ヒミツを作ろう③

その日、家に帰る途中、私は稔に会った。

『佐久間とはあまり関わらないほうがいいよ。』

かおるんとカナpの心配そうな表情が頭をよぎる。

「…こんにちは。」

私はそれだけ言って軽く会釈し、アパートの階段を急いで登った。

部屋のドアを開け、中に入る時、稔の方をチラリと見ると、目が合った。稔は何か言いたげに私を見ていたが、私はそのままドアを閉めた。


「おかえり。」

ソラは小さなダイニングテーブルに腰掛けて雑誌を読んでいた。

「家事はひと通り終わらせておいたよ。ご飯は作ってないケド。」

ソラは私に笑いかけた。胸がきゅっと締め付けられた気がした。

「…じゃあ、今日は私がご飯作るね…。」

私はぎこちなく笑って部屋に入った。


これが恋…?そんな…


その時、チャイムが鳴った。

私は制服から私服に着替えている途中で、さすがにこの格好で出るわけにはいかない。

「…ごめんソラ、代わりに出てくれる?」

「いいよ。」

その直後、心の底から“助かった。”と思った。

「…あ。"お隣さん"…?どうしたんですか?」

え⁉︎稔⁉︎

「音華さん、居ますよね?ちょっと話がしたいんで、会わせて頂けませんか?」

「…音華なら、具合が悪いって言って寝てますよ。ちょうど今寝たところなんで、また後日に来て頂けますか?」

ソラはそう言って稔と私が会うのを止めた。ソラ、ナイス!

「…そうですか。では、また後日。」

稔の声がして間も無く、ドアが閉まる音がした。


私が部屋を出ると、ソラは私に言った。

「帰ってもらったよ。音華、あの人に会うの嫌かなぁと思って。」

「…あ、ありがとう。助かった。今日学校で友達と話してたんだけど、あの人、ろくな人じゃないみたいだから。面倒な事に巻き込まれたくないからさ、あの人とは、あまり関係を持たないようにしようと思って。」

「そっか。……。音華?」

ソラは私の返答に笑ってから、私の姿を見て眉間にしわを寄せた。

「そのあざ…どうしたの?」

「え?」

「右腕の…」

私は訳がわからないまま自分の右腕を見た。すると、二の腕に五百円玉大のあざがあるのを見つけた。

「何コレ。いつの間に…」

「誰かに…?」

ソラは心配そうに言う。

「どうせ、そこら辺にぶつけちゃったんだよ。よくある事だし。」

「俺が良くない。」

ソラはそう言って私の腕を舐めた。

「…‼︎⁉︎なっ…何してるの⁉︎」

私は驚いてソラを振り払った。

「…?ただキツネに舐められただけなのに、どうしたの?音華?」

このソラの表情は苦手だ。この、意地悪く笑った顔は…

「…ソラって、自分のことぬいぐるみって思ってるの?」

ソラは私の言葉が理解しきれずに、首を傾げて見せた。

しまった。変な質問を投げかけてしまった。私は、なんでもない、と言うように首を横に振り、部屋に戻ろうとした時だった。

ーまた、向かいのマンションから誰かが覗いてるー

私は怖くなって体が凍りついた。

変な汗が出てくる。生暖かいような、冷たいような、“恐怖”が体から溢れてきたような汗が。

「また誰か覗いてるね…。」

ソラはそう言ってフッと息を吐いて私の頭に手を乗せた。

「大丈夫。音華は“普通”にしていればいいから。」

そう言って私をぎゅっと抱きしめた。

私はソラの腕の中で目を閉じた。

「人間に化けたぬいぐるみに抱きしめられてる時点で普通じゃないよ…」

私は、ポロリと零れた言葉に自分で驚き、ソラの顔色を伺った。

「そうだね。」

とソラは笑って私に笑顔を向けた。


その時、胸がきゅっと締め付けられるような気がした。同時に、心地良い感覚に包まれた。


その直後、私は無意識に行動してしまった。


ソラの首の後ろまで両手を伸ばし、私は少し背伸びをした。

そして、唇を重ねた。



自分のやった事に気付き、突然恥ずかしくなった私は、ソラから顔を背けた。

何をしているんだろう。なんで!なんで!恥ずかしいよ!

顔が熱くなるのを感じた。

自分からソラにキスを…⁉︎なんで無意識に…


私がうつむいていると、ソラは黙って私の頬に手を添えた。

暖かくて、大きなその手は、親とは違う、安心感を与えてくれる温もりを持っていた。

「珍しいね。どうしたの?音華…?」

ソラはそう言って私の顔色を伺おうとする。

“どうしたの?”って…。そんなの、理由なんて、理由なんて…

私はさらに顔が熱くなるのを感じ、ソラの手を振り払い、背を向けた。


この気持ちは、ソラに気づかせてはいけない。だから…


「ソラがあまりにも心配そうな顔するんだもん。そんなに大きな意味なんてないよ。」


私は、込み上げてくる気持ちを胸の奥へと押し戻し、そう言い放った。

ソラは、「そっか」と言ったきり、黙り込んでしまった。

気付かれないようにソラを見ると、どこか寂しそうな目をしていた。その目は焦点が合っていなかった。


この気持ちは、絶対に秘密にしておかなくちゃ。


私は、もう一度、自分に言い聞かせた。

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