異界の王女と人狼の騎士

@maimai

第1話 非日常の始まり

しゅう君、大好き! 」

 突然、日向寧々ひなた ねねは飛びつくように俺に抱きついてきた。

 木曜日の放課後、第一校舎の三階の教室。

 香水の心地よい香りが体を包み、俺は一瞬、ぼぅっとなってしまった。


「……ど、どうしたんだよ、日向。冗談はよせよ。……おいおい、何か変なもんでも喰ったんじゃないのか? 日向は漆多うるしだと付き合ってるんだろ? なにわけわかんないことしてんだ……はっはーん、どうせあいつとケンカでもしたんだろ」

 冗談めかしながら彼女から離れようとする。しかし俺の首に絡みついた彼女の両腕は思った以上に力が強く、簡単には引き離せない。

 潤んだ瞳で俺を見つめる日向の顔は、どう見たって冗談を言ってる顔じゃ無かった。俺は彼女の瞳に釘付けで、動くことができない。心臓はドキドキ状態に追いやられる。漂ってくる彼女の香りが鼻腔を刺激してクラクラする。


「……私、私、柊君のことが好きで好きで仕方がないの。本当はこれからもずっと隠しておこうと思ってた。でも、もう自分に嘘なんかつけないの」

 同時に唇に柔らかい感触を感じ、二人がキスをしていることを実感した。

 彼女の舌は俺の口に侵入し、さらに舌を絡ませてくる。


 俺は抵抗ができないまま、うっとりとした夢心地で彼女の為すがままにされていた。体は正直なもので、俺の両手は彼女をしっかりと抱きしめていたんだ。


 ―――しかし、……しかし、何でこんな事になったんだろう。


 彼女は親友の漆多伊吹うるしだ いぶきとつきあい始めたばかりなのに。


 まったく……まったく、どうしたんだ、どうなってんだ?




 「放課後に第一校舎で待ってる」と彼女からメールが来た時、何か予感めいたものがなかったといえば嘘になる。

 ウチの学校のこの校舎は、新築だけど施工不良のために取り壊しの判断がなされていたんだ。でも、工事業者が潰れて夜逃げしてしまったことと、取り壊しや新築の予算が確保できないことから今年度の対応は不可能とかいうことで、ずっと放置されたままになっていた。

 当たり前だけど、周囲には柵が作られて入られないようにしているし、建物の入口には厳重に鍵がかけられてる。でもそんなもん応急的な処置でしかないわけで、大した効力は無いのが世の常だ。生徒達によってあっという間に侵入口が作られ、今では生徒達の憩いの場となっていて、夜とかには複数の男女が出入りし、デートスポットになっているという噂だ。


 だから、そんなところに呼び出されるなんて、なんか色っぽい話かと思うのが普通。そもそも、ただの男友達と会うための場所としてはちょっと不自然だし、不適切だよな。


 しかも、二人っきりで……だからね。


 だけど、日向と漆多は最近付き合いだしたばかりだから、そういった事はありえず、ただの痴話喧嘩をして、困って俺に仲裁役を依頼したいんだろうって思うようにしていた。


 きっとそうなんだ。間違いない。うん。……てね。


 夕暮れの第一校舎には、当たり前だけど人の気配は全くしなかった。

 誰かに会ったらそいつと一緒に行くか、行くのをやめようと思っていた。だけど、そんな時に限って誰にも会わないもんなんだよ。


 結局、俺は校舎の入口に立っていた。


 こんな場所に俺と親友の恋人の二人っきり。もし誰かに見られたら誤解されるのは間違いない。

 何を思って日向は呼び出したんだろう。


 校舎の最上階の3階の一室に彼女はいた。

 夕陽に照らされた彼女は、なんだかいつもより色っぽく見えて、そして眩しいくらい綺麗だった。

 俺はどういうわけか心臓の高鳴りを感じたりして、なんだか恥ずかしくなっていた。


 おもむろに潤んだ瞳で俺を見つめたと思うと、彼女は突然抱きついてきて、ふう……この状態なんだ。


 もともと彼女は可愛い部類に入る子だし、性格も明るく良い子だからクラスでも結構人気がある。普通の男なら、もし誘われたら断る理由なんてない。だからこの状況はラッキーと思うべき事なんだ。


