アブナイぬいぐるみ

「おかえり。」

ドアを開けると、シルクがベットの座って本を読んでいた。

まだ午後6時。

昨日より圧倒的に早い時間から人間になっている。

「ただいま。服と食べ物、買ってきたよ。」

「ありがとう」

そう言ってシルクは読んでいた本を閉じて、私から服の入った紙袋を受け取った。


ん?何か、シルク、変…?

いや、気のせいか。

私は食事の支度を始めた。

今日のメニューはハンバーグだ。


ハンバーグを焼き始める頃、シルクが部屋の奥から出て来た。

新しい服を着ている。

「…どう?変じゃない?」

かっこいい…咲夜のセンスに頼って良かった…。

「すごくイイ!かっこいいよ!」

思わずテンションが上がって叫んでしまった。

シルクは照れくさそうに頭をかいて笑った。

「…なんか、手伝う?」

「ううん。大丈夫。もう出来上が…」

「あれ。」

言いかけてた言葉がシルクの声にかき消された。

「紗雪、朝、こんなネックレスしてたっけ。」

「ああ、それは…」

っ!"咲夜に貰った"なんて言ったら、シルク、どういう反応するかな…

「と、友達に貰ったの。プ、プレゼント交換?みたいな?」

「ふーん。」

誤魔化せ…た?

あ。ハンバーグ、いい匂いがしてきた。

そろそろ、だな。

私はコンロの火を止めた。


「いただきまーす!」

シルクが目を輝かせている。

「ん!んまい!チーズ入ってる!」

「良かった。気に入ってくれて。」

嬉しい。自分の手料理を気に入ってくれただけじゃない。家で誰かと一緒に食事することも、嬉しかった。

心が、くすぐったい。

「紗雪、なんか嬉しそうだね。」

「…うん!」

ばれた。

「シルクは私の心の中が見えるみたいだね。何でもわかるんじゃない?」

「…うん。紗雪のこと、ずっと見てきたからね。いつも間近で。」

シルクは恥ずかしそうにうなずいて笑った。

「でも」

笑顔から一変、悲しそうな表情で言った。

「でも、紗雪が学校でどんな奴といるのかは、わからない。誰を好きなのか、わからない。外の世界を俺は知らないんだ。」

「…。シルク、そんなに、外の世界が見たい?」

「もちろん。」

「じゃあ、昼間も人間になれる?」

「…最初に言ったでしょ。俺は、夜しか魔法がとけない。だから…」

「それなら、今から出掛けようか?」

「え…?」

その時、時計は7時半をさしていた。



「で、出掛けるって…本気で言ってるの?紗雪…」

「もちろん。何か問題でも?」

「…」

シルクは黙って首を横に振った。

「よし。行こ。」

「待って。靴…。」

「…。それは?ほら、そのクロックス。それなら履けるんじゃない?」

「うん。履けた。」

私は微笑んでシルクの手を握った。

「外の世界へようこそ」

そう言って、ドアを開けた。


「夜だからほとんどの店、閉まっちゃってるね。」

商店街を歩きながら、シルクはそう言った。

「…散歩なんだから、店なんて別に必要ない…」

「あ‼︎あそこ!あの店開いてる!」

シルクが指さした先は…

ラブホ。

「…っ!あそこは私らみたいのが行くところじゃないの!」

「?そうなの?じゃあ、どんな人が行くの?」

幸いな事に、シルクはラブホというものを知らないらしい。

「…お、大人よ。立派な大人にならないと、入れないのよ。」

「ふーん。あ。」

目線の先には、私と同じくらいか、それよりもう少し年下のカップル。

「あの人達…入ってったよ。俺たちも入れるって。」

そう言ってシルクは私の手を引っ張った。

「っ…‼︎いやっ!」

そう叫んで、シルクの手を振り払った。

「…。ご、ごめん。」

「…帰ろっか。」

「もう…?

…。よし、帰ろう。」

シルクは一瞬戸惑った表情を見せたが、私の気持ちを読み取ったのか、私に合わせてくれた。

なんだかシルクに申し訳ない気分で、私はシルクと元来た道を歩いた。


家に帰って来たのは8時。

「シルク、ごめんね。せっかく外に出たのに…」

「いいよ。また今度、紗雪の気がむいた時にしよう。」

シルクは優しい。

でも少し、罪悪感が…

「ところで、そのネックレスの事、聞いていい?」

シルクが、私の首元を見てそう言った。

「そのネックレス、本当に友達から?」

「そうだよ。いや、かな。」

「…そのとかいう奴、男だろ。」

⁉︎何故わかった⁉︎

「〜っ。まあ、それは、その…」

「やっぱりか。」

シルクは不機嫌そうに言った。

「っ…でも!私はそいつのこと、別に、友達としてしか見えないし…」

「危険だな。」

は?

「そのネックレスのデザイン、お前好みだろ。」

うん。

「それ、欲しいとか思ってただろ。」

うん。

「やっぱり危険だな。」

「何がっ‼︎」

「女が欲しがっていたものを贈るなんて、どう考えても、お前の事好きだろっ‼︎」

え…。

じゃあ、帰り際のあのキスって…。

チャラいってだけじゃないの⁉︎

「紗雪。お前も女だぞ。」

一応って何よ。

「だからお前、もう少し警戒心っていうものを持て。バカ。」

シルクは冷たくそう言って、軽く私にデコピンした。

「バカって何よ‼︎さっきから聞いてりゃ、私を否定するようなことばっかり言って…!」

ポタッ

涙が落ちた。

なんでだろ。どうして、涙なんか…

その時、シルクが私の頭に手を置いた。

「泣いてんじゃねーよ」

「…っ!バカっ…!」

思わず、シルクの手を振り払ってしまった。そして、そのまま私はベッドに潜った。


0時頃だろうか、目が覚めた。

部屋の電気は消されていて、辺りが全く見えない。

ただひとつわかった事は、いつものように、隣にシルクが寝ていないこと。

私がベッドから降りると、ふにゃっとした柔らかい物を踏んだ。

それと同時に、ゔっ‼︎という声が。

慌ててスマホを捜して、そこを照らすと、シルクが寝ていた。

「…ごめん」

「んあ?紗雪ぃ…」

シルクは寝ぼけているのか、ゆっくりと起き上がってきたと思うと、私の顔スレスレまで近づいていた。

「シル…」

唇に柔らかいものが触れた。

なんて奴だ。さっき喧嘩したばっかりなのに、キスなんて…

悔しいけど、ずるい。


…っ‼︎息がっ…

その時、唇が離れた。

「…また引っかかったな。」

「なっ…!シルク…!」

またやられた。

「そのわりには必死に応えてたな。」

え⁉︎私、応えてたの⁉︎

その次の瞬間にまた唇が触れた。


意地の悪いぬいぐるみは、手に入れるもんじゃない。

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