第83話 決闘(3)
ざあっ、と風が吹く。薙ぐように振られた剣の風圧に吹き飛ばされないよう、リリスは翼を広げたセレスの後ろへと隠れた。二人とも武術の心得がある鋼鉄の魔法使い、かたやリリスを守りながら戦わねばならないセレスとでは、随分と実力差が出る。さてどうするか、と余裕のある構えで佇む彼らに対してリリスはそっと目を閉じた。
『――
セレスが紡ぐ言葉とともに、玉虫色に輝く檻がリリスを閉じ込めた。玉鋼の檻はするすると蔦のように手足にも絡みつき、動きを封じる。まるで鳥かごのような檻はあっという間にリリスを中に閉じ込めてしまった。
「ほう……面白い」
わずかに眉を跳ね上げてスティールが笑う。こちらの戦法がどういうものであるかを理解したらしい。どうやら彼らの戦意を削ぐような、稚拙な戦法ではなかったことにリリスは胸をなでおろした。
足手まといならば、いっそ破れぬ檻に閉じ込めてしまえば良い、というのがセレスとリリスの作戦だった。どんくさいリリスがちょこまか逃げるのを傍で守るより、檻で囲って守りを固めてしまえばリリスの危険は減る。ただし守護系の魔法は同時に二つ使えないので、その分セレスは生身の体で攻撃を受けなければならない。鋼鉄の魔法使いとはまた違った形で攻撃と守りに特化した戦法だった。
先程までセレスの身を守っていた風魔法の鎧はリリスが檻に入るのと同時に霧散し、消えてしまっている。リリスが狙われるリスクはこれで減ったとはいえ、セレスは手練の武人二人を一気に相手しなければならない。この部分は一番時間をかけてセレスとリリス二人で考えた部分だ。
『――蔦よ、汝は我と同じもの。腕を伸ばし、魔力を張り巡らせよ――』
リリスの手足に絡みついた玉鋼の蔦は檻の外へも数本つるを伸ばし、セレスの長い髪へと同化する。つるを通じて魔力が流れ込んでいく感覚に、リリスは魔法が成功したことを理解した。伸縮自在のつるはほとんどセレスの動きを妨げない。そして、セレスはここから自分で魔力を引き出して使うことができる。つまり、無詠唱での魔法が可能になるのだ。
「犬は犬らしく、飼い主に綱をつけてもらったということか。思いの外、頭の良い犬のようだ」
「残念ながら、俺は牙を抜かれた犬ではないのでね。さあ、そろそろ遊びは終わりにしましょう。存分に暴れさせてもらいますよ」
挑発するように笑うスティールにセレスが大きく腕をふる。それだけで、鋭い風の刃がいくつもスティールとイロンへ降り注いだ。風は薙払っても二つに分かれて渦を巻き、向きを変えてまた攻撃をする。その合間を縫い、魔力で強化された長爪が二人に襲いかかる。これが本来のセレスの戦闘スタイルだ。水を得た魚のように動くセレスを見て、鋼鉄の魔法使いの表情が変わる。ここからが本当の戦いの始まりだった。
自在に魔法を操りながら長爪で攻撃を仕掛けるセレスに対して、鋼鉄の魔法使いは非常に冷静に攻撃を防いでいた。流石に戦いなれた二人は魔法が無詠唱になっても動じることはなく、イロンが盾で魔法を防ぎ、その合間を縫ってスティールがセレスへ攻撃を仕掛けるスタイルは変わっていない。無詠唱になったことでどんな攻撃が来るのか随分と予測しにくくなったはずなのに、顔色ひと使えずに応戦できる彼らの強さは並大抵のものではなかった。
降り注ぐ氷の刃が盾で塞がれる。長爪が肌を切り裂き、スティールの剣がセレスの肉をえぐる。セレスの髪と同化する蔦は何度も剣で断ち切られたが、そのたびに蔦はつるを伸ばし、魔力を供給する。もはや戦いは体力と魔力がいつ尽きるかといった勝負に変わってきていた。
数時間の死闘の末、戦いの終わりは訪れた。大きく響き渡る破砕音とともに、鋼鉄の魔法使いが魔力を込めた
「――両者、そこまで!!
カミーユが高らかに宣言する。鋼鉄の魔法使いは魔力が尽き、多量の傷を負ってもなお、不敵な笑みを浮かべていた。
「我らがこの地の守りについて十年以上が経ったが、その壁を打ち破ったのはお前たちが初めてだ。良かろう。ロムド・サーシャの一族はリリスとセレスを次期サーシャ家当主として認め、恭順の意を示すこととする」
鋼鉄の魔法使い二人がリリスとセレスに向かって膝を付く。檻から解かれたリリスを抱きとめたセレスが二人のそばに寄ると、スティールの方から手を差し出された。鍛え抜かれた大きな手と握手を交わす。リリスだけでなくセレスとも握手を交わす姿を見て、ようやく彼もまた二人に認められたのだとわかった。
「ふたりとも、とぉっても立派だったわよ〜! こんなに血が滾る戦いを見たのは久しぶりだわ。次はアタシともぜひ戦ってちょうだいね」
「え。カミーユさん、魔法使いなんですか?」
「いいえ。魔法使いじゃないわ。でもそうねえ……青の妖魔は流石に一人じゃ倒せないけど、それ以下の妖魔ならアタシひとりでも倒せるくらいの実力はあるわよ?」
うふふ、と嬉しそうに笑うカミーユに、セレスとリリスは顔を見合わせた。魔法使いでない一般人が妖魔と戦えるとしたら、とんでもない化け物である。最近は性能の良い魔石を加工した剣や防具なども発明されているが、それで補ってもなお人間が妖魔に立ち向かうのは厳しいというのが一般常識である。それを覆せるほどの実力だというカミーユの言葉は非常に末恐ろしいものだった。
「お前ら、コイツとだけは戦わないようにしろよ。なにせ、俺達より妖魔捕縛に長けたプロだからな。妖魔の方から尻尾を巻いて逃げ出すほどの変人だぞ」
「あら、スティールが褒めてくれるなんて珍しいわね。明日は槍が降るかしら」
「あの、もしかしてカミーユさん、ネリエとシャンディをご存知だったりします?」
「ええ、知ってるわよ。同じ研究所に勤めてるもの」
「やっぱり……」
「これでも一応副所長なの。まぁほとんど国中を巡回してるから、研究所にはほとんどいないんだけどね」
カミーユがぱちんとウインクをする。その瞬間セレスの背筋に寒気が走った。研究馬鹿なのか戦闘狂なのか、はたまたどちらもなのかはわからないが、彼にとって妖魔は「研究対象」である。リリスが見ているところで本性を見せることはないだろうが、うっかり一人で出歩こうものならどうなるかわかったものではない。できるだけ背後には気をつけて歩こうとセレスは固く誓ったのだった。
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