 ……俺の親友の漆多の彼女だという事実を知らなければね。


 しかし、キスをされながら俺は彼女を押しのけることができない。体がいうことを利かない。俺は不貞をはたらいているというのに。


 親友から相談を受け、いろいろと方法を二人で考えた日々がどういうわけか思い出される。

 結局、当たって砕けろ戦法で行って、漆多はまさかのOKを得たんだったけど……。

 そのときは二人で大喜びだった。

 まるで自分のことのように嬉しかった。


 一緒に遊園地にデートに行った、手を繋いだ。キスをしたぞ! 漆多はそんな他人にとってはどうでもいいことを逐一俺に報告してくれた。なかよくわからないけど、俺はそんな幸せそうなあいつの顔を見ているだけで自分まで幸せな気分になっていたんだ。

「いいなあ、マジ羨ましいぜ。ずっとお前達はラブラブなんだろうな。少し腹が立つくらいだ」

 親友の恋の成就を本気で喜んでいたのに、俺はどうしたんだろう。

 後ろめたさを感じながら、彼女とキスをしていることにどうも背徳的な喜びさえ感じているんじゃないかって思ってしまう。


「好き好き好き、大好き、柊君。……お願い、お願いだから私を奪い去って」

 と、寧々が耳元で囁く。


 奪い去って……それは漆多から奪い取れということなのか?


 彼女は俺の右手を手に取り、自らの胸へと誘導する。


 だめだ、これはだめだ。……越えてはいけない。


 本気でやばいと思った。

 そうはいっても彼女は魅力的すぎるし、しかも俺のことを好きなようだ。俺だって彼女の事は嫌いじゃないし……。このままだと何の障害もない。行き着くところまで行ってしまう。そして彼女の魅力の前には、それを止めるほどの意志の強さは俺にはないし、彼女もそんなつもりないみたい。それに、ここで拒否なんかしたら彼女を傷つけてしまうしね。


 だ、誰か来てくれ。じゃないと俺は親友を、そしてその恋人の事を裏切ってしまう。

 それは切なる願いだった。外的要因がなければ、もう止まらない。止められない。


 ―――ガタガタ。


 立て付けの悪い引き戸が唐突に開けられた。

 俺たち二人は飛び上がるほど吃驚して、思わず離れてしまった。


 【人の気配がしたら扉を開けたりしないこと。気づかなかったふりをして可及的速やかに立ち去ること。】

 これは第一校舎使用の暗黙のルールだった。それを破った? 知ってか知らずか。


 開けられた扉を見ると、そこには体操服姿の一人の少年が立っていた。


 転校生の如月流星きさらぎ りゅうせい


 確か、そんな名前の奴だったと思う。

 同じクラスじゃないから良くは知らない。名前は格好いいけど、かなり地味な存在で、普通なら俺が彼の名前を知っているはずもなかった。じゃあ、何で知ってるかっていうと、かなり酷い苛めを同じクラスの連中にされている噂を聞いたからだった。クラス全員から除け者にされ、一部生徒からは暴行恐喝を受けているようだった。そのクラスの知ってる奴にちょっと聞いてみたら「気持ち悪いから」というよくわからない理由が原因らしい。運が悪いことに担任が事なかれ主義の典型的な奴でうすうすは知っているのに全く干渉しなかった。


 抱き合っている俺たちを見ると、如月はニヤーっと笑った。なんというか卑屈でもあり卑猥でもあり、それでいて見た者に激しい嫌悪感を抱かせる嫌な笑い、声のない笑いだった。

