第82話 決闘(2)

 先に動いたのはセレスのほうだった。固い爪と、スティールの腕を覆う小手がぶつかり合い、鈍い音を立てた。大きな体躯に似合わぬ素早い動きに多少セレスは戸惑いつつも、間合いを取りながら隙を伺う。どっからでもかかって来いよ、と不敵に笑うスティールはイロンに向かって二言三言呟き、新たな魔法を発動させた。


『――風よ、切り裂け――』


「……っく、リリス、俺の後ろから離れるな」


 大きな羽音と共に、セレスの翼がリリスを護るように広げられる。間一髪のところで風の刃は受け止められ、命中することなく散っていった。その一部始終を見て、リリスは自分たちと鋼鉄の魔法使いの実力差の大きさを知る。経験の差とはどこに現れるのか。何より大きく差がつくのは「詠唱時間」だった。

 まだ二人で戦うことに慣れていないリリスとセレスは、言葉を介して相手が使おうとしている魔法の威力の大きさや、どういった魔法を使いたいかという情報を知る。もちろん意識同調シンクロしているので同時にそこからイメージも流れ込んでは来るが、両方がなければ正確な魔法を練り上げることはできない。

 だが、鋼鉄の魔法使いの紡ぐ言葉はそれらの情報をできる限り削ぎ落した、必要最低限のものだった。魔法の属性と術の動作、ただそれだけの情報で魔法を発動させる。それは長年二人が培ってきた戦闘での感覚と、意識同調シンクロ下で素早く相手のイメージを掴む訓練の賜物である。


(セレス、もっと詠唱の言葉を短くしていいわ)

(……わかった、やってみよう)


 リリスの提案にうなずいたセレスは、スティールのほうへと向き直る。このことは、午前中に作戦を練った中でも話し合ったことだった。この戦いでは魔法を発動させるまでの時間がカギになるだろう、と。攻撃する魔法はまだいい。問題は、防御をするための魔法である。防御が遅れれば、それだけダメージを受けることになる。彼らの魔法がどのぐらい早く発動するかを確かめた後、それに間に合うようこちらも詠唱を短くしてみよう、というのが二人で立てた作戦だった。


「ホラホラ、考え事をしてる暇はねぇぞ」

「――っ!!」


 スティールはわずかな隙も逃さず、リリスに気をとられていたセレスへ長剣で切りかかる。その動きにセレスは剣を長爪で跳ね上げて軌道を変え、腹を狙って攻撃を繰り出した。やっぱお前なかなかいい腕してるよ。そう嬉しそうにつぶやいたスティールは攻撃を後ろに飛んで避け、間髪入れずに再度前へ踏み込む。翼がある分あまり小回りが利かないセレスは、何とか剣を受け流しながら反撃する機会をうかがっていた。


『――凍てつく氷の礫よ、氷雨となって降り注げ――』


『――溶かし尽くせ、火の盾よ――』


 先ほどよりも短い詠唱で発動したセレスの氷魔法は、それを上回る速さで練り上げられたスティールの炎壁に阻まれ、あっけなく消えてしまった。イメージを掴みながら短時間で魔力を動かさないといけないため、強力な魔法を練るのが難しい。もっと精度を上げたうえで発動までの時間を削らないと、と悔し気に唇を噛み、リリスは彼らに勝つための方法を必死で考えていた。


(スティールにはセレスが対応している。ならば、イロンを狙うのはどうだろう)


 明らかに武人であるスティールとは違い、痩身のイロンはそこまで肉弾戦に慣れているようにも見えない。彼に向けて攻撃を放ってみてはどうか、と心の中で強く念じると、セレスがイロンのほうへと視線を向けた。二歩ほど下がってスティールから間合いを取り、そのまま詠唱の動作に入る。どうやらリリスの案は受け入れられたようだ。


『――空を切り裂く雷の矢よ。敵を打ち砕け――』


 空から飛来する雷の魔法を一瞥して、イロンは軽い身のこなしでそれをよけた。防御魔法さえ使わない素早い動きにセレスとリリスは目を見張る。スティールとイロンはかなり近い位置におり、どちらに攻撃をするかはわからなかったはずなのに、彼はそれを的確に察知して避けてみせた。特別「目」が良いのか、他のカラクリがあるのかはわからないが、イロンを狙ってスティールの隙をつくる作戦はあまり効果がなさそうだった。


