困った事になりました。

シルクは、笑顔で(目は明らかに笑っていなかったけど)私と咲夜をリビングまで誘導した。

私は、少し緊張していた。

だって、咲夜は明らかにシルクに対して不審感を感じているようだったから。

「紗雪、こいつは何者なの?」

と咲夜はシルクをジロジロと見ながら私に問いかけた。

「えっと…」

「いとこの知り合い。」

私が答えに困っていると、横からシルクが口を挟んだ。

「いとこの知り合い?遠いね。そんな遠い親戚(?)がなんで紗雪の家にいるの?」

「こっちの親に色々あってね。かなり複雑だから説明しても理解できないと思うよ。俺だってちょっと訳わかんないし」

咲夜の質問に、またシルクが答えた。

「紗雪、そうなの?」

咲夜は不信感溢れる眼差しで私に問いかけた。

「う、うん…」

私は、慌ててうなずいた。

「そんなに不審気に見ないであげてよ。紗雪は何も悪くないんだし。それに俺、紗雪に手出ししてないから。」

とシルクが言った。

いやいや。手出ししていたよね?

「つーか、俺がここに居たら邪魔だよな。ごゆっくりどうぞ」

とシルクはそれだけ言い残して、隣の部屋へと姿を消した。


部屋には、沈黙が。

話しかけづらいよね〜。

こっちも話しかけづらいよ…。

ふぅ、と私が溜息をこぼすと、咲夜はやっと口を開いた。

「あの、さっき言ったこと、本気、だから。その、返事とか、いつでもいいから。なるべく、早い方が、良いけど…」

咲夜は途切れ、途切れ話した。

「あの、なんで私なの?」

思わず口から心の声が零れ出た。

その言葉に咲夜は一瞬驚いて私の顔をじっと見つめた。そして

「なんでって…。好きになるのに、理由なんている?」

と逆に聞き返されてしまった。

「私、今まで『恋』をしたことがなくて…。人を好きになるって、イマイチわかんないんだよね…」

私がそう言うと、咲夜は急に甘い声にして私の耳元でこう言った。

「じゃあ、俺が教えてあげようか?」

私の耳に咲夜の温かい吐息がかかる。

顔が熱くなっていく。

恥ずかしくなって、私は固まり、目をぎゅっと閉じた。

さっきも同じような事をシルクにされたような…?

咲夜は、私から顔を離した。

ゆっくりと目を開けると、咲夜は

「デート行こう」

と言った。

「いや、まだ私、返事してないし。」

「じゃあ、今お願いします」

「いやいや、なんでそうなるのか全然わかんないんだけど!」

私が反論すると、咲夜はしょんぼりした顔で「じゃあまた今度にしようかな」とつぶやき、帰って行った。


私は、ホッとして胸を撫で下ろした。

あ。シルクは…?

そう思って私は隣の部屋のドアを開けた。見ると、シルクはぬいぐるみに戻っていた。

「咲夜、帰ったよ。」

私がそう言うと、シルクはまた人間の姿になった。

「じゃあ、また紗雪と2人きりで居られるの?良かった。」

ふふ、と笑ったシルクの横顔はどこか寂し気で、胸の奥がキュッと締め付けられる気がした。

シルクは立ち上がり、私の方に近づこうとした。

でも、シルクの足元はフラつき、少し顔色が悪いように見える。

「シルク、大丈夫?」

と私が声をかけると、同時にシルクはバランスを崩してその場に座り込んだ、というより、転んだ。

私が慌てて支えると、シルクは蚊の鳴くような声で何かを言った。

「え?なになに?」

私がシルクの口元に耳を近づけると、シルクはもう一度小さな、少しかすれた声で言った。

「…キス…して…」

冗談じゃない。病人を装ってまで私とキスがしたいのかっ‼︎

「ふざけないでよ!」

「…ふざけて…ない…よ…?」

「もう、付き合っていられないよ」

私がシルクを押しのけようとした瞬間、どこからかクスクスと笑う声が聞こえてきた。

シルクではない、誰かの声。

次第にその声も重なり、部屋中に広がっていき、しゃべり声も聞こえてきた。

『シルクったら、ありゃ、自業自得だよねぇ』

『うんうん。あれだけ紗雪ちゃんにキスしてたらダメだよねぇ。しかもちょっとからかってるようにも見えたし。』

『やっぱりぬいぐるみの姿でキスしてもらったほうが良いに決まってるよ』

『でも、ちょっと人間の姿でキスするのって憧れるかも!』

『えー。ないない。』

色んな声が会話をしている。

ポルターガイスト…⁉︎

怖いっ…‼︎

私は、恐怖のあまりにシルクにぎゅっと抱きついてしまった。

すると

『紗雪ちゃんがシルクに抱きついた!またイチャイチャ始めるのかなぁ?』

『何楽しみにしてるの!明らかに紗雪ちゃん、ビビってるでしょ!』

『ハハッバーカ(笑)』

と、また声が聞こえた。

「やめてっ‼︎お願いだから静かにして!」

恐怖の中、私が声を絞り出すと、部屋の中はしん、となった。

「紗雪…安心しろ。お化けじゃないから…」

シルクは、まだだるそうにゆっくりと私の腕をほどき、私にキスした。

私がシルクを突き放すと、シルクの顔色は元に戻っていた。

「ありがと。紗雪」

私は何がなんだかわからずに呆然としていると、シルクは私の手を引いて部屋から出た。

リビングでは、さっきの声は聞こえてこない。

シルクは私を座らせると、こう言った。

「さっきの声は、ぬいぐるみの声なんだ。」

と。私は一瞬頭の中が真っ白になった。

「どういう…こと?」

「あれは、ぬいぐるみの声なんだけど、俺とは違って、あいつら、人間の姿にはなれない奴らなんだ。ぬいぐるみ、今までも俺たちのやりとり見て、勝手に喋ってたんだ。勿論、俺は元はぬいぐるみだから、それが聞こえてた。でも、紗雪にも聞こえるようになったんだな。あいつら、結構おしゃべりだけど、悪い奴らじゃないから。仲良くしてやってよ。ね?」

えっと…。

ぬいぐるみの声…?

私が今まで聞こえてなかっただけで、今までの私とシルクのやりとり、見られてて、しかもずっと喋ってた…⁈

「ごめん。頭の整理がつかない。」

「だよな。」

シルクは笑ってそう言ったが、明らかに困っている様子だった。

私は壁にもたれて溜息をつくと、シルクは私の隣に座り、私と同じように壁にもたれた。

なんか、もう、疲れちゃった。

私は、シルクの肩に頭を乗せた。

私がもう一度溜息をつくと、シルクは黙って私の頭に手を置いた。

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