 驚いた寧々は、俺の陰に隠れるように離れた。


「あー、柊君と寧々ちゃんだ。こんなところでなにやってんの」

 妙になれなれしい口調だ。俺や日向と話なんてしたことないのに、なんだこれ。


「な、何もしてないわよ」

 邪魔をされて少し怒り気味の寧々が吐き捨てるように呟く。


「へへえ。僕見てたんだよぉ~。夕方の第一校舎でチューチューしてたのに何もしてないっていうんだあ。舌までレロレロびちゃびちゃ入れっこしてたのにぃ。僕が入ってこなかったら神聖なる教室で一発やってたんじゃないのかな。ひゃっ、いやらしいね」


「何わけわかんないこと言ってんの。あんたには関係ないじゃない」


「僕知ってるんだよ。寧々ちゃんは同じクラスの漆多君と付き合ってるんだよね。なのに柊君とも平気でやっちゃうんだろ。すっごいスケベ。柊君だってその事知ってるくせに彼女とレロレロですか」

 あまりに嫌らしい口調で如月が話すもんだから彼女が切れかかっているのが俺にもわかった。


「おい、如月。そんなことお前には関係ないことだろ。すまないけどさっさと消えてくれないか」

 俺は邪魔に入った如月に少しは腹が立ったけど、なんとか最後の一線で踏みとどまるチャンスをくれた彼に感謝もしていた。

 ただ、これ以上彼がいたら寧々がぶち切れそうだし、喧嘩は嫌いだし、なんか恥ずかしいからそう言った。


「いやだよーん」

 如月はあっかんべーをしながら叫んだ。


「こいつ頭おかしい。如月くん!、さっさと消えろっていってんじゃない。言うこと聞かないんなら正一君に言い付けるよ」

 脅すような口調でついに寧々が怒鳴るった。

 正一とは如月と同じクラスで彼を虐めているグループのリーダー的な存在だ。空手をやっているそうで、かなり喧嘩が強くてかつ陰湿陰険な奴だ。俺はとっても嫌いなタイプ。


「言えるもんなら明日にでも言ってえ。ふふふん、今の僕にはちっとも怖くないもんね」

 そういて胸を張る。

 そんな姿勢をとったせいで気づいたがピチピチの体操服の下腹部が大きく屹立しているのがわかった。


 それを見た寧々は気持ち悪そうに目を背けた。


「さあさあ、柊君、寧々ちゃん。かっかしないでさっきの続きをしてよ。柊君、先に一発やっちゃってよ。んで僕も混ぜて……よ。僕も寧々ちゃんとやらせてよ。寧々ちゃんもいいでしょ? どうせ淫乱女なんだから3Pとかになったらとっても喜ぶんでしょ? 僕初めてだから優しくね。……でも僕のモノを知ったら寧々ちゃんもう他の男じゃ満足できなかったりしてね。へへへ」


 抑えていたモノがはじけ飛んだように寧々がにらみつける。

「柊君、行きましょ。こんなところで、こんな人と同じ空気すってるだけで吐きそうだわ。……如月、いじめられて可哀相だなんてちょっとでも思ってた自分がむかつく! 」

 俺の腕を握るとさっさと教室から出ようとする。もちろん俺もこんな場所から離れたかった。

 しかし、如月が普段のトロい動きからは想像できない素早さで立ちはだかった。


「なによ、退いてちょうだい」


「如月、冗談はよせよ。でないと俺だって怒るぜ」


「二人ともかっかかっかしない。もっと裸で語り合おうよ。心も体もスッポンポンになって素直になろうよ」

 と、嫌悪感さえ感じさせる笑みを浮かべる如月。


 さすがの俺も我慢の限界が近づいてきた。嫌悪感と怒りとなんか得体のしれない不気味さで我慢できなくなってきたんだ。

 如月がニヤッと嗤うや否や、少し手加減したパンチを彼の左頬に打ち込んだ。

 ミシリというクリーンヒットの感触。

「いい加減にしろよ」

 俺は少しだけ凄んだ。


 如月は殴られたショックか、少し呆然とした顔をしたがすぐに笑顔を取り戻した。

「ふにゅあん。なにすんだよ、柊君。寧々ちゃんを君だけで独り占めなんて狡い狡い。寧々ちゃんも減るもんじゃないのに何怒ってんの? 馬鹿じゃない? もういいや。君たちの同意なんかいらないや。僕は僕、君は君。いくぜ! 」