「魔法戦のセオリーは、魔力を与える者ウィザスを狙うこと。そうわかっていて、私が普段何も訓練をしていないとお思いですか」


 自分たちの驚きを察したのだろうか。イロンは簡単ですよ、と言ってくすくす笑った。攻撃をするとき、あなた方の視線は私に向いていたでしょう。そう説明されて、彼がなぜ攻撃されると気づいたのかを理解した。戦いにおいて、視線は何より雄弁である。相手の視線の先を読み、次の攻撃を察知する方法は魔法戦においても同じだった。


(だったら、二人同時に広範囲の魔法で攻撃すれば――)

(それは少し時間がかかるが、やってみよう)


 事前に打ち合わせた作戦を一つずつ実行していく。防御一方では絶対に勝てないのだ。少し無理するぐらいの攻撃をしなければ、不利な形勢をひっくり返すことは難しかった。


『――暗澹たる闇よ。彼の者たちの視界を奪い、常夜の世界で覆いつくせ――』


『――光よ、満ちよ。すべてを前に現せ――』


『――すべてを薙ぎ払う嵐よ。あるものすべてを切り裂き、根こそぎ消し去れ――』


 まずは闇の魔法で二人の視界を覆い、彼らが対抗魔法を唱えている間に次の魔法を組み上げる。唸り声と共に風の刃が二つに分かれ、スティールとイロンへ同時に襲い掛かった。両方の魔法を跳ね返す防護壁は広範囲すぎて展開できない、とスティールは判断したのだろう。瞬時にイロンだけ護る防護壁を発動させ、自分に向かう魔法は大きく横へ飛んで何とか避けたように見えた。


「ほう、なかなかやるな。少しお前たちを見くびっていたらしい。もう少し本気を出してやる」


 サラリ、と束ねられていたスティールの髪がほどける。どうやら先ほどの魔法を全ては避けきれなかったらしく、ひもが切れて足元に落ちていた。ほほや腕にもいくつか切り傷ができており、滲む血をぬぐいながらスティールは歯をむき出しにして笑う。戦えるのが楽しくてたまらない、そんな表情にリリスは少し戦慄を覚えた。


「簡単にやられるんじゃねえぞ、サーシャの跡取り娘と青の妖魔よ」


 その言葉と同時にイロンがスティールのほうへと駆け寄る。何か魔法を発動させる気なのだ、とリリスとセレスが身構えると、彼は口角を釣り上げて笑って見せた後、詠唱を開始した。


『――鋼鉄の刃よ。汝はすべてを切り裂き、破壊しつくすものとなる――』


『――鋼鉄の盾よ。決して砕かれることなく、全てを拒絶せよ――』


 一つ目の詠唱で、スティールの右腕へ絡みつくように白銀の刃が具現化する。まるで液状の生き物のようにするすると形を自在に変える刃は、それでいて十分な硬さも保っているように見える。二つ目の詠唱で、イロンの前に人一人分は容易に隠せるほどの大盾が現れた。片腕で容易にその盾を持ち上げて見せたイロンにリリスは目を見張る。鋼鉄で出来た大きく厚みのある盾は、魔法でその重さをほとんど感じないように作られているらしい。


「我ら鋼鉄の魔法使いは一対の剣と盾である。すべてを切り裂く鋼鉄のスティールと」

「すべてを跳ね返す鋼鉄のイロンが参る。心して戦え――」


 ぴたりと狙いを定められた剣と、全てを拒絶するように掲げられた盾。その二つから守るようにセレスが一歩進み出る。びりびりと肌を刺す闘気に気圧されないよう、リリスはぐっと前を見据えた。明らかに悠然と構えていた先ほどまでとは違い、これこそが彼らの本当の戦闘スタイルなのだろう。「鋼鉄の魔法使い」から少しでも本気を引き出せたらまずは第一関門クリアだ、というロイドの言葉を思い出しながら、リリスとセレスはいつ攻撃が来ても対応できるように身構えたのだった。

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