第81話 決闘(1)
二人が案内されたのは、建物に囲まれた中庭のようなところだった。どうやら兵卒を訓練する場所として使われているようで、地面はきれいにならされ、整えられている。四方の柱には魔法を反射する効果を持つ
「我が屋敷にようこそ」
にこりともせず発せられた言葉に、リリスとセレスが頭を下げる。一歩下がって控えるイロンの隣にたたずむその人こそ、ロムド・サーシャ家当主のスティールだった。日焼けした浅黒い肌に、鍛え上げられた体躯。目の色はリリスより少しだけ濃い亜麻色をしており、同じ色の髪は短く刈り込まれている。よく研がれた刃物のように人を寄せ付けない雰囲気をまとう、武人然とした男だった。
「お久しぶりにお目にかかります。スティール・ロムド・サーシャ様。次期当主候補として、ご挨拶に参りました」
「結構。中々に機転が利くところとその豪胆さはロイド譲りだな」
「私が、お父様に……?」
「鋼鉄の魔法使いに真正面から喧嘩を売るやつなんざロイドぐらいかと思っていた。まったく血は争えん」
はは、と豪快に笑うスティールに、リリスはどう言葉を返したものかと迷う。その様子からして気分は害していないようだが、虎の穴に自ら突撃してしまった感じが否めない。状況を打開するにはあの方法しかなかったとはいえ、彼らは百戦錬磨の戦士である。せめて無様な姿は見せないようにしなければ、と早くも弱気になりそうな自分を叱咤して、リリスはぺこりと頭をひとつ下げた。
「カミーユ。決闘のルールを簡潔に説明しろ」
「ハァイ! 決闘見届け人、カミーユちゃんでーす! ルールを説明するわね。誰かが戦闘不能になったらその時点で決闘は終わり。人を殺傷するような魔法を使用するのはダメ。以上、簡単でしょ?」
ねっ、と特大のウインクをされて戸惑いながら、リリスとセレスはうなずいた。こいつの喋り方はどうにかならんのか、とため息をつきながらスティールが頭を押さえる。どうして彼に頼んだのだろう、という疑問はわかりやすくリリスの顔に出ていたらしく、彼は苦笑しながらその経緯を説明してくれた。
「こいつは俺の幼馴染というか……腐れ縁だ。たまたま任務でここを通りかかったんで、決闘見届け人を頼んだ。見た目と言動はかなりアレだが、目は確かだぞ」
「ちょっとスティール、清く美しい乙女をアレ呼ばわりするなんてひどくない?!」
「……お前は認識が何もかも間違ってることに早く気づけ……」
こんな奴と腐れ縁なんて全く頭が痛い。そう呟くスティールにカミーユがさらに言葉を返す。その言い合いを横目で見ながらリリスがそっと囁いた、まるで父さんとアルさんを見てるみたい、という感想はセレスに正しく伝わったらしい。違いない、と笑うセレスは少しだけ緊張がほぐれたようだった。イロンも交えてあれやこれやと言い合う姿はまさに旧知の仲といった風で、彼らが幼馴染というのは本当らしい。
「――準備が大丈夫なら、さっさと決闘を始めようか。我らも与太話をするためにこの場へ集まったわけではないのでな」
軽い咳払いとともに場を仕切り直し、そう言ったスティールの言葉にリリスの背がピンと伸びる。いよいよ、決闘が始まるのだ。魔法使い同士の決闘の手順は覚えているか、と聞かれ、リリスは緊張した面持ちでうなずく。昔、魔法学院にいた時に習った覚えがある。その記憶を丁寧に紐解きながら、リリスはその手順をそらんじた。
「まず初めに、決闘見届け人が宣誓の言葉を述べます。次に魔法使いは契約の言葉を唱えて、
「結構。では位置に着け。カミーユ、任せたぞ」
リリスの答えに満足そうにうなずいたスティールは踵を返し、イロンを伴ってさっさと歩いていく。あなたたちはこっち、とカミーユに指をさされた場所に、リリスとセレスもあわてて小走りで向かった。いよいよ始まるのだ、という緊張感がちくちくとうなじのあたりを刺す。恐怖はなく、ただ少しばかりの高揚感が胸の中に満ちていた。
「――魔法使いの決闘を始めます。挑戦者はリリスとセレス。迎え撃つのは鋼鉄の魔法使い、スティールとイロン」
全員が位置に着いたのを確認してから、カミーユは宣誓を始めた。よく通る声が滔々と言葉を紡ぐ。それは全力で戦うことを誓う、魔法使いたちの約束の言葉だ。
「
その言葉を皮切りに、リリスとセレスはそっと両手を重ね合わせた。熟練の魔法使いになるほど「
「
セレスの紡ぐ言葉に合わせてリリスが
『――風の護りよ、われらの盾となり、鎧となれ。何人たりともわれらに触れることを許してはならぬ――』
『――嵐を呼ぶ、大いなる雷よ。空を引き裂く千々の矢となり、あまねく大地に降り注げ――』
戦いが始まるや否やセレスは防護壁を展開し、畳みかけるように攻撃に転じる。まずは小手先調べの雷の魔法だ。流星のように尾を引いて、無数の雷の矢が鋼鉄の魔法使いへと降り注ぐ。だがその攻撃はあっけなく向こう側の防護壁によって霧散した。どんな攻撃が有効なのかは戦ってみないとわからない。防御に優れた魔法使いであれば攻撃を気にすることなく戦えば良いが、彼らは攻撃にも優れた魔法使いである。両方に気を配りながら戦わなければならないというのは、なかなかに難しかった。
「我らにそんなちゃちな魔法は通じないぞ。もっと全力でこい、青の妖魔」
にぃ、と口端をつり上げてスティールが笑う。二つの魔法を展開している間に、かなり間を詰められたらしい。リリスを背にかばうようにして、セレスもじりっと前へ踏み出した。鍛え抜かれたスティールの肉体はどうやらまがい物ではないようだ。スティールの挑発に、セレスは迷うことなくさらに魔法の言葉を紡ぐ。リリスは心の中に流れ込んできたイメージに少し驚いた。それは己の体の力を最大限まで高める補助魔法であった。
『――疾風よ。我に速き翼を授け、全てを受け流す鎧となれ。我が爪はすべてを切り裂く刃となる――』
細かな魔法の粒子がセレスの体を包み、風が渦巻いて見えない鎧を作り出す。普段は短い両手の爪がミシミシと音を立てて長く伸び、まるでそれ自身が武器のような形状に変わった。肉弾戦に応じる気なのだ、と気づいたリリスは邪魔にならないようにもう一歩下がり、注意深く戦いの動向を見守る。セレスとスティールが戦っている最中に、いつ自分も狙われるかわからない。魔法使いの戦いにおいて、魔力の供給源となる“
「サーシャの跡取り娘と青の妖魔よ、我らがなぜ防御に優れた魔法使いと言われるか思い知らせてやろう」
セレスとの間合いをじりじりと詰めつつ、スティールは不敵に笑った。屈強な肉体でありながらも、彼の動きはしなやかな獣を思わせる。リリスが今まで見てきた王宮付き魔法使いたちとはまた違う、生粋の武人のような人だった。
「確実に相手を倒せるだけの攻撃ができてこそ、誰にも打ち破られない防御ができるのだ。お前たち二人に、俺の攻撃を受け止められるだけの力があるか。しかと見極めてやろう――」
そうして戦いの火蓋は切って落とされたのだった。
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