 そういうと如月は中腰になると思い切り息み出した。


「うーうーうーん。もちょっと。うーうーうー! はぁはぁ」

 血が回ってきたのか、彼の顔が紅くなりそして徐々に黒みを帯びてきている。額には血管の筋が数本虫がはい回るかのような形で筋を形成する。ギシギシという歯ぎしり音。体は小刻みに震え、けいれんを起こしているようだ。


 俺たち二人は、本能的に嫌な予感を感じ、恐怖した。


「きょへー!」

 奇声と同時に彼の尻が破裂した。


 ブバッ。


 真っ赤な血とピンク色の物体がジャージも下着も吹き飛ばし、如月の後方に飛び散って、背後の扉を真っ赤に染めた。茶黒い物体がドロドロとケツの穴から垂れだし、猛烈な悪臭を放つ。


「うおおおお、……うおおおお痛てえよぅ。たたたたた助けてって、痛い痛い痛いよう痛いよう」

 両目から涙をボロボロと流し鼻水は垂れ、涎がとどまること無く垂らしながら如月は呻いた。わめいた。叫んだ。中腰の姿勢を保つことができないのか、彼は跪き、さらに両腕で体を支える。

 俺たちはその異常な光景のためにまったく動くことすらできない。

 さらに如月は息みつづける。


 ぶぶっ。にゅるにゅるにゅる。


 屁の出るような音とともに、何か得体のしれない物体がケツの穴からはみ出てきているのを見てしまった。

 それはピンクと茶色と赤が入り交じった内臓のような物体だった。それがまるで生き物か何かのように数本破裂した如月のケツから顔を覗かせていた。


 グロテスクな光景と猛烈な臭気のため、寧々は俺の背後で吐いていた。

 教室には日向の吐く音と、如月の呻くような泣くような声だけが響く。


 そして次の刹那、彼の尻からはみ出たものが一気に伸びた!

「うおうおうお。あっあーああん! きききき気持ちいいぃぃぃぃぃぃっぃぃぃぃ~っ!! 」


 如月の絶叫。


 彼の尻から這いだした物体は5本の腸の様な態様のモノだった。血と便がこびりつきどす黒くてかっている。それらが一つの器官のように屹立し、鎌首を俺たちの方に向けている。よく見ると先端の方には吸盤のようなものが無数に張り付いている。それは吸盤というよりも口のようにも見えた。三角形の尖った歯のようなものが生えている。

 まるで触手のようなものだ。ウネウネと漂い、臨戦態勢を取っているかのようにさえ見える。

 なんという不気味な光景なんだ。ただ、それはこの上なく危険過ぎる事態に俺たちが放り込まれたということだけは本能的に感じた。

 俺は考える間もなく、彼女の手を握り逃走を図ろうとした。


 しかし次の刹那、俺の右足に何かが絡みついたのを感じた。


 慌ててそこを見ると、いつの間にか伸びてきた如月の触手の一本が俺の太ももに巻き付いていたのだ。それは猛烈な力で足を締め付けている。さらに何かが足に突き刺さるような痛みが走る。必死でほどこうとするが触手はぬるぬるしていてまともにつかめない。糞の猛烈な臭気で吐き気が増す。


「日向、逃げろ」 

 俺がそう言うか言わないかの瞬間、まるで何かにはねとばされるような衝撃を感じたと思うと次には壁に激しく叩き付けられていた。

 激しく背中を打ち、呼吸ができない。咳き込んだかと思うと、何かが胃の中から戻ってくる。……真っ赤な血だ。それでも俺は彼女の姿を求める。

 そこには寧々と如月が向き合っているのが見えた。彼の下半身は完全に着衣が吹き飛ばされていて尻から5本の触手がしっぽのように生えているように見えた。そしてそのうちの一本が誰かの足を持っている。


 足? ……誰の脚だ? ふと下を見た。


 俺の右足が太ももの中央くらいから消え失せ、ドロドロドクドクと血が流れていた。おまけに骨のようなものが肉の間からはみ出てるのをみつけて、完全に血の気が失せた。

 刹那、激痛が襲ってきた。

 くそ、気づかなければよかった。そう思っても、もう遅い。痛みとあり得ない出血で気が遠くなっていく。

 悲鳴を押さえるのが精一杯。


 ヒュン! 


