アリさんとキリギリスとバイオリンと私

 聞いてくれよプラスドライバー! 俺のマイナスドライバー思考を! アリさんは一生懸命働いてるけれどキリギリスってバイオリンを弾いてますよね? でも冬のはじめに、キリギリスがバイオリンと喧嘩しちゃうの。キリギリスいわく「アリはアリさんって呼ばれる事もあるのに、どうして俺はいつもキリギリスって呼び捨てなんだ! 呼ばれたいんだよ、キリギリスさんって! お前だけでも俺をそう呼べ!」するとバイオリンは「じゃあ私の事、バイオって呼んでくれるならいいよ」と言いました、二人はがんばってお互いの要求に応えようとしたが、そんなのは不自然だってアリさんが余計なこと言ったせいでお互いに気まずくなってしまって、だんだんつまらないことで喧嘩をするようになる。そしてキリギリスは車に轢かれて死んだ! 葬式でバイオリンは泣いた、どうして喧嘩したままでいたんだろう、謝る事もできないまま二度と会えなくなってしまうだなんて、つってわーんってなってっちゃって、そしたら出席していたアリさんバイオリンの肩に手を回し、今日だけは俺の胸で泣きな、つって。そんな葬式でした。そして式場に、俺はサンタの格好でマイナスドライバーを手にして踊りこんだんです。「メリークリスマス!」って。だってクリスマス近かったし。すると普段は文句も言わず重労働に耐えていつもニコニコしてる温厚なアリさんがぶち切れて、常識をわきまえろ馬鹿野郎って言われた俺は素直に帰ってしまった。俺どうしたらいいんだろうね。いや、アリさんは正しい事言ったよ。彼はいつも正しい。でもね、常に正しい人というのは、逆に非常に邪悪なんだと思うわけですよ。人間は正しい事を言うとき、邪悪になるんです。そういう悪い気は蓄積する前になんかしらの方法で中和しなければならないので、俺はときどき非常識な悪事を働いてバランスを取っているんです。しかし分かってくれる人は少ない! 虫の息だ! いや、そんな言い訳は欺瞞だ! というわけで、俺はつつましく生きる方法を学ぼうと、後日お菓子を持ってアリさんの巣に行って謝って、常識を知りたいので弟子入りさせてくださいって言ったの。そしたらアリさん「いや葬式の件は過ぎた事ですし、あの時は僕も酒が入っていたのでついかっとなってしまいましたよ気にせんで下さい、あははっ」と言うので俺はいらいらしながら笑ってたんですが、よく見てみるといらいらしながら笑いながらマイナスドライバーを振り回してました。あっ終わった、もう俺とアリさんは二度と仲良くできない、そう思ったので、もういいやどうにでもなれっつって「メリークリスマス!」って叫びました。家に帰ってから、おかしいな俺は悪い気は中和してきたのにどうしてちょっと邪悪なんだろうって悩んでたら、お腹が減ってきたので、なにか簡単な物を作ろうと台所にいったんですが、もう何も食べ物がのこってないんですよ。うわっやべえ、この季節は食べ物取れないし詰んだのかな? アリさんは食べ物を備蓄してるけど、こんな俺には絶対に分けてくれない、それくらい俺も知ってる。困り果てたのでバイオリンに会ってみた。俺がいきなり尋ねてきたのでバイオリンも困ってました。俺とバイオリンは普段は全然つきあいがないので、それはそうでしょう。「食べ物が底をついたから分けてくれ」と言うと、バイオリンは「食べ物はないけど、シャガールのリトグラフがあるから、これを売ってなにか買えばいい」と、一枚くれました。いいのかい? と俺が聞くと、それはキリギリスのものだったし、彼のものは売る事にした、なぜなら彼の遺品で残しておきたいのは自分自身なのだから、と言い放って、おいノロケかそれはふざけやがってっつって俺が言ったら、なんだかキリギリスの事を思い出してしまったのか目に涙をためて、湿ったため息をついて、そうよねわたし馬鹿よねつって、それで俺はね、そうね、とにかく腹がへってたのでリトを売りに行きました。近所の骨董品屋に行ったんですが、小林秀雄が店番をしていて、死んだはずの小林秀雄がなぜ? とはなはだ疑問だったのですが、おなかが減ってたのでとにかく金に換えようとリトを見せたんですが、小林は一目見て「そいつはにせもんだよ」と言う。俺びっくりしちゃって、くそってなって、マイナスドライバーを抜いてしまったんです。すると小林はびっくりして、「そのマイナスドライバーをよく見せてくれ」と言います。俺もびっくりして、言われるがままに見せたら、小林はそれを手に取ってみて、それからびっくりして「これはびっくりだよ」って言うんですから俺もびっくりですよ。そんでしばらく二人でびっくりびっくりしてたら、なんか楽しくて、二人でくすくす笑ってて、ああ俺今ちょっと幸せだなって思いました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る