ソラ

家に帰ると、母も父も居なかった。

今日は学校でろくな事がなかった。

ーもう、全てが消えて無くなってしまえばいいー

私はそう思いながら自分の部屋に向かった。

その時、ふ、とリビングに飾ってある古い狼のぬいぐるみが気になった。

ソラと同じ感じがしたのだ。

私は立ち止まってそのぬいぐるみを見ていたが、ぬいぐるみの目に吸い込まれそうな感じがして、目をそらし、部屋に入った。


「おかえり。音華。」

下に向けていた視線を前に向けると、金髪の美しい1人の少年の姿が。

「…。」

私は無言で机に向かった。

「ひどっ…。無視はないだろ。」

ソラという名の少年は私の肩に手を置いて耳元で囁く。

鼓動が早くなり、熱くなる。

正直な心臓とは正反対に、私の心は正直ではない。

私は肩に置かれたその手を振り払い

「勉強の邪魔しないでくれる⁉︎」

と怒鳴ってしまった。

「ごめん…。」

ソラは悲しそうな目で私に謝った。

私はそのまま宿題を始めようとすると、右耳に暖かい吐息がかかる。

私は驚いて椅子から落ちそうになった。

しかし、ソラの腕でしっかりと抱きとめられ、落ちずにすんだ。

私がホッとしていると、ソラが口を開いた。

「どうしたの?過剰反応しちゃってさ。なんか期待しちゃった?」

意地悪く笑ったソラの顔をまともに見れない。

近い…。ソラの顔が近すぎる。

私は、耐えられなくなって目をぎゅっと閉じた。

しかし、その後すぐに後悔した。

ソラの手が私の首元に触れ、肩まである髪を背中の方へとやる。

緊張して動けないことをいい事に、ソラは私のファーストキスを奪った。


ソラは私の顔を覗き込んで言った。

「こういう事を期待してたんでしょ?顔真っ赤にしちゃって、可愛い」

可愛いって言われたの、初めてだ。悪い気はしない……じゃない!なんでこうなる⁉︎おかしいよ。だって、急に……。だーーーーー‼︎‼︎思いだしてんじゃねーよ私!バカバカ!

私はソラを避けるようにして、机を離れた。

「なんで…。ソラは平気でそんなことできるの?」

私はソラに背中を向けたまま聞いた。

「んー。なんでだろ。音華だからかな」

ソラはそう言って私のベッドに座った。その言葉に振り向くと、ソラは手招きして私を呼んだ。

「おいで。昔話でもしてあげるよ。」

何を今さら子供だましみたいな事を…。

「早く。……音華。帰ってきてからずっと何か溜め込んでるでしょ。おいでってば」

なんで…

胸が痛い。目の前が霞んでくる。私はその場に座り込んだ。足元に大粒の涙がこぼれる。

背中に誰かの手が触れた。ソラの手だ。

その手は、私の背中をさすったり、髪を撫でたりした。

優しくしないでよ。

「音華…。俺が音華のオアシスになるよ。俺には甘えていいから。泣いていいから。俺は全然、迷惑じゃないから」

その言葉が嬉しかった。

私はファーストキスを奪われたことも忘れてソラの胸に顔をうずめた。

ソラは、私の涙が止まるまで、ずっと、ずっと髪や背中を優しく撫でていた。


涙が止まると、ソラは私の耳元で囁いた。

「音華、今、何がしたい?」

え?

「何?急に…」

私は鼻声でソラに聞き返した。

「んー。なんとなく。」

「なにそれ。」

私がクスッと笑うと、ソラは私をぎゅっと抱きしめた。

「それだよ。音華に笑って欲しかった。ずっと怒ってるか、泣いてるか、どっちかだったからね。」

ソラはそう言って笑った。太陽のように眩しい笑顔で。

「あのね…」

そう言いかけた時、母の声が聞こえた。

「音華ー。いるの?ごめんね、パート遅くなっちゃって…。今ご飯作るからー」

ソラを見ると、ぬいぐるみの姿になっていた。

私は慌ててソラをベッドの上に置いて、机に向かった。ソラが人間の姿だったら、きっと母は「私が彼氏を家に連れてきた」みたいな感じで勘違いを起こす。それで騒がれるよりは、黙っている方が賢明だ。


しばらくすると、母の呼ぶ声がした。

夕飯が出来上がったらしい。

私はその声に返事をして部屋を出た。

食卓に着くと、いつの間にか父もいた。いつ帰ってきていたのだろう。音楽を聴いていたから気がつかなかった。

「音華、大事な話があるんだ。」

私が夕食のコロッケにかぶりつくと、父が真剣な表情で言った。

「お父さん、転勤する事になったんだ。それで、音華には迷惑をかけたくないから、学校の近くにアパートを借りて、そこに住んでもらおうと思ってるんだ。」

「え…。ひとり暮らしって事?」

私が聞くと、父はうなずいた。

「心配だったら、お父さんとお母さんについて来てもいいのよ。そこは音華の判断に任せるわ。」

母が心配そうな眼差しで私を見つめる。

「別にいいよ。どうせ、大学生になったら1人暮らししようと思ってたから。」

「そう…。ごめんね…ちゃんと家賃とか光熱費とかは仕送りするから。お金の事は心配しないで。」

私は何も心配してませんが?

そんな事を考えながら、私は食事を済ませて部屋に戻った。



夜中、誰かに揺さぶられて目が覚めた。

犯人はソラだった。

「1人暮らしって、本当なの?」

ソラは開口一番それを聞いた。

「…うん。」

私は眠い目をこすりながら答えた。

「…マジか。じゃあ、俺、ずっと人間でいられるんだね。」

ソラはニッコリと笑って言った。

「そしたら、引っ越すんだね。」

当たり前だろ。

「初めてだな〜ちょっとワクワクする」

ソラは目を輝かせている。

「私眠いから寝る。おやすみ!」

私がそう言って目を閉じると、ソラは静かになった。

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