 音がして何かが飛んできた。壁にぶつかり、ぐしゃりと音を立てて床に落ちる。

 それは千切れた俺の右足だった。 


 死……それが確実なものとして実感された。なんなんだよ、これ。あいつはただの転校生で虐められてて、少し可愛そうだと同情してただけの高校生だろう? 何だよ、あれ。人間じゃ無いじゃん。俺、足千切られちゃってこのままじゃ死ぬな。千切れたってことは多分足まともにくっつかないな。

 何か俺悪いことでもしたのかな。これって絶望なんだろうか。などなどいろいろなことを考えて極力現実から目を逸らそうとしてたんだ。


 唐突な悲鳴で俺はその悪夢から現実に引き戻された。

 声は寧々のものだった。


 ぼやけていく視野の向こうで、彼女は如月に蹂躙されているのがわかった。奴の尻から生えてきた触手の五本の触手の一本一本が彼女の手足を拘束し、そして宙づりにしていた。残された最後の一本がにゅるにゅると彼女の体を這い回り、おもむろに彼女の制服を一気に引きちぎった。

 全裸になった如月は俺に背を向け、尻から生えた触手が日向の体を持ち上げる。日向は悲鳴を上げ必死に体を捻って抵抗している。


「柊君、助けて」


 必死の叫びを聞き、俺は何とかして体を動かそうとするがまるで自分の体じゃないみたいにピクリとも動くことができなかった。

 如月は何かを確認しながら、持ち上げた彼女の体の位置をゆっくりと、そして少し下ろした。

 寧々が「嫌! 」と微かにうめく。

 お構いなしにゆっくりと腰をスライドさせ始めた。両手は彼女の体をまさぐっているようだ。

 何かを喚いていた日向の口からは悲鳴と喘ぎ声が交互に発せられる。


「やめろ、やめろ、やめてくれ」

 俺の声は空しく響くだけだ。必死にその残虐行為を止めようと這って行こうとするが、相変わらず体が動かない。

 混乱と恐怖と絶望と激痛の中、ただ如月のうめき声と日向の喘ぎ声が教室に響いていた。

 永遠に続くかと思われるような地獄絵図。俺は自分の好きな女が、そして親友の女が得体の知れない化け物に犯されているというのに何もできず、ただ見ているしかなかった。

 クソクソクソ! なんで動かないんだ。


 如月の残された一本の触手がゆるゆると日向の体に迫り、動いたと思うと彼女の口から絶叫が発せられた。ブニュブニュブニュと何かがめり込んでいく音が聞こえる。日向は眼をこれ以上開けないくらい大きく見開き眼球が飛び出さんばかりの状態になる。口は大きく開かれ、歯肉がむき出しになる。同時に如月が腰を激しく振り始めた。

 もはや悲鳴としか思えない絶叫。そして「うめめめ、げぼ」っと音がしたと思うと、彼女の口から触手が顔を出した。

「うんおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ」如月が吠える。触手からは白濁した液体が撒き散らかされ、日向の耳鼻口眼のすべての穴からは血の混じった同様の液体があふれ出した。その声は教室を響かせる程のものだった。

 そして果てたかのように触手でとらえた日向は投げ飛ばされ、床をバウンドして壁にぶつかって制止した。

 如月も、日向も動かない。特に日向は顔や足が妙な角度にねじ曲ったままピクリとも動かない。


「ね、寧々……」

 俺は口をパクパクさせ、声を出そうとするがそれは無駄な努力だった。

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