ヨーグルトちゃん
バターの甘い香りがすべてを狂わせた! 一瞬のミスがダウンヒルのコーナリングを10秒タイムロスさせ、カウンタックは断崖に突っ込み炎上、部品をショットガンのようにばらまいたのだ……ネジはうさぎに、バネは子鹿になり、野原をかけめぐる。そして人々はこれで平和がもどると思った。思ったのに! 炎上するカウンタックからは動物でも人間でもない、ましてや車でも火の車でもない、経済システムそのものが姿を現したりする……
「経済! それは人間の頭脳が生み出した、神の次に計り知れない究極の兵器!」人々は恐れおののいた。「これから、神と経済の、第四次世界大戦が始まってしまう!」だが次の瞬間には山には花が咲き、野には小麦が実り、町には笑顔が、ビーチには水着の女の子があふれた。神が勝った! 勝負はもうついた、神が勝ったんだ!! この世は神の名の下に、永遠に幸福になったんだ! だがバターは歯ぎしりしてそれを物陰からにらみつけていた。
「これでは計画が台無しだ……! 世界のすべてを乳製品にしなければ理想郷は完成しない!」
そこでバターはバターであることをやめ、純粋に今ある世界を壊す存在に成り代わる。山で花を踏みにじり、野の小麦に火を放ち、町の子供を殴り、ビーチの女の子の水着を脱がした! 一週間後、ブタ箱の牢屋の奥で囚人と成り果てた彼は叫んだ……
「俺は間違ってない! 世界はこのままじゃいけないんだ! なぜ分からない! バターを! 山にバターを咲かせ、野ではバターを栽培し、町では笑わずバターし、海の女の子にバターを塗れ!」
牢の前で警官たちは黙って首を振る。
「かわいそうに……」
「よっぽど何かあったんだろう……」
「もし俺が同じ立場だと思うとぞっとする……」
「もし同じ立場だと思うと……」
「同じ立場だったら……」
そうして警官たちはバターの牢屋の前で立場についてよく考えてみた。そうだ、彼はいろいろあって捕まったが、なにも悪くない。神と経済の戦争に負けたせいで、泥を被ってるだけだ! 戦争はまだ終わってない! まだ負けたわけじゃない! 警官たちは牢屋の鍵を開けると、彼とともに外へと繰り出した。
「今日から貴様らに課税する! 水着の女の子以外は生きてるだけで税だ!」だがそれは老婆まで水着を着て脱税を計るので失敗に終わる。
「こいつら、自分を女の子だと思ってるつもりか……!」
警官たちは逆R-18をもうけて18歳以上の水着女を死刑にしようともくろんだが、あまりの事態のひどさに神が歯ぎしりしながら物陰でにらんでいた。
「これでは勝った意味がない……! 公僕と乳製品の分際で法をつくるなんて、死ね!」
そうしてソドムとゴモラは焼かれた。だがしかし、ソドムとゴモラは無実の町であった。これは神の史上最大の誤爆として今でも伝説として残っている。ソドムとゴモラの民は怒り狂った。
「俺たちは乳製品じゃない!」
「俺たちは! 乳製品じゃない!」
それからである、乳製品が忌み嫌われ、ただヨーグルトというだけでリンチされたりさらし者になったりするようになったのは……。
「おかあさん、どうして私、ヨーグルトだってだけで皆に笑われるの?」
小学校に入ったヨーグルトちゃんは泣きながらおかあさんに言った。
「ごめんね娘……うちの家系がヨーグルトなばっかりに辛い思いさせて」母はヨーグルトちゃんをそっと抱きしめながら「命の危険を感じたらこれで応戦しろ」とワルサーP38を渡した。
ヨーグルトちゃんは黒光りするワルサーのずっしりした重みをそのまま自信につなげた。
「わたし、もう怖いものなんてない!」ヨーグルトちゃんはワルサーを構えて誇らしげに言った。学校に行き、近寄ってきたいじめっ子を射殺! いつもばかにしてくる教師を射殺! 取り押さえようとした教頭を射殺! 完全降伏した校長を射殺! 逃げまどう同級生を射殺! 射殺!
「やっぱり、乳製品なんてテロリストだ!」児童たちは泣きながら逃げていった。ヨーグルトちゃんは屋上に立ち、校庭を蟻のように逃げ散る生徒を見下ろして爆笑した。
「笑止千万! 私は、お前たちが生み出したのだ! 貴様らの心の弱さ、邪悪さがテロを生んだのだ! その当然の帰結を目の当たりにしていまさら弱者ヅラか! ふざけるな!」そうして意気揚々と家に帰り、母親に「今日は14人も殺したよ! 私って強い!」と報告すると、ぶん殴られた。
「おんまえは私の本当の子供ではない!」母親はブチ切れながら言った。
「えっ、どういうこと!」
「おんまえは私の本当の子供ではないんだよ!」
「どういうこと!」
「川で選択をしていたらね……生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ。その選択を川でしていた。そしたら高炉が流れてきてね。どんぶらこ、どんぶらこ、って。鉄スクラップとして金属会社売れば金になるかもしれん、と思って持って帰ったんだよ。だけども光ってる節があって、そこを割ってみると、銑鉄が流れ出てきてね。これを製鉄会社に売ると金になるかもしれんって思ったんだよ。銑鉄は高値で売れて、そのうえサービスでヨーグルトをもらった。でも私もヨーグルト、食べてしまうのはしのびなくてねえ。それで育てることにしたんだよ」
「そ……そうだったんだ」
「本当の子供のように育てたのに……残念だよ」お母さんは引き出しを開け、バズーカを取り出してヨーグルトちゃんに向けた。「さよなら、娘」
「待ってくれ! たしかに私は調子にのったのかもしれない! だけど善悪の基準も、やっていいこととわるいことの境目も判断できてない小学一年生だ! 今殺すのはおしい! そう思わないかい!」
「本当の子供のように思ってたのに!」
「思い続けてくれ、これからも! 血よりも濃い縁がある! そうだろう!」
「血よりも濃い……のむヨーグルトのような?」
(……なにいってるんだ、こいつ?)「そ、そうだよ」
「……仕方ないね。学校よりも、もっと色々学べるところがある。それにもうあんたは学校には戻れまい」そういってお母さんはバズーカを渡してくれた。「このバズーカとそのピストルで、道を切り開いて、行けるところまで行って学んでみなさい」
「だけど、どこへ!」
「世界へ!」
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