第87話 次期当主拝命式(2)

 大広間には、儀式に参加する魔法使いたちがその時を待っていた。赤、青、黄色、緑、紫――どんな時でも中立であれという意味が込められた白いローブをステンドグラスから差し込む光が彩っている。赤い絨毯の両側で整列する魔法使いたちが見守る中、ゆっくりと扉が開かれた。


「これよりサーシャ家次期当主の拝命式を始める」


 緊張した面持ちの少女と、硬質な印象の青年が入場する。現当主ロイドに背を押され、二人は一歩ずつ王の待つ玉座の方へと進んでいく。その様子を魔法使いたちは静かに見つめていた。『魔法使いの間』と呼ばれるこの場所に妖魔の血が混ざるものが足を踏み入れたのは、十数年ぶりのことだった。


「サーシャ家当主ロイドの子女リリス・サーシャ。並びにその相手パートナーセレス。汝らは王に忠誠を誓い、この国に尽くす覚悟はあるか」

「この命が尽きるまで、セルビアに尽くすことを誓います」

「いつなんどきも叛意なく忠義を尽くし、サーシャ家次期当主を支え続けることを誓います」


 王の前にひざまずいた二人が凛とした声で返す。式進行を務めるのは青いローブを纏った初老の男女だ。青は王宮つき魔法使いたちの中で最も高位を表す色で、魔法大将軍を努めているものだけが纏うことを許される。リリスの父ロイドはその下につく魔法将軍のひとりであり、紫色のローブを身につけていた。現在この地位についているのはウィステ家当主のローレル・ウィステとその相手シルヴィアだった。


「二人とも、おもてをあげよ」


 王の声が響き、リリスとセレスは促されるままに顔を上げた。魔法使いたちに彼らの表情は見えないが、その背中からも緊張した様子は十分に伝わってきた。


「先の出来事では大変不自由な思いをさせた。まずはそのことを深く詫びよう」

「もったいないお言葉でございます」

「フールルの悲劇以来、私は魔法使いたちに妖魔と契約を結ぶことを禁じた。妖魔に対する反発がまだまだ強く、王宮の人間と魔法使いたちの間で分断を招きかねないと思ったからだ」


 ひとつ頭を下げた王がその後語り出した言葉に息を呑んだのは二人だけではなかった。フールルの悲劇のあと、エルム家を始めとして妖魔と契約を交わしていたものは契約解除を余儀なくされ、それに従わなかったものは王宮付き魔法使いの地位を追われた。多くの悲しみと別れの後、ようやくそのことを受け入れたものも少なくない。十五年経ち、みだりに話題に上げることは許さぬと命を出した出来事に、王自らが言及している。そのことに、魔法使いたちが驚くのも無理はなかった。


「だが、ずっと気にかかっていたのだ。私は自分に忠義を尽くしてくれる者たちから、大切なものを奪ってしまったのではないかと」


 静まり返った広間に王の声だけが響く。紡がれる言葉を聞き逃さないよう、この場にいる者のすべてが王とその前の二人を見つめていた。


「妖魔は人を殺して喰らう恐れるべき存在だ。その被害は今なお国の中で出続けている。私は王として、自国民をその脅威から救わねばならん。だが、一人の妖魔が人を食べるとて、どうして他の妖魔も同じだと言えようか。昔はそのことが全く理解できなかったが、十五年かけて私は少しずつそのことを理解できたように思う。なあ、アルライディス・エルムよ」

「私がずっと申し上げてきた事を少しは理解してくださいましたか。我が君」

「今でも全部理解したとは言えるまい。だが、人とて人を殺す。妖魔だからという理由だけで排斥されるべきではないし、争い武力でねじ伏せるだけでは何も変わらぬ。これからはともに生きる道を探してゆくべきなのかもしれないと、そう思うようにはなったぞ」

「王として国に仇なす脅威を取り除こうとするのは当然のこと。その上で、共に歩む道も理解してくださる王のご寛大さに最大限の感謝と敬意を」


 紫色のローブを纏うアルライディスが魔法使いたちの中から一歩進み出て、王の言葉に答える。フールルの悲劇の当事者であり、魔法使いでなくなっても今なお王宮付き魔法使いかつエルム家当主としての地位を保ち続けている彼は、王の言葉にほんの少しばかり涙を浮かべているようにも見えた。


「サーシャ家の次期当主となるリリス、そして相手パートナーのセレスよ。そなたらには二つの種族の架け橋となり、国の平和のために働いてもらいたい」

「ご期待に添えるよう、全身全霊を尽くしてお使えします」

「ならば、私からは祝福を授けよう」


 王が立ち上がり、前に進み出る。衣装に織り込まれた金糸がステンドグラスの光を弾く。広間の魔法使い達は固唾をのんで言祝ぎを受ける二人を見守っていた。


清き清浄たる魔石セレスタインの名を冠する者、そして誇り高く咲く百合リリスの名を冠する者よ。汝らは新風の到来を告げる者たちである。人々の心に巣食う暗雲を吹き晴らし、青々と晴れ渡る空をもたらす者であれ。ここに汝らを『天青の魔法使い』と命名する」


 厳かな宣誓のあと、広間には魔法使いたちの拍手と歓声が満ち溢れた。王より直接白いローブをかけられた二人は手を取り合い、幸せそうに微笑んだのだった。

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