別れ。

私はベッドに入ってからも、ずっと眠れずにいた。寝返りを繰り返してはため息をついていた。

やっと眠りについてから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。私はベッドが揺れたような気がして目を覚ました。

ゆっくりと瞼を開けると、ソラの姿があった。

ソラ…

声を出したつもりが、心の中の呟きとなって彼にそれは届かなかった。

「音華…。今日ありがとう。…さよなら。」

何言ってるの?待って、行かないで…!ソラ!ソラ…‼︎

私の声にならない叫びは彼に届くはずもなく、私の中に降り積もるだけだった。

ソラはゆっくりと立ち上がり、寝室を出て行った。



翌朝、私はボーッとする頭を抱えながら部屋の扉を開けた。

リビングダイニングにはソラの姿は見当たらなかった。

「ソラ?」

一歩踏み出すと、裸足に何かふんわりとしたものがぶつかった。

「ソラ!ごめんね‼︎蹴っちゃって…。昨日の事も…。」

私はキツネのぬいぐるみを抱き上げた。

「なんで音華が謝ってんの。」

ソラでは無い声がした。振り返ると、佐久間によく似た人物が立っていた。…いや。佐久間自身だ。

「なっ…なんで入って来てるの⁉︎」

「そんなことよりさ、そのぬいぐるみ、もう中身は無いよ。」

そんなことよりって…。

「中身が無いって…どういう事?」

「簡潔に説明すると、ソラは死んだって事。」

「…は?何言ってるの⁉︎それに、佐久間はソラの何を知ってるの⁉︎」

「…諦めろ。音華。人間とぬいぐるみが結ばれる事なんて無いんだよ。いいか。ソラとお前が言っていた『覗き魔』ってのはな、向かいに住んでる人が部屋の中で飾ってるアニメキャラの実物大の抱き枕なんだよ。ソラはその事を知っていた。でも音華を落とすための策略に使ったんだよ。俺がお前の行動を見てたのだって、ソラが…」

「待って‼︎…何言ってるの?何勝手に他人の家上がりこんで自分の妄想語ってるの?ばっかじゃないの⁉︎」

「俺の事は別にどうでもいい。とにかく。ソラは死んだ。もう会えない。期待するな。これ以上言わせるなよ。」

意味がわからない。

「佐久間…。どういう事か詳しく説明しろよ…。あんたが言ってることがわかんないよ。」

佐久間は溜息を吐き頭を掻いた。わかった、と言って彼はイスに座って話し始めた。


ソラが人間の姿になる事が出来たのは、ソラによる催眠のせい。本当は姿を変えられるわけじゃない。催眠によって周りの人間は彼を人として見るようになる。その目的は、ぬいぐるみによる征服。いつの時代から始まったことなのかは知らない。随分と前から計画が進められていた。ソラがお前を落とそうとしたのはそれが目的。

だが、ぬいぐるみと生身の人間が結ばれる例は一つもなかった。今回だってそう。そのぬいぐるみの催眠をかけられる力が無くなったり、人間の方が他の人間と結ばれたり…

で、今回はソラの催眠の力が切れたおかげで失敗。


「ま、そういう事だ。信じられなくても良い。でも、それが事実だから。」

佐久間はそう言って立ち上がり、私の部屋を後にした。

私は話の内容を十分に理解仕切れないままソラの方へと視線を向けた。

もう、動かない。もう、喋らない。もう…



もう会えない。



私は、真っ白になった頭の中を、ただ1人で歩いていた。

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