルのような装備をしている。黒い水筒のようなものを持った男と、U字型の機器を持った男、その後ろからは黒いコートを羽織った警察官が3人立っている。


 先頭の男が、水筒のような黒い水筒型のものをこちらに向かって投げた。それが膝ぐらいの高さでこちらに飛んで来る間、目を凝らしてよく観察してみる。フラッシュバン・・・?

 急にスローモーションが解けた。黒い筒が炸裂する。視界がバッと光りに包まれ、轟音が響く。眼と耳の両方の感覚が麻痺した。


 人の気配と空気の振動を体で感じる。男達が公安関係者だということは明らかだった。

 ゆっくりと視覚と聴覚が回復していく。彼らはU字型の機器を持った男を先頭にして私達の前に立っていた。


 居候の彼が膝を床について頭を抱え込んでいる。


 分かっていた。本当は彼がアンドロイドだということを。会ったときから薄々感じていた。昨日出逢ったばかりなのに、私はどうやら彼に感情移入しているようだ。私はつくづくアンドロイドといるのが好きなのだ。

 目の前にいる、凛とした、まるで血の通った、人間的な彼がアンドロイドなのである。いくつもの感情や思考が平行していて言葉が上手く出ない。


––––しかしその沈黙した状況は急激に打ち破られた。


 黒服の男はU字型の機器を私に向けたのだ。次の瞬間、今までに体験したことのない電気的な痛みが私を襲う。視界がゆがんで、"覚醒めた"時の最も古い記憶が蘇った。

 私は自分の冷たい循環器官を初めて見た。いま全て思い出し





おわり

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人間と、アンドロイドのひと KK @kk1_

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