グレゴリオ呪歌

 あたまからおしりまで。足からミンチにしては。頭では草刈り機の事ばかり考えている、撲滅。本能の赴くままに行動して最後にはプリンになってしまった撲滅。 撲滅された。撲滅されてしまった、と気付いた頃には生えかけていた。草だ。まだ草は生えるんだ、大地は死んでなかったんだ! 腕を広げて疾走した。走り出す事ができた。こんなに空って広かったのね! 死ぬしかない! 歴史学者は命の終わりまでにこの歴史書を編纂しなければ死んでも死にきれないと思って一日64時間は部屋にこもっていた。みるみる脳がプリンになっていくのに彼はしばらく気付かなかった、いや一日を64時間過ごせるようになってからだんだん本当は気付いていた。俺はプリンなんだって。でもやめなかった。むしろうれしかった。ふんわりとやわらかなものにつつまれてまどろんでいたかった。あたたかく、なめらかな肌触り、人をまどわす匂い、発狂だ! 柱から念仏が聞こえて天が割れ、裂け、聖人が降臨する。編め、靴下を編め! セーターを編め! マフラーを編め! 編んで編んで編みまくれ! それ! 編んで編んで編みまくれ! それ! 編んで編んで編みまくれ! どうした! 編んで編んで編みまくれ! 歴史学者は気がついたらセーターやマフラーや靴下を編んでいて、歴史書はちっとも書き進んでなかった。これが……プリンになるということなのか! 誰かお助け! 掘るしかないのかこのプリンまみれになったままあげられるはずもないセーターを! 勇気が欲しい。100メートル走に出場する勇気が欲しい! 「馬鹿野郎!」先生は私の足関節を外した。「俺がお前を一人前にしてやる!」その日からと言うものはアフリカで盆踊りが流行ったけれどぼくはこっそり編み物教室に通うようになって、廃人寸前だ。鏡を見て驚いた。何だこの廃人は。いや、こんなのどうせ噂だ。気にするな、噂だ。自分の拳で自分の拳を握り潰す「セルフ握り潰し拳」ができるって人がいるっていう噂をきいたんだうわさ! 噂は信じない方がいいうわさ! うわっさみい、もう三月だぞ。うわーさみーうわさ。うわっささみが転がってる! 道路の真ん中にささみが転がってるぞ! という噂だったのだけど、まあ噂だきにするなって言おうとしたら車が通ってささみが轢かれちゃった。ささみちゃん! 私は彼女に走りよった。ささみは息も絶え絶えながらに言った「私はもうだめだ、私には分かるんだ、私はもうだめだということが。だめなんだ、もう、だめなんだ! だめだ! 私はだめだ! だめだ私は、だめだめだ! めだめもう私だめだ! だめ私はだめだもう、私だ!」私はささみちゃんを抱き上げて歩き出した。ささみは叫ぶ「私をここで終わらせてくれ!」私は叫ぶ「まだまだ終わらせないぜ? お前に着せたいセーターがあるんだ。私がプレゼントする勇気が持てる日まで、勝手に終わるなんて許さないから!」という話を、歴史学者は聞かされた。「それはすごいですね、きっとそれはすごいんだろう、うん……すごい。そう言わせてくれ、すごいよ。うん……きっとそう言おう、すごい。それは。すごいきっとだよ。そう言おうか。それは……うん……きっと、すごい。うん……すごい……と言っておきます……うん……うん……うん……うん……あっ……うん……すごい、あっ、すごいですよそれは。言いたい。うん、あっ、きっとそうだ、すごい、あっ凄いと思いますよ。言っておきます。うん、うん、あっ、すごい、あっ、あっ、あっ、うん……」相づちの勢いは光速を超え、衝撃波で高知県がめくれあがった。高知が消滅した。これが後に言われる高知県崩壊である。高知県が! 高知県が消えた! このニュースは全国を駆け巡った。「四国は終わった……これから、三国時代が始まる……」闘いの火蓋は切って落とされたのだ! でもそんな三国は見たくない、武将なんていらない、ぐあああああああああああああああ!! 家が燃えている! 俺の家が燃えている! 俺の家が! 熱く、激しく! 俺の家! 誰だそこで火に当たっているのは! たき火じゃない! 家が燃えているんだぞ! あたるな! 燃えてるのは家だぞ! くそっ殺すぞ! 家が燃えてるんだぞ! 殺すぞ! 燃えてる家の側だぞ! 俺の家で殺すぞ! そして呼ばせてくれ、ダーリン。ぼくはもう歴史を書く事は無理なのかな? あげる勇気もないのにセーターを編んでるのがお似合いなのかな? ビー・ハッピー。そういう人もいたね。でも、もう掃除機の音しか聞こえない! 洗濯機の音しか聞こえない! もう編み物以外は聞こえない! 生活、編み物のある生活! 宣言します。生活する! 暮らす! いままでにさよなら、あのころにさよなら、わすれられなかったすべてにさよなら! 私幸せになります! 私は幸せになる、さよなら! 沈む夕日にもわかれをつげて、さよなら! 昇る朝日にすら、さよなら、会った人にすら、さよなら、出会った人にすら、さよなら、ああ、さよなら、さよなら、さよなら! だれにもなにもことばをかけずにすむ場所で、だれにもわかれを言わずにすむ場所で、暮らす。私、暮らす。生活。 生活! 私暮らすよ私生活! そして私は私だけに! ……おはよう? こんにちは? ………いや、言えなかった。どの言葉も相応しくなかった。私は本当はこう言いたかったのだ。さよなら。しかし言えなかった。言いたかったのに。もういってしまいたかったのに。ああ。ああ。ああ。だけどーーーーーーーー! だけど……まだセーターが編みかけだ。靴下も放っておいてしまってる。マフラーには手を付けてすらいない。……春が来てしまった。また春が来てしまったのか。セーターは喋らない。靴下もマフラーも喋らない。私だけが喋っていた。誰もいない生活の中で。私だけが喋り続けていたのだ。


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